いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪ その2
R7、9/11 誤字報告ありがとうございます。
大変助かりました(*^^*)
『アンディ・ニフラン』
リュミアンがナサイ男爵家にいた時からの家庭教師兼、経営の師匠のような人物である。
そして何故か今も、リュミアンの住むレラップ子爵領に滞在している。
目的はリュミアンの母、アズメロウに好意を持っていることや、リュミアンの成長を確認したいことが大きいが、他にもモロモロ関心ごとが多いからだ。
彼は自身で男爵位も持つ、ニフラン侯爵家の次男。
緑の癖っ毛に高身長で、この地に来る前は黒い伊達眼鏡で素顔を隠していたが、猫のようなややつり上がった目の美しい顔をしている。
ただ彼自身はナルシストではないので、特に美醜は気にしていない。土属性らしい茶の瞳は穏やかさを感じるが、敵認定すると容赦はしない質だ。
◇◇◇
「先生、今日は何をするの?」
人の良さそうな顔で、教師であるアンディに近づいて来る18歳になる彼の名はステアー。
成績優秀でバランスの良い体躯を持った、たれ目の優しそうな美形だ。
幼さを持つ笑顔は、老若男女を笑顔にする。
ある意味リュミアン(現在16歳)と同種の、癒し系である。
オレンジの髪と黄色の瞳は、元気がでると評判だ。
栄えるこの地に嫌がらせしたり、育てた魔法使いを拐おうとする者達に、アンディと共にこっそり鉄槌を与えている彼の、仕事の後継者的存在なのだ。
平民ながらも地頭が良く、アンディの立てた学校で優等生の彼は、川の氾濫で流された幼い彼を助け、命を落とした姉がいた。
その時に彼は酷く心を悼めた。
「俺のせいで、姉さんは死んだ。俺のせいで!」
「それは違うぞ。これは災害のせいだ。お前のせいじゃない」
「そうよ。あの子はお前が助かって喜んでいるわ。いつまでも悲観しちゃ、天国に行けないわよ」
そんな苦しさと辛さを抱え生きてきた彼だが、被害に合った者は周囲に多く存在した。
みんな心に苦しさを抱えて、懸命に生きていた。
そんな苦境にあった子爵領なのに、王都から離れたこの地への援助金は雀の涙で、レラップ子爵は多くの借金を抱えた。
その一つがナサイ男爵家で、子爵令嬢だったアズメロウはそのせいで無理に嫁がされてしまった。
その時に領民は憤った。
「国の助成金がもう少しあれば、お嬢様は男爵家なんかに行かなくて済んだのに!」
「産後すぐに伯爵家の乳母になるなんて、きっと旦那のロールブランのせいだ」
「お嬢様は自分を犠牲にして……辛くてもこちらに戻って来ることもない」
「俺達も、負けてちゃいかんぞ!」
「「「「頑張るぞ!!!」」」」
そんな環境で育った彼は、いつも力ない自分に憤っていた。
「もっと俺に力があれば……姉さんも死ななかったのに。くそっ、くそぉ!」
だからこそアンディに出会った時、彼は懸命に学びそして悪事に対して報復したのだ。
彼ばかりではなく子爵領地に住む者は、少なからず同じような思いを抱えていた。
そして、「先生、今日は何をするの?」の会話に再び戻る。
「何かさぁ。最近、人さらいが多いでしょ。全部未遂だから害はでてないけど、幼い子が捕まる可能性もあるじゃない? だから領地全体に結界でも張ろうかなぁと、思ってたんだ」
「結界? そんなのできんのかよ。それこそ、聖女様しかできない魔法なんじゃない?」
「なんだステアー。お前仮にも僕の弟子を名乗るのに、そんなこと言っちゃうんだね。やっぱり一番弟子は、ラミュレンにしよう。そうしよう♪」
「ちょ、ちょっと待てよ。そこは譲れねえぜ! 俺が一番、先生の世直しに付き合ってるんだからさ」
「クククッ、焦っちゃって。まあ実際、僕の持っている属性じゃないから、かなり効率は悪い(使う用途によって、魔法式を頭の中で計算し、その意識を掌に移動させて使う。中継点があることで、魔力消費が多い)けどさ。
