10話 それでもこの世界、狭いに越したことはない。
加減乗除です。
十話目になります。
―減―
――――数日後。
俺は朝食を早々に済ませ、食堂の奥で目に余るほどに依頼の嘆願紙が貼られている掲示板とにらめっこをしていた。
前回のことでようく身に染みたからである。……やはり、メリアと依頼に行くとろくなことにならない、ということが、だ。
昨日の夜もどこからともなく部屋に帰ってきたアレンの、いまだ疲れきっていた俺に向けられていた、同情とも哀れみとも似つかないような視線。
誰のせいってわけでもない。……でもさ、こういう何処へもぶつけられない怒りが今一番ムカついてる相手に向けられるのは、仕方のないことだと思うんだよな。
……あんの狐野郎(フォックス・F・ゼロシルバー)!
よく考えたら名前かっけぇ! それだけでイライラする!
……閑話休題。
とりあえず依頼だ、依頼。この溜まりに溜まったストレスを発散できる、魔物駆除か討伐の依頼がいいな。
そう思いながら掲示板を見続けること数分。
「これにするか……」
手に取ったのは水色の嘆願書。学院内からの依頼であることを示す色だ。
依頼内容は、『この学院のある都市、ササガキの西部にある森でのサラマンデルの掃討』。
サラマンデル。竜族の祖先とも言われるトカゲの一種だ。群れで巣を作り、低レベルではあるものの、火炎魔法を使う。
『詳しい内容、報酬などは依頼主と交渉すること』……。なるほどな。直接要請の依頼か。
さて、依頼主は――と。
『対魔物及び竜族対策委員会の副会長、カミルレ・チュべローズ』
……あれか。あのめんどくさ委員会か。
実を言うと、メリアの受けてきた小竜の卵観測の依頼も、この委員会から出されたものだったのだ。
……この学院、ただ単に生徒が学ぶだけの組織ではないのである。
街の周囲を徘徊する魔物の退治、犯罪者の拘束など、街のためになることもしているのだ。
……まあ、メリアもいないし、今回は何もないだろう。
と思いながら振り向くと、
「ねえ、オギ。何を選んでるのかしら……?」
噂のメリアさんがいらっしゃった。
「よよよ、よう、メリア。何の用だ?」
限界だ。これが俺の精一杯だ。
「朝食を食べ終わって食器を返してたら、一心不乱に掲示板を見つめてる幼馴染の姿を発見したのよ。……ところで、その手に持ってるの、もしかして依頼の嘆願書?」
「ああ……」
「ちょっと見せて。今度はどんな依頼なの?」
そう言うと、メリアはさっと俺の手から水色の嘆願書をかすめ取る。
「えーと、依頼内容、サラマンデルの掃討。依頼条件、単独……。……単独?」
ああ、まずい。まずいぞ。
メリアはそのまま俺の方に視線を向ける。
……ジト目である。これでもかっていうほどの。
「……オギ。この依頼、受けるつもりなのかしら?」
「……ああ」
「どうして条件に“単独”なんて書いてあるのかしら?」
「……さあ」
「ねえ、オギ」
メリアがずい、と俺に顔を近づける。ジト目のまま。
「私たちは、二人組よね。パートナーよね?」
「……そうだな」
「じゃあどうして、私に黙って単独の依頼を受けようとしてるの?」
「それはだな……」
俺は言い淀む。
メリアは俺から視線を外す。
「やっぱり、私と依頼に行くと酷い目に合うから?」
「……それは違う」
半ば図星だが、ここは虚勢を張るパターンだ。
「“約束”しただろう? 今日はたまたまいい討伐依頼があっただけだ。次は一緒に行くよ」
「でも……」
「忘れたのか? 俺達は何だ?」
「……二人組」
メリアがしゅん、といった半ば怪訝さも混じった表情を見せる。これはレアだ。
「いつも一緒ってわけにもいかないだろう? 俺は行くよ」
「……ええ。そうね、わかったわ」
メリアは妥協するわ、とでも言いたげに目を逸らす。
……ふう、最大関門突破だ。さて、依頼主の副会長に会いに行かないとな。
委員会は、少数精鋭の生徒で構成される集団だ。いくつか委員会があるのだが……例によって、少ししか覚えていない。
確か、それぞれの委員会室は管理棟に集中していたはずだ。
しばらく歩き続け、俺は管理棟の門をくぐった。
―――――――――管理棟、6階。
対魔物及び竜対策委員会、と書かれたドアの前にさしかかったところだった。
「ん?」
「お?」
ドアの前には、今まさにノブに手をかけようとしていた、フォックス・F・ゼロシルバーが立っていた。
「この間のクソガキか。何だ? またグリフォスにでも襲われに行くのか?」
前回と同じく、高圧的な態度。利己主義な性格がありありと見て取れる。
「あんたには関係ない。そこをどいてくれ、俺は副会長に用があるんだ」
そう言って水色の嘆願書をちらつかせると、ゼロは少し目を見開いた。
「……何だぁ? お前もこの依頼の希望者か。悪いが、その依頼は俺が先に受けるんだ。邪魔すんな、カスが」
「……は?」
「人の話はしっかり聞いとけや、ガキが。討伐系の依頼は競争率が高い事くらい常識だろうが、ボケ!」
ゼロはそう吐き捨てると、ドアを開けようとする。
「ちょっと待てよ」
俺はその手を抑える。さすがに今のはむかついた。いや、前からムカついていた。
「開けさせろよ、クソガキ」
「生憎同着なんでね。この依頼は俺が貰った」
「ふざけんなよ、頭ぶち抜かれてえのか!」
「うっせえんだよ、このキツネ野郎!」
「なっ……」
キツネ、というのが響いたらしい。ゼロが眉間にしわを寄せる。
「この常識知らずのガキが。よほどぶち抜かれたいらしいな」
「黙れ性悪キツネ」
ぶちん、という音が聞こえた気がした。
「こんの、クソガキがぁぁ――――――」
「……あの」
吠えながらゼロが俺に掴みかかろうとしたところで、目の前のドアが開かれた。
「……部屋の前で怒鳴り散らすのは、止めてもらえませんか?」
中から顔を覗かせたのは、今俺とゼロが会いに行こうとしていた人物、対策委員会の副会長カミルレ・チュべローズその人だった。