第四幕:彼女は天使になったんだーー
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第三幕では、シャーロキアンの存亡の危機を感じた僕は、ルイーザーー奥さまと親しくなった。
孤独の中でーー。
彼女の部屋の中でーー。
......彼女との話は面白かった。
どう面白かったかは、
僕らにも分かってなかったとおもう。
くだらない話やら、
哲学的な話までね。
もちろん、彼女の体調がいい時に。
彼女の雰囲気はーーどことなく、ふっくらしてきた気がしたんだ。
さて数日経ってた。
ホームズの作品について、彼女に聞いてみた。彼女なら、コナン・ドイルにホームズを書かせられるかもしれない。
「アーサーは、歴史の本を書きたいのよ。ホームズさんのこと、嫌いじゃないけどーーアーサーの書きたいようにさせたいわーー」と彼女から言われた。彼女はーー本当に辛そうにしてた。
僕は、その話をしないようにした。
彼女の重荷にならないようにーー。
ある日、コナン・ドイルに呼び出された。屋敷から叩き出されるのかと思ったが、そんなことはなかった。
彼はホームズの新作のアイデアを、思いついたんだ。
このアイデアと共に、ホームズの推理を教えてくれるのかと期待した。
「ホームズ。君、今回のホームズの新作アイデアを聞くと驚くぞーー」
僕は大作家のアイデア出しを見たことがなかった。
しかも、シャーロック・ホームズの新作ーーすごく胸が膨らんだ。
「舞台はーーそう宇宙だ」
ーー宇宙だって?
期待なんて、一瞬のうちに砕かれた。
「う、宇宙?」と不満げに聞き返した。
「そうだ。そこは、ホームズの推理力も、観察力もまったく役に立たないーー」
「や、役にーーた、立たない?」
「そうとも!彼は宇宙に放り出される。彼は傲慢さを改めて、英国に忠実な清廉潔白な男に生まれ変わりーー地球に帰還するーー壮大な精神的な物語になるーー」
「わ、ワトソンは?」
「なに?」
「ワトソンもーー、いっ、一緒に宇宙にーーほ、ほう、放り出されるんですか?」
「彼は開業医を続けている。
宇宙に放り出される必要はない!」
彼は宣言するように両手をあげた。
「暗黒の宙に漂い、ヤツは無力を噛み締めて悔い改める。これが新作だ。そして、この新生ホームズが、歴史を探求するんだ。
素晴らしいとは思わないか? そして歴史の中で、霊界のーー」
僕は顔に泥団子をぶつけられたような、やるせない気分を感じた。
もう頭の中がこんがらがった。
そのままの足で、奥さまの部屋に戻った。
なぜかって?
一人の部屋は息苦しかった。
二人で話題を交わしあう楽しさを味わいたかった。
僕は彼女の手を握り、二人で囁くように話した。
「ーーホームズ。あなたの事を聞かせてくれるかしら?
虚構としてのあなたではなく
ーー前のあなた。本当のーーね」
「僕のーーですか?」と唾を呑んだ。
「ええ。あなたが、過去を思い出すたびにーー苦しそうにしてたから。」
「僕にとって、過去は消してしまいたいんです。もし触れるなら、引き裂きたいぐらいーー」彼女の手が僕の頬を母のように撫でた。
「ねえ、ホームズ。もうすぐーー私は遠くへ行くの。どこかーーどこかねーー、大切な人に会えるかもーー会えないかもーーでも、すごく遠くよ。」
彼女は歌うように繰り返した。
「あなたの物語を抱えて、天使のようにーー飛んでいくわーー」
僕は悲しくなった。
そうして、彼女に最初から話したんだ。
「ーーやあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
この物語は僕がなぜホームズにならなきゃいけなくなったかを話す。
ーーそういう物語なんだ。
1900年頃の事だ。イギリスのロンドン。霧の都にて僕は生きていた。
そこは、まるで本物のホームズが出そうな都市だった。昼は石畳と歴史ある建物に囲まれ、夜の闇に霧で異界のごとき不気味さで僕を誘うーー」
時は流れていくーー僕は夢中になって語った。
(こうして、第四幕は虚構ホームズの誕生により幕を閉じる。)