でもそれやっちゃうと、ゲートを作った場所以外から領地の通り抜けができなくなるんだよね。
相談してからじゃないと、ダメだよなぁ」
「それって、全然ダメなんですか?」
「うーん、少し不便な点もあるんだ。簡単に言うと、敵もこっちに入って来れないけれど、山の麓や隣の領地に近い場所に住む人も、結界のせいで通り抜けできなくなって、ゲートまで移動しないといけなくなる。
ゲートに門番を作れば、入ってくる者のチェックができるから安全なんだけれど。
だけど、ちょっと不便なところもあるだろ?」
「まあ、そうですね。でも安全の為と思えば、仕方ないっすよ」
「ああ。でな、一応解決策は考えてあるんだ。領地内でゲートまでの直通の移動車を作るんだ。予約制にしておけば、魔法使いチームで対応できるだろ?」
「移動車……未成年でも運転可能ですか?」
「勿論。この領地限定だし、原理は地面と乗り込む荷台の裏に、磁石の反作用を使うだけだもん。その速度と安定性を制御するのが、魔力操作の練習になるしね。子爵領の人は、少しくらい失敗してもその辺寛容でしょ?」
「それはそうですね。基本的にこの領地で不足の物はないし、用事は人に会いに行くくらいですもんね」
「でしょ。だからその辺を応じて貰えれば、試すのも良いかなって。基本的にこの地は、ラミュレンがいるだけで女神の恩恵があるから。
ただその恩恵で魔物が減ってるから、魔物狩りをするなら別の領地の山とかに行かなきゃならないけど。
普通の猛獣とかは以前と変わらないから良いんだけど、魔獣の素材が必要な職業もあるだろ?」
「商人や鍛冶士とかですね」
「まあ、そうだね。
でもそれは、魔法使いチームで対応できそうだよね。
元アマニ伯爵領には、瘴気にまみれた魔獣がウヨウヨしてるから、訓練にも最適だしね。
僕の、あ、君も使えるね。空間転移魔法でみんなでそこに飛んで、いろいろやっちゃおう!」
「く、訓練!? 領地丸ごと酷い状態なのに!」
「邪魔も入らないから、良いでしょ。それに今の子爵領には剣士が足らないんだよ。それも育てないと」
「どうしてですか? 魔法使いは着実に育っているのに!」
「ステアー、聞いて。もし、魔法が無効化されたら、僕らの戦力はどの程度になると思う?」
「かなり弱体化しますね。子爵領地にも剣士や騎士もいますが、少数です。元騎士を入れても50名にも届かないでしょう」
「うん、よく学んでいるね。今までここは、魅力が少ない場所だったからそれで足りたんだ。
でも襲われる理由ができたことで、あらゆる可能性を考えないといけない」
「分かりました。俺も腹を括ります」
「頼もしいね。助かるよ」
「はい! 一番弟子ステアーに、お任せ下さい!」
その後学園で魔法の適正がない者達に、剣技の修行をしないかと声をかけ、集まった者達と基礎体力(実は基礎より遥か上の)訓練を行っていった。
訓練の指導員は、なんとレラップ子爵とその側近のグレナダム男爵。そして彼らの息子達3名だ。
レラップ子爵の本名は、ジョニー・レラップ。
グレナダム男爵の本名は、メルクラス・グレナダム。
その長男アダマント、次男ギガンス、三男ダクトルの5名は、30年前にあった海賊(とは名ばかりの他国の斥候)の大襲撃の際に先頭に立って武勲を立てた猛者である。
斥候達はこの国の戦力が微弱だと判断し、攻撃に転じたようだが、屈強なジョニー達の存在は計算外だったようだ。
しかし身分は田舎の男爵と子爵と侮られ、高位貴族に与えられるものより報奨が少なかったそうだ。
その扱いには、共に戦った高位や下位貴族も無礼だと国王を批判した。
けれども国王派である貴族達は、国王の味方をしてうやむやになったと言う。
