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短編

婚約破棄予定の悪役令嬢ですが、実は王国を救う鍵だったようです

作者: 九葉

死んだ。そう確信した瞬間、私は別の場所で目を覚ました。豪奢な天蓋付きベッドの上。そして心の中に溢れるのは、二つの人生の記憶。


「あり得ない…これって、『薔薇姫と紅の公爵』…?」


かつて過労死した日本のOL、青山さくらだった私は、今やルミナリア王国の貴族、アメリア・エバーハートになっていた。しかも、あの乙女ゲームの悪役令嬢に。


「お嬢様、ご起床でございますか?」


寝室のドアをノックする侍女の声に、私は慌てて現実に引き戻された。ゲームの中で、アメリア・エバーハートは高慢で意地悪な悪役令嬢。純真無垢のヒロイン、エリーゼ・ホワイトホールをいじめた挙句、婚約者のカスピアン・ブラックウッド公爵に婚約破棄されて追放されるキャラクターだ。


「お嬢様?」


「あ、ええ、起きているわ。入って」


情報が頭の中でぐるぐると回り始めた。私の婚約者であるカスピアン公爵――「紅の公爵」の異名を持つブラックウッド家の跡継ぎ。そして私はエバーハート家の令嬢で、政略結婚の予定だった。


「ゲームの通りに行けば、あと半年で婚約破棄…」


鏡に映る私の顔は、ファンタジー小説から抜け出てきたような美しさだった。金色の巻き毛に碧眼、可憐な顔立ち。でも、これだけ恵まれた容姿を持ちながら、原作のアメリアは性格の悪さで全てを台無しにするのだ。


「そうはさせない」


私は決意した。運命を変えよう。悪役令嬢の末路なんて迎えたくない。


数日が経ち、王立魔法学院での生活に慣れてきた。アメリアの記憶によれば、私は回復魔法と植物魔法に特別な才能があるらしい。ただ、この国では戦闘魔法のほうが評価が高いため、あまり重視されていなかった。


「アメリア、何してるの?」


学院の庭で怪我した小鳥を癒していると、幼馴染のマーカス・レッドフォードが声をかけてきた。


「ほら、足を怪我した小鳥がいたの。もう少しで治るわ」


手のひらに乗せた小鳥に淡い緑色の光を纏わせると、見る見るうちに傷が消えていった。


「相変わらず回復魔法は見事だな。でも、学院ではもっと攻撃的な魔法を磨いたほうがいいんじゃないか?」


「それが本当なら、悲しいわね」


小鳥が元気に飛び立つのを見送りながら、私は少し笑った。前世の知識を生かせば、回復魔法と植物魔法を組み合わせて様々なことができるはず。


「そうだ、間もなく王宮舞踏会だな。ブラックウッド公爵と顔を合わせるのはいつ以来だ?」


マーカスの言葉に、胸が締め付けられる感覚がした。そうだ、婚約者のカスピアンとは儀式的な婚約式以来、ほとんど会っていない。


「一年以上になるわね…」


不安が込み上げてきた。原作のアメリアはこの舞踏会でエリーゼをいじめ、それを見たカスピアンの心証を決定的に悪くするのだ。


「どうした? 顔色が悪いぞ」


「大丈夫。ちょっと緊張しただけ」


その夜、私は何度も原作のシナリオを思い出した。婚約者との関係を台無しにしないために、何をすべきか。何を避けるべきか。


舞踏会前日、私は念入りに準備をした。ドレスは派手すぎず品のあるものを選び、髪飾りも控えめにした。過剰に自己主張せず、しかし弱々しくもなく。そうすれば、原作のアメリアとは違う印象を与えられるはず。


