『北川古書店』【11】山口さんに希望を贈る
山口さんが希望をもって生きるの為の寄り添う二人の姿は、これからの二人の進路を考える時間でもあり、大人への扉を開け進む。
『北川古書店』【11】山口さんに希望を贈る
土曜日、朝十時。綾乃が店にやって来た。
「山口さんに電話をしたら、引っ越しはもう終わっていました。……別れがつらくなるから、案内はしなかったって」
「そうだったんですね……」
「寂しそうに話していました。日曜日に会いに行こうかと思ってるの」
「じゃあ、私がホームに面会の確認、電話してみるね」
優しく話す綾乃の姿を見ていると、雅人の胸は静かに騒いだ。
彼女は、ますます綺麗になっていく。
日曜日、雅人と綾乃はMINIに乗って、埼玉県の山間にある老人ホームを訪ねた。
手土産は、十条で買ったクッキーだった。
面会は午後二時から。受付の職員が笑顔で尋ねた。
「山口さんのお孫さんですか?」
「いえ、親戚の者です」
「面会に来られる方は、滅多にいらっしゃいません。きっと喜ばれますよ」
山口さんは、薄い紫の上下の服を着ていた。
「雅人さん、綾乃さん……お会いできて本当に嬉しいです」
綾乃はそっと山口さんを抱きしめた。
その目には、光るものがあった。
「十条のクッキーです。お好きだと伺ったので」
「まあ、懐かしい……ありがとう」
雅人は古書店のレコードコーナーの写真を見せた。
山口さんは、何度も頷いた。
「電話をかけても、いいかしら?」
「もちろん。いつでも連絡くださいね」
会話は次第に和やかになり、山口さんは施設での暮らしについても語り始めた。
突然——
「いろんな人が、いらっしゃるのよ。私より年上の方が多くて……」
「私も、そのうちあの人のようになるのね……」
そう言って、静かに涙をこぼした。
「音楽がありますよ。毎日いろんな曲が流れています」
「ええ……懐かしい曲が流れると、昔を思い出すの。でも、なんだか寂しくなるの」
「でも……こうしてお話できるのが、いちばん嬉しいのよ」
「隣の緑川さんには、時々面会があるけど……私は、雅人さんと綾乃さんが初めてなの」
「山口さん、よろしければ“孫が来た”と言ってくださって構いませんよ」
「珍しいお菓子も、また送りますね」
そう約束して、ふたりは山口さんと別れた。
窓の向こうで、山口さんが何度も何度も手を振っていた。
その姿が、小さくなるまで見送った。
——帰り道。雅人の肩に、綾乃はそっと頭を預けた。
目を閉じた彼女の髪が、風に揺れていた。
数日後、雅人から連絡が入った。
「東京駅で、今話題のフランスのクッキーを三十分並んで買った。帰りに寄ってくれる?」
「どんなお菓子?」
「これだよ。君と山口さん、ひとつずつあるからね」
「送ってあげて」
雅人は、山口さんがそのクッキーを隣の緑川さんにお裾分けしている姿を想像していた。
二人の間に芽生えた信頼がさらに深まり、進展してゆきます。
次回、物語はさらに新しい展開が待っています。