それに対してジョニーらは、味方についてくれた貴族達の義勇に感謝し、今も友好的な交流を持っている。
領地に戻り目立つ行動はないが、陰の実力者の集まりなのだ。そんな領地である為、多くの者が基礎訓練を既に学んでいた。
今度はそれを強化する番となった。
ダクトルの子供達はまだ10歳前後であり、アンディ的には丁度良いとほくそ笑んだ。
◇◇◇
子爵邸の応接室では、打ち合わせが行われていた。
アンディはジョニーとリュミアンに、子爵領地に起きたことなどを纏め、現状について不安部分を伝えていく。
この地の変化に気付いているのは、まだ近隣の貴族達だけだが、何れ国王の耳に発展状況が伝われば搾取が始まるだろう。
それを防ぐ為にも、力をつける必要があると。
「ああ。その通りだ、アンディ。俺は国王を信じていない。あいつはチヤホヤする貴族だけを優遇する愚王だ。川の氾濫の時は遅れを取ったが、もう付け入る隙は作らんぞ!」
「ええ、お祖父様。僕だって体力も魔力もありませんが、資金を増やす方法は先生から学びました。資金面はお任せ下さい」
そこにラミュレンが乱入した。
「それなら私はリュミアンを守るわ。アンディ先生のお墨付きなんだから!」
「邪魔しちゃダメよ、ラミュレン。こっちに戻っておいで」
「え、母上も。何でそこに?」
アズメロウもラミュレンも、話し合いが気になって聞き耳を立てていたのだ。
「ごめんなさいね。アンディが珍しく真剣な顔をしていたから、何か悪いことでもあったのかと思って。
私にもできることがあればと、こっそり聞いていたのよ」
「私もなの。困ったことがあれば、協力したくて」
そんな二人にアンディもジョニーもリュミアンも、一瞬で笑顔になってしまう。
「ふふっ、アズメロウ貴女って人は……。そうですね。協力して貰うこともあるでしょから、一緒に聞いて下さい。ラミュレンも入って下さい」
「じゃあ、失礼します」
「邪魔してごめんなさい」
「邪魔なんかじゃないよ。この領地を守る戦いだもの。みんなで頑張ろう!」
「うん。リュミアンとの幸せを守るわ」
「リュミアンだけしか守らないの? 愛されてるねぇ。ねえ、リュミアン」
「ちょっと、先生。今はそういうのじゃないでしょ。ラミュレンはみんなの幸せも、ちゃんと考えてますよ」
「照れちゃって。青春だねえ」
「ああ、もう」
「ごめんね、リュミアン」
「……良いんだ。僕もラミュレンを不幸になんてしないから」
「…………うん、ありがとう」
赤面し沈黙する二人を置いて、話を進める。
アンディはある程度訓練ができた人員を、今は放置されている元アマニ伯爵領地で、魔獣討伐で実力を付けさせる予定だと言う。
「勿論、希望者だけだ。僕がいるからある程度は守るけど、完全に安全ではない。最悪な時は空間転移で子爵邸に体を飛ばす。
そこでラミュレンに、治癒をかけて欲しいと思っている。
ラミュレンは最後の砦ということだ。
他にも治癒が使える魔法使いはいるから、魔力量の向上を図る為にその子は連れていく。
魔法使いも剣士も、数名ずつ伯爵領地で訓練を積んでいく予定だ」
ジョニーはその意見に賛成した。
伯爵領地へ行くことを望まない者もいるだろうが、その者はここで訓練すれば良いと思う。
誰しも荒療治が有効だとは言えないからだ。
行かないからと言って、責めることはしないで欲しいとだけ願うジョニーだ。
「子爵領地を運営させるには、文官も必要だし、農業を行う人員も必要だ。戦いだけで生活は成り立たんからな」
「それは勿論です。決して無理強いはさせません。それは約束します」
ジョニーは頷き、アンディに任せることにした。
「僕はこの地を守りたい。この地がとても心地良いんだ。愛する人もいるから、手は抜かないですよ」
「ああ、任せるよ。でもアズメロウは、本人の意思を確認してくれ。こればかりは任せるとは言えんでな」
