第44話 避けられない別れ1
空が黒く染まり星が輝く時間。雲は一つもなく、月が辺りを照らしている。
闇に包まれた住宅街。各地を探せばどこにでもありそうな街の住宅街にある、少し大きな一軒家の一室。開け放たれた窓から差し込む月明かりが部屋を照らしている。部屋の明かりは消されており、しかもその部屋の主な装飾はベッドがただ一つだけ。部屋は縦に長く、片側に向きに沿ってベッドが置かれ、もう片方は光が差し込むのみ。花瓶などを置くための台があるものの、内装は簡単なものだ。
しかし、その簡単な装飾に似つかわしくなく、十数人の人間がベッドを取り囲み見下ろすように立っている。
その視線の先に、ベッドに横たわっているのは、年老い目を閉じた男性。病気か寿命かは分からないが、死にゆく者であるのは間違いないだろう。
老人の枕元に最も近い位置に立っている老婆が口を開いた。
「あなた……。」
その声は悲痛に満ちている。恐らくあの老婆は老人の妻なのだろう。
その声に応じて老翁が目を開いた。死に際のように見えるが、執念のようなものなのだろうか。人間をはじめ生き物は、そういった最期に不思議と力を振り絞れると聞いたことがある。
老翁が嗄れた声で言った。もう力が入らないのだろう。滑らかに言葉を続けることも難しいようだ。
「あ……すまない。君を、置いていくことに、なってしまって。子供たちを。」
「……分かりました。でも、もっと長生きして欲しいのですが、本音を言うと。」
「はは……それは、無理そうだ。しかし、」
周りにいるのは老夫婦の子供たちらしい。幼い子もいるから、孫もいるだろう。
老翁が老婆の顔を見ながら続ける。
「私は、私の一生に、満足している。最愛の妻と出会い、子宝に恵まれ、孫の顔も見れた。さらに望むことなど、私は欲するべきでは無いだろう。………………ああ、しかし、最期の別れぐらいは、しても良いだろうか」
「ええ。あなたの妻も、子供も、孫もここにいます。あなたが満足するまで、話すことができますよ。」
「……ふふ、そうだな。だが、薄情と思うやも、しれないが、君たちとの、別れはもう済ませたよ。」
「……え?」
老翁が軽い笑みとともに告げた言葉に老婆が目を丸くした。老翁の子供たちも訳が分からないという顔をしている。
不思議に思う子供たちを見て老翁が告げた。
「済まない、私の体を、起こしてくれまいか。もう、動かせそうに、なくてね。」
老翁の言葉を聞き子供達のうち数人が老翁の上半身を起こし、クッションを置いた壁にもたれかけさせた。壁にもたれているとはいえ、ふとしたことでも老翁は体を支えられないので左右から手を添え支えている。
老翁が正面—————何もない、月明かりがあたらない壁際を見つめながら言った。
「私の人生は、多くの人と関わりを持ち、様々な感情を、共有してきた。しかし思えば、家族との時間を除けば、話の種は、いつも君だった気がするよ。それだけ君は、妻や、僕にとって、大きな存在だったんだ。ありがとう。別れを言いに来てくれて。レイ。」
そう笑いながらも老翁——シドはこちらから目を離さない。子供たちはついに幻覚が見えはじめたかと、悲痛に表情を歪ませている。
だが、彼の最も近くにいる妻———アルミリネは違った。目を見開き、呆然とこちらを見つめている。しかしその目の奥にはある種の確信があるようにも見えた。
闇に紛れ壁際に立つ人物———俺は姿を表さず声だけを出した。
———……どれだけ歳を取ろうと相変わらずの勘の良さだな———
突如何も無いはずの場所から聞こえた声に周りの人間が警戒を露わにする。隣のアルミリネの目からは光るものがあった。
「そう言う君だって、何も変わって、いないじゃないか。勝手に、人の家に入ってさ。その太々しさ、相変わらずだね。」
———ほう?言うようになったな。侵入を咎めるなら、家の窓は閉めておくべきだな。こんな夜に開けっ放しとは。どうぞ入ってくださいと言っているようなものだぞ。年老いて達観でもしたか?ヘタレ勇者———
「ヘタレとは、言わないでくれよ。僕だって頑張ったのさ。」
互いが苦笑する音が部屋に響く。
やがてシドが言った。
「はは、何かと気が合うね。ま、僕は会ったときから、親近感を感じていた、けどね。
……ねぇ、レイ。姿を見せては、くれないのかい?」
———お前の目が見えていないだけじゃない
か?———
「いいや、それはないね。僕は健康さ。」
———チッ。嫌なところで発揮されるな、その自信は———
ヤツらは俺が具体的にどんな魔法を使えるか知らない。今の俺は空間魔法で周囲を歪ませている。どうしようが、同等の力を用いる以外突破できない。
沈黙していると、シドを支えている人間の1人が口を開いた。
「あの、宜しいでしょうか。」