「明日が運命の分かれ道になるわ」


鏡の前で微笑む練習をしながら、私は心の中で祈った。悪役令嬢の運命を変えられますように。



王宮の大広間は、煌びやかな衣装に身を包んだ貴族たちで溢れていた。シャンデリアの光が宝石のように輝き、優雅な音楽が空間を満たしている。


「紅の公爵の婚約者が来たわ」

「あのエバーハート家の令嬢ね」

「婚約破棄の噂も…」


耳に入る囁きに背筋が凍る思いがした。


「気にしないで」


隣でマーカスが小声で囁く。彼の存在が心強かった。


そして私は彼女を見つけた。エリーゼ・ホワイトホール。純白のドレスに身を包み、天使のような笑顔で周囲を魅了している。原作通りの美しさだ。


「こんにちは、アメリア様」


突然目の前に現れたエリーゼに、私は一瞬息を飲んだ。原作では彼女をいじめるはずの場面。でも、今の私はそんなことはしない。


「こんにちは、エリーゼ。素敵なドレスね」


エリーゼの目が驚きで見開いた。本来のアメリアなら、ここで意地悪な言葉を投げかけるはずだったから。


「ありがとうございます。アメリア様のドレスも素敵です」


彼女の言葉は感謝の響きを持っていたが、目は何か別のものを計算しているようだった。


その時、会場が静まり返った。彼が入場してきたのだ。


漆黒の髪と鋭い紅の瞳。背の高さと完璧な立ち振る舞い。カスピアン・ブラックウッド公爵の姿に、私は思わず息を呑んだ。ゲームのイラストでは分からなかった威厳と気品が、実物からは溢れ出ていた。


彼の視線が会場を巡り、そして私に止まった。心臓が早鐘を打ち始める。彼は真っ直ぐに私の方へ歩いてきた。


「アメリア」


低く、落ち着いた声で私の名を呼ぶ。


「お久しぶりです、カスピアン公爵」


私は礼儀正しくお辞儀をした。原作では傲慢な態度を取るはずだったのに。


彼の紅の瞳に一瞬、驚きが浮かんだように見えた。


「一曲」


短い言葉とともに、彼は手を差し伸べた。ダンスの誘いだ。これは原作にはない展開。頭が真っ白になりそうだったが、私は落ち着いた様子を装って彼の手を取った。


「最近、変わったな」


ダンスの途中、彼が突然言った。心臓が飛び跳ねた。


「そうでしょうか?」


「以前の君とは違う。何があった?」


冷静に見えるカスピアンだが、その眼は鋭く私を観察していた。


「特に何も。ただ、成長したのかもしれません」


「興味深いな」


それ以上は何も言わなかったが、彼の視線が私から離れることはなかった。


ダンスの後、偶然を装ってエリーゼが近づいてきた。


「すみません!」


彼女がつまずいたふりをして、私のドレスにワインをこぼした。会場に緊張が走る。原作では、アメリアはここでエリーゼに怒鳴り散らすのだ。


「大丈夫よ」


私は微笑んだ。


「事故は起こるものです。気にしないで」


エリーゼは一瞬、困惑したような表情を見せた。そして私は、カスピアンが遠くから私たちを見つめているのに気づいた。彼の表情は読めなかったが、何かを考えているようだった。


三日後、予想外の招待状が届いた。ブラックウッド家の本邸への招待。


「これは原作にはなかった展開よ…」


邸に向かう馬車から見える風景は、徐々に暗く厳かなものに変わっていった。遂にブラックウッド邸が見えてきた時、その荘厳さに息を呑んだ。漆黒の石で作られた荘厳な建物は、まるで異界への入り口のようだった。