「そこは任せて下さい。僕の魅力で落としますから!」
したり顔のアンディに見つめれ、頬を染めるアズメロウにジョニーも照れてしまっていた。
(もう分かった。お互いに好きあっているのだろう。反対なんてせんから)
そんな感じの半分は惚気状態で、話し合いが終了した。集まった全員が、領地の平和を守りたいことだけは共有できたのだった。
◇◇◇
「燃えろ、俺のファイヤーアロー!」
「ウインドカッターよ、敵を屠れ!」
「唸れ、俺の残雪剣!」
「全てをなぎ倒せ、シャイニングブレイド!」
「ひれ伏せ、グランディールソード!」
それぞれの決め言葉で、次々と魔獣を屠っていく彼らは、魔法使いと剣士だ。
アンディが伯爵領地の魔獣のレベルを魔法で索敵し、初級コースに該当する部分に空間を繋げる。
ある程度の訓練を積んだ彼らは、協力しながら魔獣を狩っていく。
倒した魔石と魔獣は持ち帰り、商人に売却すると彼らのお小遣いになる。
剣や装備に当てるのも良し、美味しいものを食べるのも良しだ。
ただある程度の装備の支給金は、子爵から予算が出ているので、貯金するのも可能である。
伯爵領地への訓練参加は、レベルアップと共にオプションが付くので、人気となった。
当然ながら怪我もすれば、たとえ魔獣でも命を絶つことに耐えられない者もいる。
数回の参加で、ある程度の適性が明確となり、組織だった武力の編成が成された。
戦闘に当たる者は、訓練と伯爵領地への討伐に就き、他の人員は基礎防衛訓練を続けながらも、違う仕事に就くことになった。
戦闘に当たる者の中でもまだ学生の者もいる為、勉強にも手が抜けない。
現在16歳であるリュミアンは、家庭教師だったアンディに教育を受け、齢7歳で経営に携わった経歴がある。
既にその当時、貴族としてのマナーも完璧だったと言う。
そんな彼の経歴を知る学生達は、自分達も手を抜けないと奮起していた。現在の彼の戸籍はレミカ男爵の子供であるが、誰もがアズメロウの子供であることを知っており、次期子爵だとも分かっている。
奮起する彼らも災害を乗り越え、大変な経験をしてきたが、リュミアンやアズメロウ達のことを思えば、もっと頑張ろうと思えたのだ。
◇◇◇
戦闘に加わらなくても、鍛えた筋肉は地を耕したり木を伐採するし、火の魔法は料理や炭焼きに便利だし、水の魔法は農地の水やりに重宝するし、風の魔法は干物や毛皮を乾燥されることに特化した。
勿論農地が多いので、土魔法は作物の成長を促したり豊作をもたらした。
治癒魔法を持つ者は薬草を研究し、いつでも使える薬を調合していく。治癒の加護を持つと、調合の成功率が上がるらしい。
そして戦闘に当たる魔法使いは、アンディから理論を学びながら、適性以外の魔法を使えるように鍛えていく。
使う用途によって、魔法式を頭の中で計算し、その意識を掌に移動させて使う方法である。
センスが必要な繊細な作業であり、かなり困難であるが諦める者は今のところいない。
全魔法の制覇は、魔法使いの夢だからだ。
それと平行し、剣士の剣に付加魔法を施すことや、他者への防御魔法の付与は、剣士の強さを底上げすることになる。
教える前に積極的に学びを乞う姿勢は、アンディの予想を越えていた。
「素晴らしいな、みんな。僕もウカウカしていられないよ」
そう言ってアンディは、領地に住む者の同意を得て、子爵領地全体に結界を張り巡らせた。
アンディの魔力量がいくら多くても、常に結界を張り巡らせることは困難である。
その為、大きなウルツァイト(ウルツ鉱)に魔方陣を刻み、領地の境に100を超えるそれらを埋めていった。
そのウルツァイト周囲の空間は、元アマニ伯爵領地に繋がっている。
※ウルツァイトは、ダイヤより硬いと言われている。
伯爵領地の中心部に、アンディの魔力の半分を注いだ大きなウルツァイトを、魔方陣を刻んで埋める。
