電車の3分
今週も仕事頑張った。
私はクタクタの体で帰路に着く。
いつもと同じ帰り道だが、今日の電車内はどんな人がいるだろうか。
退勤が遅かったせいか、今日はゆったりと座れる。いつもは退勤途中であろう中年男性に挟まれ、私の両手は居心地が悪そうなのである。
スマートフォンをいじることなくぼーっと車窓を眺める。
「まもなく–駅、−駅。お降りのお客様を先にお通しください。」
一組のカップルが乗ってきた。お酒をのんだのであろう、大きな声で話をしている。
少しだけ眉をひそめる人もいるが、誰も何も言わない。車内には、見て見ぬふりをするような空気が流れていた。
私はイヤホンの音を少しあげ、視線を窓に戻しかけてふと気がついた。
向かいの席に座る年配の女性が、居心地悪そうに体をすくめているのが目に入ったのだ。
――関わらない方がいい。
頭のどこかで、いつもの声がする。
余計なことをすれば、面倒になるだけだ。
それでも、さっきから耳に残る笑い声と、その女性の小さな仕草が、どうしても気になった。
電車が次の駅に滑り込む。
ドアが開き、人が少し入れ替わる。
ほんの数分。
それだけの時間なのに、妙に長く感じた。
私はゆっくりと立ち上がる。
「すみません、もう少し静かにしてもらえますか」
自分でも驚くくらい、落ち着いた声だった。
カップルは一瞬きょとんとして、それから「あ、すみません」と小さく笑った。
さっきまでの騒がしさが、嘘みたいに収まる。
それだけだった。
たった、それだけのこと。
私は何事もなかったように、イヤホンを耳に付けながら元の席に戻る。
向かいの女性が、ほんの少しだけ頭を下げた気がした。
電車はまた、ゆっくりと動き出す。
胸の奥で、なにかがかすかにほどけた。




