第十二幕:初めての変装
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第十一幕では、警察による捜査がワーリー村では効果がほとんどないと分かった。僕は、警察の代わりに彼らが睨んだグループの調査をしなければいけない。
僕が本名で誓約書にサインしなかったから、彼らは僕を名前のない男としてつかう。僕が失敗しても、責任を取る事がないだろう。
成功したら、手柄は彼ら。
失敗したら、そこで僕は終わりだった。警察から切り捨てられ、村のグループからは酷い目に遭わされることになる。僕は家畜みたいなものなんだ。
ここはワーリー村にある酒場だ。
若者たちの溜まり場で、やる事のない者たちのはけ口だった。
うつろな目をしてるくせに、自分は周りとは違うと言い聞かせる連中ばかりいる。
白人至上主義に彼らが走るのは、
それしか誇れるものがないからだ。
だから、唯一の誇りを傷つける者がいるとヒステリックになる。
壁は煤煙でくすみ、若者たちが時々壊れたように笑ってた。
カウンターにはグループのリーダーであるフランシス・ホリス・モーガンが独りでグラスを傾けている。
この名前は、キャンベル刑事から教わった。最有力の嫌疑者の一人だ。
グループの主犯格で、豚肉屋の若者。現場の脂ぎったキャップが彼のものと疑われている。
彼は時々、仲間たちに声をかけるが、何か考えごとがあるみたいだった。
茶色の脂でてかった短髪に二重顎、たくましい身体つきをしてた。
豚肉屋の仕事をして、鍛えられたんだろう。取り押さえられたら、逃げられない。気をつけなきゃ。
僕は今から『ヘイミッシュ・ワルター』というマンチェスター・ガーディアンの地方特派員を名乗って、彼から情報を引き出すつもりだ。
酒を飲ませて、気分良くさせる。
あの悪魔の水は、口を軽くしてくれる。
「やあ、アンタ。奢らせてくれないか。」と彼の座っているカウンターの隣に腰掛けた。
「なんだ、おめえ。村で見ない顔だな? ーー外のヤツらか。」
「ああ。僕はヘイミッシュ・ワルター。マンチェスター・ガーディアンの地方特派員だ。ーーさえない記者だよ。縁があって、コナン・ドイルについていってる。この事件でグレイト・ワーリーの事件が再び起こったらしいじゃないか。気になってる......」
「ちっ......記者かよ。ムカつくな。オレたちは毎日毎日からだを使って稼ぐのに、お前ら外の連中は楽ばかりしやがる」
「その通りだ。ええと、君はフランシス・ボリス・モーガンだね。村で有名だと聞いたよ。」
「ふざけてんのかーーホリスだ。どいつだ、オレの名をチクリやがってーー」
「ちくる?とんでもない。コナン・ドイルと歩いてたら、村の噂をいろいろ聞かされたんだよ」
僕は大げさに肩をすくめてみせた。
「彼女は君のことをほめてた。男らしいとね」
ホリスの目がわずかに揺れた。
疑う気持ちと、褒められた喜びが表情の上でぶつかり合い、
最後に喜びが勝った。
「なに?そ、そうかーー」
「ああ。ーーここだけの話だが、コナン・ドイルは本を書く予定だ。もしかしたら、ホームズの新作かもしれない。君が本に載るかもしれないよ」
「ははは!本にか!ホームズってのはよく知らないが、本か。いいなーー」
「うらやましい。アンタのような白人がこれから、皆の羨望の的になるんだ。」
ホリスは一瞬眉をひそめたが、
“白人が羨望の的になる”という言葉で口角が持ち上がった。
「酒を奢らせてくれよ。自慢したい。ホームズの本に出てきた男に酒を奢ったなんて、記者仲間に言ってみろーーアンタのおかげでさえない人生とはオサラバさ」
「いいなあ!オレのおかげか!なら、断る理由はない。ちょうど飲みたかったんだ。」とホリスはカウンターから酒を注文した。
「おい、酒をもっとよこせ。」
「ほどほどにね。頼むよ。アンタはたくさん呑みそうだから」
「わかってる。でも、それぐらいは覚悟しろ。なにせ、オレのおかげでさえない人生が終わるんだ」
それから、ホリスは下品に笑った。
彼の二重顎が激しく揺れた。
(こうして、第十二幕は肉屋の自慢で幕を閉じる。)