伯爵領地のウルツァイトは伯爵領地に渦巻く、魔獣の魔力を吸い、魔方陣で変換されたエネルギーが子爵領地の100あるウルツァイトに注がれ、結界が結ばれることになる。
それはアンディが長期的に考えていた魔法式であり、離れた地域から空間転移を使う荒業である。
使用するウルツァイトも消耗品であり、定期的に交換が必要な気の抜けない作業だった。
一度設置すれば魔力消費は僅かだが、まだ試作段階な為、毎日の確認が必須だ。それに加え、ウルツァイト周辺の気配を、常に感じることにもなった。
大きなウルツァイトは高額であり、アンディの資産もかなり放出することになったが後悔はない。
それにより子爵領地のゲートは東と西の2つになり、そこに護衛が配置された。理論上は無断侵入できない状態となった。
行き来したい領地は空間転移で繋げることができ、海賊討伐から友好を築いてきた貴族家やナサイ男爵領にも自由に行けることで、街道を通る必要がなくなり、レラップ子爵領の情報は、一旦関わりのない貴族家からは遮断されることになった。
それにはレラップ子爵達とそこに住む領民達が嫌っている王国も含まれていた。
何とかして子爵領地に入り込みたい悪漢達は、どんなに意地になって抜け道を探しても見つからず、かと言ってゲートに訪れても弾かれ、すごすごと帰ることになったようだ。
以前勝手に通行税を高くし、レラップ子爵家がその街道を通らなくなったことで、子爵家の極ウマだと評判の作物を購入できなくなった貴族が国王に訴えた。
「家の街道だけを避け、他の場所で野菜や果物を売っている。それは我が伯爵家に失礼ではないのか? 国王から何とか言って下さいよ」
「うむ、分かったぞ。じゃがワシもいろいろ忙しくてな」
「うまくいきましたら、お礼は致しますので。何とぞよろしくお願いします」
「分かった。約束じゃぞ!」
国王の機嫌を取る伯爵は、うまく国王を転がせたと笑みを浮かべた。
その後すぐ子爵家当主のジョニーへ、登城要請があったが、「まだ、川の氾濫後の対処で忙しいのです。一部の民も困窮しており、何とぞ今は猶予を願いたいです」と、長々と丁寧に読むことも大変な文章をリュミアンが考えて送りつけた。
失礼に当たらない程度の精神攻撃である。
それでもしつこく、何度も登城要請が繰り返される為に、ジョニーではなく、ラミュレンが先に切れた。
「しつこいわよ、腐れ国王が! どうせ賄賂でも貰ってるんでしょ。返事を書くリュミアンの仕事が、無駄に増えて可哀想でしょ。その時間で私と何時間お話ができると思ってるのよ。本当にもう!!!」
「あ、ラミュレン、何かあった?」
「きゃー。ウソ、違うの。もう、恥ずかしい」
切れ散らかした彼女の後ろには、いつの間にかリュミアンがいた。
さっきまで居なかったはずなのに。
口汚く罵ったことを聞かれた衝撃で、羞恥で顔が上げられず手で顔を覆ったままの彼女を、リュミアンは優しく抱きしめた。
「ありがとう、心配してくれて。僕も意味のない手紙を書くより、君と一緒の方が楽しいよ」
「……嫌いにならない。こんな言葉使って……」
「優しいラミュレンだもの。いつも大好きだよ」
「……うえ~ん、リュミアン。私も大好き」
嬉しくて泣きじゃくる彼女の髪を、リュミアンは優しく撫でた。それは幼い時からの仕草と同じだったが、今日のそれは意味が違っていた。
「ずっと一緒にいよう。異性として愛してる」
「わ、私もよ、リュミアン。ずっと貴方が好きだった」
そんな訳で、戸籍上は別々の男爵家のリュミアンとラミュレンは、同じ戸籍に入ったのだ。何れは子爵家へと籍は移る。
そして名前の変更届けを提出し、二人の戸籍もリュミアンとラミュレンと本来の名に戻ったのである。
結婚式は領民総出で、とても賑やかなものとなった。
魔法で上空に浮かぶシャボン玉を作り、割れない玉はいろんな色を反射して七色に煌めいた。
