第十五幕:崩壊への序曲
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第十四幕では、コナン・ドイルに事件のあらましを伝えた。僕は誓約書にサインをしたから、内容は限定的だったけど、彼には充分すぎた。
牧師館のダイニングルームで、コナン・ドイルが叫んだ。
「手紙だ。手紙はーー筆跡がわかる!ーーそうだ、マヌケ!手紙はどうした?ーー筆跡は調べたのか?」とコナン・ドイルが跳ねた。
パンクズがテーブルの床に落ちた。
「す、すみません、先生ーーひ、筆跡はーー調べて、ませんーー」
僕は怯えてみせた。
「マヌケ!筆跡は変えようとしても、必ずボロが出るんだーー!」と唸るようにしてコナン・ドイルは僕を罵った。
「いいか、ホームズ!筆跡鑑定だよーー!ははーーそうだ」とコナン・ドイルは下唇を噛んだ。
彼は突然、呟いた。
「名前を聞けばよかったーーあの無礼な警察官のーー」
僕の意識に反して、思わずこう応えた。
「ーーも、もしかして、ジョージ・オーガスタス・アンソン大佐のことですか?」軽率な自分の口の軽さを呪った。
コナン・ドイルは、僕に顔を向けた。
「なぜ、ヤツの名前を、お前なんかが知ってるんだ?」と警戒した声で、コナン・ドイルは僕に詰問した。
「せ、先生がお休みになっている時に、偶然に、あってーー」とごまかそうとした。もし彼の知性が答えを教えたらと思うと、生きた心地がしない。
彼は僕を裏切り者だと糾弾し、この村で僕の尻を蹴飛ばすんだ。
だけど、彼の反応は僕の想像したものとは違った。
「ーーなんだーーあの男は、私の助言が聞きたかったんだ。やはり探偵の目がなければ事件解決は難しいんだろーー」とコナン・ドイルは喜んだ。
その様子を見て、僕は苦笑した。
彼の知性は働いてなかったのを、確認できたからだ。
「アンソン大佐に、筆跡鑑定を依頼しなきゃいけないな。すぐにーー!」
コナン・ドイルは立ち上がった。
彼は僕に指示をだした。
「ホームズ。ジョージ・エダルジとなんとか話をしたい。彼と話ができるように手続きしてくれ。彼が本当に犯人か、この目で見極めてやる。探偵の目だ!」
「さ、さすがです。せ、先生。
探偵の目は、そんな事も、で、できるんですね?」
「もちろんだよ、君。まあ、ホームズには難しいだろう。私だけの共感力だーー」
そんな再現性のない能力、
あってたまるもんか。
スタッフォードシャー警察署にて、アーサーが再び通された部屋は、暖炉のない取り調べ室だった。
今度は僕も取り調べ室の中にいて、コナン・ドイルと共に話を聞くことになった。
なぜかって?
このグレート・ワーリー事件を詳しく調べたのは僕だから。コナン・ドイルは体調を崩していただけだったから。
「アンソン大佐。この事件は難解です。ですが、ご安心ください。公安の目に、探偵の目さえあれば、真実は明らかになるでしょうーー約束します」
コナン・ドイルは静かに微笑んでみせた。
アンソン大佐は深くため息をついた。
彼は僕を見た。失望の眼差し。
「彼はーーなぜついてきたんだ?」
僕は、答えず視線を下に向けた。
「彼は私の助手です。記録係みたいなもんです」とコナン・ドイルは僕がいる理由を話してた。
「ーーなるほど。
ーーで、ドイルさんは何を思いついたんでしょうかね。
失礼ですが、我々の立場として何も言えません。
そこはご理解ください。」
コナン・ドイルはーーうなづいた。
「ふふふ、筆跡鑑定ですよ。アンソンくん。
犯人は重大なミスをせざるおえなかった。ーー匿名の手紙を出したことです。
この手紙はジョージ・エダルジをギャングのリーダーとして貶めています。
だが根拠のないデタラメーー私はそう睨んでます。この手紙を書いた犯人を見つければ、おのずと事件の謎は世間であきらかになるでしょうーー」
アーサーは、そういうとアンソン大佐を見た。アンソン大佐は静かに答えた。でなきゃ、彼はアーサーをーーやめとこう。彼は紳士だ。そして、警察官だった。
「なるほど。我々に筆跡鑑定をしてみろ、ーーと。ドイルさんは、この村の誰の筆跡を鑑定させたいので?
我々が怪しいとにらんでる相手の筆跡を一人ずつ調べて、鑑定人に調べさせろーーというつもりでしょうか?」
アンソン大佐は続けて言った。
「匿名の手紙を書いた人物が、事件に直接関係していると、なぜ決めつけているんですか?便乗しただけの、それだけかもしれないーーそうですね?
筆跡鑑定もタダではありません。
捜査するにしても、限界があるんです」
コナン・ドイルの鼻息が荒くなった。
「君、怠慢だぞ!筆跡鑑定をするものがいないんだ。そうだろ?」と言った。
「我々には、筆跡鑑定人に頼む仕組みはある。だが、ドイルさんに詳しく説明する義務はない。手紙を誰にまわすかも、捜査をする上での重大な秘密です」とアンソン大佐は拳を強く握った。
「ご協力ありがとうございます。
ドイルさん。他に何か、必要なことは?」
「ジョージ・エダルジとの面会をさせてもらいたい」
「わかりました。ホームズに手続きを進めてもらいます」とアンソン大佐は疲れたように僕を見た。それから呟くように言った。
「ーードイルさん。あなたの新作は私にも分かりました。きっと、あなたは我々を無能だと書きたてるでしょう。
物語としてね。
ロンドンでの世論も、もしかしたら歴史ですら我々を無能集団と断じるかもしれません。
だがーー覚えてください。
我々には法のシステムがあるんです。
それを無能と即断するのは、
我々だけでなく、国すらも無能としてるのです。ーーそこに国への敬意はない。結果だけを判断した浅はかさは、人を煽動させる危険なものなのですーー」
アンソン大佐は冷ややかに説明したが、コナン・ドイルの頭の中では何かが生まれていた。
僕は、寒気を感じた。薄気味悪かった。
(こうして、第十五幕は迷惑探偵により幕を閉じる。)