「お待ちしておりました、アメリア様」


執事に案内され、豪華な応接室へと通された。そして彼女がいた。カスピアンの母、セシリア・ブラックウッド公爵夫人。その美しさと威厳に、思わず背筋が伸びる。


「ようこそ、アメリア・エバーハート」


彼女の視線が私を貫いた。まるで魂の奥まで見透かされているような感覚。


「お招きいただき、ありがとうございます」


「興味があったのよ。息子の婚約者がどんな人物か」


彼女の問いかけに、私は誠実に答えた。政治や魔法、文学について。緊張しながらも、知性と品位を示そうと努めた。


晩餐後、城内を案内された時、私は見つけてしまった。温室。そこには見たこともないような珍しい植物が育てられていた。


「すごい! これはルミナリア北部の高山にしか生えない癒しの薬草じゃありませんか? しかもこんなに立派に…」


思わず本音が出てしまった。情熱的に植物について語る私を、カスピアンが興味深そうに見つめていた。


「植物魔法と回復魔法に詳しいのか」


「趣味というか…実用的だと思っているんです」


その時、一人の使用人が突然倒れた。迷わず駆け寄り、回復魔法を使う私。淡い緑色の光が私の指先から溢れ出し、使用人を包み込んだ。


「症状から見ると、魔力の流れが乱れているだけですね。これで大丈夫です」


使用人が目を覚ますと、私はほっと息をついた。振り返ると、カスピアンとセシリア夫人が意味深な視線を交わしていた。


「アメリア、必要があれば図書館と温室をいつでも使っていいわ」


帰り際、セシリア夫人がそう言った。これは予想外だった。彼らは私に何かを期待しているのだろうか。単なる政略結婚としては、異例の待遇だ。


馬車に乗り込みながら、私は考えた。何かが変わり始めている。原作とは違う道筋が見え始めた気がした。



ブラックウッド邸への訪問から一週間が過ぎた頃、学院の雰囲気が変わり始めた。


「アメリア、本当にブラックウッド家から直々に招待されたの?」

「紅の公爵と仲良くなったの?」


噂は瞬く間に広まり、これまで私を避けていた学生たちまでが話しかけてくるようになった。そして意外な人物が近づいてきた。


「アメリア様、お話してもいいですか?」


エリーゼだった。彼女の天使のような笑顔の裏に、何かを探りにきた計算高さを感じた。


「もちろん」


エリーゼとの会話は警戒心を隠した社交辞令の交換だった。彼女は友情を装いながらも、ブラックウッド家について巧みに質問を挟んでくる。私は原作を知っているからこそ、彼女の意図が見え隠れして見えた。