桃色の実態のない花は、ガーデンパーティーの地面を埋めつくし、幻想的に二人を飾る。
バージンロードは、祖父であるジョニーがラミュレンをエスコートした。
「こんな爺ですまないな。でも俺はすごく光栄だぞ」
「私だって嬉しいです。お祖父様は最高に格好良いです。お祖父様が一緒に歩いてくれて嬉しい」
「……そうか、ありがとうな。ぐすっ」
純白のウエディングドレスは、アズメロウが数日をかけて縫った最高傑作で、花柄のベールも娘に贈る自信作である。
「幸せになってね。愛してるわ、ラミュレン」
「ありがとう、お母さん。私も大好きよ」
抱き合う母子に、周囲が涙する。
「良かったね。漸くくっついた」
「幸せになるんだよ」
周囲からも祝福の声があがる。
そしていよいよ、神父の前まで歩んでいく。
リュミアンも白い衣装に身を包み、優しくラミュレンに微笑んだ。
「綺麗だね、ラミュレン。いつも可愛いけど、今日は一段と綺麗だ」
「リュミアンも素敵。いつも格好良いけど、いつもより眩しいよ」
照れ笑いの二人は神父からの愛の誓いに答え、優しいキスをした。
長く恋してきた気持ちが叶い、ラミュレンは幸せだった。ずっと妹のままだと諦めていた恋が実ったのだから。
そんな二人を見守るアズメロウの傍で、アンディがずっと隣をキープしていた。
「次は僕らの番だね。僕だってずっと、君を愛してる」
いつもは冗談だと茶化すのに、今日は真剣な告白だった。
アズメロウは一度俯き、そして顔を上げてアンディを見つめた。
「私もアンディが好きよ。いつも頑張ってくれるところも、尊敬してます」
「うっ、本気の告白は心臓がドキッとするね。じゃあ、抱きしめても良いよね」
次の瞬間、許可もなく強く彼女の腰に手を回す彼は、とても幸せそうな笑顔を見せた。顔を真っ赤にさせたアズメロウは、どうして良いか分からず硬直していたが、父ジョニーがコホンと咳をして諌めた。
「仲が良いのは結構だが、主役より目立つのは頂けないぞ。そういうのは後でゆっくりしなさい」
「そうよ、アズメロウ。花嫁衣装は母が準備しますからね」
「は、は、母上、それは、まだ、早いですわ……」
ますます慌て声が上擦るアズメロウは、いっそ可哀想にも見えた。
それなのにアンディは、「ありがとうございます、お義母さん。とびきり綺麗にして上げて下さいね」と、話に乗っかってきた。
アズメロウはとうとう小さく悲鳴をあげ、気絶してしまいアンディに腕に抱かれた。
「いつまでも初々しいね。そこも可愛いよ」
なんて言って頬にキスをしたアンディに、周囲は黄色い悲鳴をあげた。
リュミアンとラミュレンは「いつも通り通常運転だね」と微笑み合い、緊張も解けて素直にパーティーを楽しむことができたのだった。
◇◇◇
二人の結婚生活に邪魔が入らないよう、しつこい国王には猛獣ではなく、魔獣を送っておいたアンディ。
「ぎゃー、このキツネが余の手を凍らせた。誰か助けてくれー!!!」
「うわー、国王の部屋に魔獣だぁ。このキツネ、剣も凍らせるぞ。急いで魔導師を呼んで来い!」
フローズンフォックスは噛んだりしないが、鳴き声の代わりに周囲を凍らせるキツネの魔獣だ。
せいぜい震えあがると良い。
ついでに通行税をあげた伯爵家も、ポイッだ。
「うわぁ、イノシシだぁ。なんで邸に! うおぉ、突進してきた。死ぬぅ~!!! グゲェ」
きっとこれも呪いだと処理され、アンディには辿り着かないだろうしね。
そんなアンディの周辺には、弟子のステアーとステアーの弟子達が会場の警備をしている。
甘いマスクの彼に憧れる魔女っ子も多く、近々恋の嵐が吹き荒れそうな予感。
でもきっと、アンディとアズメロウの結婚式は、晴天の下で行われることだろう。
◇◇◇
長くなったので、アンディの生い立ちは次回のお話で(*´∀`*)