第七幕:名声の敗北と捜査協力拒否
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第六幕では、僕らがグレイト・ワーリーへ向かう事になった事を説明した。
もしかしたら、記憶違いがあるかもしれないーー。
ーーさて、僕らが案内された部屋は、
警察署の薄暗い取調室だった。
僕はコナン・ドイルから、
部屋の外で待つように命令された。
ーー僕も聞きたかった。
だけど彼の一度出した命令だ。
賢く振るまいすぎると危険があった。
だから、うなづきーー、
彼の後ろ姿を黙って見送った。
ーー落ち着いて考えることにした。
この村には観光と呼べるモノはない。
せいぜい、煙突の煙だけ。
ここまでの道のりで見た村の連中には、敵意に近いものを感じた。
僕らは歓迎されてない。
ーー村人たちーー彼らにとって、
僕らは......忌まわしい......よそ者なんだ。
こんな所に、まともな宿泊施設はない。
それどころか、宿泊施設なんてものが敵意のある連中が放っておかない。
施設には嫌がらせが繰り返され、
最終的には、火をつけられておしまいだ。
外は霧雨がふっていた。
雨が強まるか、弱まるなんか分かりはしない。
休む場所が必要だーー今すぐにーー。
すると、僕の見ていた廊下の先から実直そうな男が、奥から現れた。
短く刈り上げられた茶髪、なんでもよく噛む顎や、鋭い目つき、唇の上の整えられたヒゲ。それに制服を着ていた。刑事なのだろう。
彼は、手に小さな紙を持っていた。
あれは電報だった。ーー届いてたんだ。
「ホンモノなのか、まさかなーー」と呟く声がした。
僕は目を細めて、軽く会釈した。
オドオドなんて、していられない。
僕の、初めての戦いだーー。
彼が近づくのを待った。
制服の襟に左側に銀色のバッジが光ってるはず。「W 347」の刻印。
肩は濡れている。歩き方は力強い。
手首は?肘、膝は、靴の泥は?
ホームズなら、ホンモノのホームズならなんという。いうんだーー初めての雄叫びをーー。
「外回りご苦労さまです。だいぶ村を回っていたんですねーー聞き込みですね。今度の事件もあなたが担当する事になったーー」
「おい、ホームズのマネごとはよせ。
この電報、ーーなんのつもりだ?
吾輩をコケにしにきたのなら、容赦せんぞ」
僕は、この言葉とーー彼の薄気味悪いものを見たかのような目でーー正解だと確信した。
彼は否定しなかった。
それどころか、敵意をむき出した。
動揺してるんだ。僕の推理は正しかった。
相手が揺らいだら、そこを突くんだ。
これはーーボクシングだ。
「イギリスのサリー州ハインドヘッド。」僕は続けた。
「ここまで半日かけてきた。ーーあなた方をからかう為に、
そこまでして来ないさ。」
彼はしばらく黙っていた。僕を観察しようとしている。
「警察が捜査に割く人員は限られている。それに似たような事件。家畜殺しだとしても、動かなきゃならないーーそうですね。使えるモノは、なんであれ利用すべきです。これは、あなたの出世問題に関わる。「W 347」の刻印を、もっと輝かしいものに変えたいはずだ。ーーあなたは野心家だ。なんでも良く噛むのだからーー」
彼は最後まで言わせてくれなかった。
「吾輩は、キャンベルだ。お前と話をしよう。ここではなんだーー少し、そう少しだけ顔を貸せ」
彼は僕についてくるようにいった。
廊下の先の部屋で、取り調べ室の一つなのかもしれない。
遠く離れているのは、隣の声が聞こえないようにするため?
僕は立ったまま質問された。
「おい、名探偵さんよ。この事件、終わるのか?このーークソッタレな、事件を。また起こったんだーー犯人は吾輩が確保したーーでも、ああ、教えてくれ。知っているんだろ?」
ここまで、取り乱されるとは思わなかった。
「僕はまだ、調査にきたばかりなんです。正式な依頼じゃないーーコナン・ドイルについてきた」
「彼から教わったのか?」
「いいえ、彼の本からです」
「そうかーーで、調査するんだよな?
この村にいるんだろ?」
「ええ、ですがーー泊まる場所がなくてーー」
「ああ......そこか......」とキャンベル刑事は顔を歪めた。
「村の連中は、協力しないだろう。吾輩が何か言えば、今後は彼らは吾輩らの捜査を拒否するかもしれない」
僕は譲歩した。
「一人部屋でも構わないんです。
コナン・ドイルが納得できる部屋ならーー彼を帰らせないように」
「ーーわかった。事件関係者の家ーー牧師館の場所を教えよう。ちょうど部屋が空いている......」
必要な事は聞き終えた。
僕はキャンベル刑事から離れた。
彼は置いてかれた犬のような目で僕を見てきた。ーー少し怖かった。
すぐにでも、元いた所へ戻ろうとした。廊下の向こうで、
明らかに不機嫌な中年の男がいた。
僕は、吃りながらコナン・ドイルに話しかけた。
「せ、先生。あの休めるところを手配して、お、おきました。
あの、事件関係の、うちに泊まらせてもらいますーー」
「なに?なんだ、そこは?はっきりと言えーー!」とコナン・ドイルは怒鳴った。
「もしかして、村にはホテルはないのか?」と彼は僕にたずねた。
「あ、あの村にーーホテルはありません......だ、誰も興味のない村に、宿泊施設は、ひ、必要ないので」
ーーコナン・ドイルの顔が引きつった。
......もう帰りたかったんだろう。
彼の背後で、取り調べ室から男が出てきた。コナン・ドイルをイヤなものでも見るかのような、侮蔑の目で見てから、
ーー静かに去っていく。
......捜査協力は拒否されたんだ。
コナン・ドイルのワガママに、警察組織は膝を屈さない。
現実の捜査体制に、作家は必要がないと判断されたーー最悪な始まりだ。
栄光も名誉もない。
侮蔑の目だけが、
僕らを森のように囲むんだ......。
(こうして、第七幕は侮蔑の森で幕を閉じる。)