「気をつけろよ」


後日、マーカスが忠告してきた。


「エリーゼ・ホワイトホールには何か裏があるような気がする。最近、彼女が夜に密かに城外へ出かけるのを見た者がいる」


「ありがとう、注意するわ」


マーカスは私の数少ない味方だ。彼の忠告は真剣に受け止めなければ。


次の週末、再びブラックウッド邸を訪れた。今回は研究のためだと伝えられていたが、実際の目的はまだ分からなかった。


「この植物は防御特性を持っている」


温室でカスピアンが説明してくれた。彼は驚くほど植物の知識を持っていた。


「毒や魔法攻撃から身を守るためのバリアを作り出すんですね」


「そうだ。だが、適切な育て方をしないと効果は発揮されない」


会話は自然と専門的な話から、より個人的な話へと移っていった。


「子供の頃は植物より剣術に興味があったよ」

「私も子供の頃は違うことに…」


危うく転生の秘密を口走りそうになり、言葉を飲み込んだ。


「違うこと?」


「違う魔法に興味があったんです」


彼の視線が鋭くなったが、それ以上は追及しなかった。


突然、妙な香りを放つ植物が揺れ、紫色の粉を散らし始めた。


「危ない!」


カスピアンが咄嗟に私を引き寄せ、身体で覆うように守った。彼の動きは反射的で、まるで私の安全を何よりも優先しているかのようだった。


「大丈夫か?」


顔を上げると、彼の顔が間近にあった。紅の瞳が心配そうに私を見つめている。息が止まりそうだった。


「はい…ありがとうございます」


彼の腕の中から抜け出しながら、自分の鼓動が早まっているのを感じた。これは単なる政略結婚の相手への感情ではなかった。


数日後、学院で奇妙な症状を訴える学生が出始めた。突然の身体の痛み、魔力の暴走、そして奇妙な発疹。


「これって…」


ゲームでは軽く触れられていた「魔法疫病」の症状だ。原作では重要な展開ではなかったが、この世界では違うようだ。


「カスピアン公爵に報告すべきかもしれない」


私は決断して、ブラックウッド邸へ使いを送った。


「既に知っていた」


カスピアンは私の報告を静かに聞いた後、意外な言葉を返した。


「学院だけでなく、王国の他の地域でも同様の症例が出始めている。ある共通点に気づいたか?」


「共通点?」


「発症者は全て強い魔力を持つ人間だ。そして通常の回復魔法が効かない」


その言葉に、私たちは一つの結論に辿り着いた。これは自然発生的な疫病ではなく、魔法による意図的なものかもしれない。


「調査と治療法の研究に協力してほしい」


彼の申し出に、私は迷わず頷いた。これがきっかけで、私たちは共に多くの時間を過ごすことになった。


図書館での古文書の調査、温室での実験、そして治療法の研究。偶然の手の触れ合い、発見の喜びの共有、困難に立ち向かう連帯感。すべてが私たちを少しずつ近づけていった。


「前の世界の医学知識が使えるかも」


そう思いながら、私は現世の魔法と前世の知識を組み合わせた治療法を考案した。


「これは素晴らしい」


カスピアンが私の研究に感嘆の声を上げたとき、彼の眼には本物の尊敬の色が浮かんでいた。


しかしある夜、すべてが崩れかけた。


「彼女の能力を利用すれば、帝国の魔法に対抗できる」


私はブラックウッド邸の廊下で、カスピアンとセシリア夫人の会話を偶然耳にしてしまった。


「彼女は貴重な人材よ。上手く利用しなさい」


胸が痛んだ。やはり彼らは私の能力だけを評価し、利用しようとしているのか。これまでの親密さは、すべて演技だったのだろうか。


翌日から、私はカスピアンとの接触を避け始めた。連絡にも冷淡に応じた。


同時に、エリーゼが新たな噂を広め始めた。


「アメリア様はカスピアン公爵を操る媚薬を研究しているそうよ」


学院中に広まる悪意ある噂。そして疫病の症状は日に日に悪化していった。


ある日、怒りに満ちたカスピアンが学院に現れた。


「説明してもらおう」


誰もいない教室で私たちは対峙した。


「何の説明が必要なのでしょう?」


私の冷たい態度に、彼の眼が細められた。


「なぜ突然距離を置き始めた? 研究は重要な局面だぞ」


言い返そうとした瞬間、ドアが勢いよく開いた。


「アメリア様! マーカス様が倒れました! 疫病の症状です!」


血の気が引いた。マーカスが? 即座に彼の元へ駆けつけた。


「ひどい症状だわ…」


マーカスは高熱で、魔力が不規則に放出されていた。私は治療法を試すため、前世の知識と現世の魔法を組み合わせた。


「この薬草の成分は、アセチルサリチル酸に似ているから解熱に効くはず…現代の医学でいうアスピリンのような…」


無意識に日本語と専門用語が混じった。その瞬間、カスピアンの視線が鋭くなったのを感じた。


「それは何の言葉だ? アスピリンとは?」


答えに窮した私。転生の秘密を打ち明けるべきか。嘘をつき続けるか。選択の時が来たのだ。




「話すべきことがあります」


マーカスの容態が安定した後、私はカスピアンを人気のない中庭へ誘った。もう隠し通せない。信頼関係を築くなら、真実を伝えるべきだ。


深呼吸して、私は話し始めた。前世の記憶、転生、そして乙女ゲームでの悪役令嬢の運命について。言葉が止まらなくなり、全てを打ち明けた。


「信じられないでしょうね。でも、これが真実です」


話し終えると、拒絶を覚悟して俯いた。しかし意外な反応が返ってきた。


「実は、数ヶ月前から気づいていた」


驚いて顔を上げると、カスピアンは穏やかな表情で続けた。


「突然性格が変わり、知識や言動に違和感があった。何かが起きたのは明らかだった」


「でも、なぜ何も言わなかったのですか?」


「観察していた。君が何者であれ、悪意を持っている様子はなかったからな」


