12話 哀銀竜 1
「ッ……!」
眩しい光にとっさに目を押さえる。
次に目を開けるとそこには……。
「な、何……!?」
戦場が広がっていた。
自分の見下ろす先には、焼け野原。
所々で銀色の焔が大地を蝕んでいた。
「どうして俺は、こんなところに……」
そう思ったのもつかの間、急に視界が遠くなった。
否、地面が急速に遠ざかって行った。
「な……」
もう声も出ない。
少ししてこの現象の正体に気付いた。
俺は今、飛んでいる。
どういうことだ!?
すぐに頭を回転させる。
俺は確か、少女に何となく呼びかけてみて、それで……。
これは……俺の意志に関係なく動いているところを見ると、俺自身のことではないらしいな。
じゃあ“この景色”は誰の視点だ?
そう考えたとたん、頭に急激な感情の氾流が起こった。
「今度は何だッ……」
俺の意志とは関係なく、その感情は俺の中に入り込んでくる。
―――――――――――ドウ、シテ?
この感情は……驚き? いや……悲しみか?
そう結論づけたとたん、今度は頭の中に声が響いた。
―――――――――――ミンナ、シンジャッタ。
皆死んじゃった、だと?
俺はそう思い、わずかに動く眼球でどうにか遠ざかっている地面を確認する。
焼け果てている地面に気を囚われていて気付かなかった。
その地面には、銀色の焔の他に、いくつか転がっているモノがあった。
ほぼ炭化していてぱっと見ではわからないが、何かの動物の死体。
それが、焼けただれている地面のそこらじゅうに落ちていた。
一体何なんだ!? これは。
頭が混乱する。
そう思った次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
――――――――――――――――――――――――――。
歪んでいた視界がすうっと戻っていく。
すると、今度は昂ぶるような感情が氾乱しはじめた。
これは……喜び?
―――――――――タノ、シイ!
続いて声が響く。
つられて目を向けると、そこには一人の男が剣を携えて立っていた。
誰だ? こいつは。
そう思っていると、目の前の男が急に口を開いた。
「っよお、銀竜。お前、自分じゃそのつもりはなかったって言いてえんだろうがよ。皆さ、お前の強さに迷惑しているんだ。だから、ちょっくら、死んではくれないか?」
その楽しげな口調とは裏腹に、その言葉は俺の思考を停止させるのに十分な効果を発揮した。
……銀竜!? 殺す? 一体何を言ってるんだこいつは。
いや、待て。たしかこの映像と似たようなことを聞いたぞ、最近。
確か、図書館で、レコルトさんに……。
“その結論”に達した瞬間、背筋に怖気が走った。
……ここは、この景色は、『アルモンドの勇者』の銀竜の見ていた世界だというのか!?
しかし、あの話はただのおとぎ話のはず……。
「お前の横暴に、皆が腹を立ててしまったようでな。各地からお前の討伐依頼が殺到しているのさ」
――――タノシイ、ツヨイ、ウレシイ!
では、この叫びは銀竜のものか。
しかし、人間と竜だからか、意志疎通が出来ていない。
そうこう考えているうちに、銀竜と男の戦闘が始まった。
……俺が思ったのは、ただ、次元が違いすぎるということだけだった。
竜の魔力は人間の比ではない。ひとたび戦闘が始まれば、湯水のように強力な魔法をほぼ無限に繰り出してくる。
ただ、俺が感嘆したのは男の方だ。
おそらくこの男こそが、『アルモンドの勇者』なのだろう。
四方から迫りくる銀の焔を跳ね返し、手に持った一本の長剣だけで竜と互角の戦いを繰り広げている。
……強者と強者の戦いというものは、あまり長続きしないのが定説だ。
俺が気を取り直したころには、既に男が銀竜の首を長剣で斬り裂いた場面だった。
「グッ……ギャアアアッ!!!!」
周囲に銀竜から発せられたであろう絶叫が響き渡る。
――――ドウシテ? ミンナ、ドウシテ……?
その意志だけは俺の頭の中に流れ込んでくる。
竜が向きを変えたらしく、視界が反転する。
地面すれすれを動いて行く。どうやら這っているらしい。
そして、銀竜が最後に抱えた物は……白い、楕円形の……。
卵、だった。
「ここでこいつを倒したら、膨大な魔力の氾流は避けられないな。……よし」
男――勇者が、剣をこちら――死にかけの銀竜――に向けたらしい。
そして、術式を唱える。
「神話級:拘束魔法、魔晶封印!」
その声と共に、周りが暗くなっていく。
どうやら、何かに封印されるシーンらしい。
……これが、アルモンドの勇者の結末か。
―――――――――――――――――――――――。
そして、そこで俺の意識は急激に戻される。
「―――――ギ」
「――――――オギ!」
「うわあッ!?」
しかしが急にはっきりし、最初に映り込んだのは、メリアの顔だった。
「もう、大声出して。大丈夫?」
「あ?……ああ……」
そこは、視界が変わる前の呪術科のオレガノ専用室。
「あの、メリアさん。可笑しなこと訊くぞ?」
「……なによ」
「俺、どのくらいぼーっとしてた?」
「んーー、二十秒くらい」
……そんな馬鹿な。
「そうだよ、オギ。急に黙ったりして。どうかしたのかい?」
アレンが横から言う。
前を見ると、白い少女が俺の目の前にきていた。
そして、こちらをにらみながら、こう言ったのだ。
「……“友達”なんて、大っ嫌い」
……と。