そして彼は、私が誤解していた会話の真意を明かした。


「母との会話は、君の能力を『利用する』ではなく、『悪用から守る』という意味だった。君の回復能力が特別なのは分かっていた。敵に利用されれば危険だと話していたんだ」


私の胸に温かいものが広がった。誤解だったのだ。でも、エリーゼが広めた噂はどうなのか。


「媚薬の噂は?」


「信じていない。あの噂の出所はエリーゼだろう? 彼女には何か裏がある」


和解のように見つめ合う二人。しかし、その時突然、王宮からの緊急召集が届いた。王族にも疫病の症状が出始めたというのだ。


王宮に向かった私たちを待っていたのは、混乱と恐怖の光景だった。王女が重篤な症状で倒れ、通常の魔法治療士たちは手の施しようがなかった。


「私の研究した治療法を試させてください」


勇気を出して申し出ると、疑いの目が集まった。そしてエリーゼが割り込んできた。


「そんな怪しい治療法を信じるのですか? 毒ではないかと…」


緊張が高まる中、カスピアンが一歩前に出た。


「私は彼女を完全に信頼する」


彼の宣言に、部屋が静まり返った。ブラックウッド家の権威が、その言葉に重みを与えていた。


「私も保証しよう」


セシリア夫人までもが私を支持した。この意外な援護に、王は頷いて治療を許可した。


私は集中して王女に回復魔法を施した。前世の医学知識と現世の魔法を融合させた独自の治療法。淡い緑色の光が王女を包み込み、徐々に症状が和らいでいった。


治療が成功し、王女が目を覚ました時、安堵の空気が宮殿を包んだ。しかし、その時だった。


「治療薬を奪って!」


カスピアンの警告が響き、私たちは薬を破壊しようとしているエリーゼを見つけた。彼女は咄嗟に強力な風の魔法を放ち、逃亡を図った。


「追え! 彼女はヴェスペリア帝国のスパイだ!」


セシリア夫人の叫びに、衛兵たちが動いた。エリーゼはスパイ? 驚きで言葉を失った。


「原作では彼女がヒロインのはずだったのに…」


「何だって?」


カスピアンに問われ、私は説明した。ゲームでは彼女が救いの手を差し伸べるヒロインで、私こそが悪役だったことを。


「本当の悪役はヒロインだったというわけか」


エリーゼの部屋を捜索すると、ヴェスペリア帝国との連絡記録や、ブラックウッド家に関する詳細な調査メモが見つかった。彼女は長期計画でブラックウッド家を標的にしていたのだ。


「ブラックウッド家には秘密がある」


セシリア夫人が静かに語り始めた。彼らの家系は代々、王国を魔法的脅威から守る秘密の役割を担っていたという。紅の瞳は魔法への耐性と敵の魔法を見破る能力の証だった。


「そして、アメリア。あなたの回復能力は特別だ。帝国の疫病魔法に完璧に対抗できる唯一の能力なのよ」


私のような能力者を待っていたのだと語るセシリア夫人。すべての謎が繋がり始めた。


その時、警報が響いた。エリーゼを先頭に、帝国の魔法使いたちが襲撃してきたのだ。疫病による混乱に乗じた計画的な攻撃だった。


「アメリア、私の後ろに!」


カスピアンが私を守るように立ちはだかった。炎の魔法が彼の手から放たれ、敵を阻む。


「私も戦えます!」


私は回復の魔法と植物魔法を組み合わせ、防御のバリアを作り出した。


「カスピアン、左!」


私の警告に、彼は瞬時に反応して敵の攻撃をかわした。息の合った連携で、私たちは敵を次々と撃退していった。


しかし、エリーゼの魔法は強力だった。彼女の風の刃が私に向かって飛んできた。


「危ない!」


かわしきれないと思った瞬間、カスピアンの炎の盾が私を守った。しかし彼自身は傷を負った。


「カスピアン!」


彼は構わず戦い続け、ついにエリーゼを追い詰めた。私は原作ゲームの知識を活かし、エリーゼの魔法の弱点を叫んだ。


「風は火に弱い! 彼女の魔法の回転を逆にすれば、自分に返る!」


カスピアンは私の言葉を理解し、巧みな魔法操作でエリーゼの攻撃を彼女自身に跳ね返した。エリーゼは崩れ落ち、捕縛された。残りの敵も次々と倒れていった。


戦いが終わり、皆が安堵のため息をついた時、カスピアンが突然膝をついた。


「大丈夫? 傷を治してあげる…」


彼を調べると、驚愕の事実が発覚した。彼自身が疫病に感染していたのだ。それも相当重症な状態で。


「なぜ黙っていたの? こんなに酷くなるまで…」


私は涙を堪えながら回復魔法を施した。


「ブラックウッド家の者が倒れたら、皆の士気が下がる。重要なのは王国の安全だ」


「お願いだから、もう自分を犠牲にしないで…」


私の震える手から、さらに強い癒しの光が溢れ出した。命を懸けてでも彼を救いたい。そう思う気持ちに、魔法が応えてくれた。


「アメリア…実は最初、君との婚約は戦略的なものだった」


彼が弱々しく語り始めた。


「だが、実際に会って、変わった君を知るにつれ…戦略では説明できない感情が芽生えた」


私の胸が熱くなった。


「私も…最初は婚約破棄されるのが怖くて必死だった。でも今は違う。あなたのことを…」


言葉にしづらい感情が込み上げてきた。


「好きになってしまったの」


彼の紅の瞳が柔らかく光った。静かに手を伸ばし、私の頬に触れる。


「婚約破棄どころか、君を手放すつもりはない」


私たちは抱き合った。淡い緑色の癒しの光が二人を包み込み、周囲の人々は感動の表情で見守っていた。これが本当の物語の結末なのだと思った。




一ヶ月後、王宮で式典が開かれた。魔法疫病の危機を救ったとして、私とカスピアンが表彰される場だった。


「アメリア・エバーハート、前例のない回復魔法で王国を救った功績により、王立回復魔法研究所の初代所長に任命する」


国王の宣言に、会場から歓声が上がった。かつては軽視されていた回復魔法が、今や王国防衛の要として認められたのだ。


式典後、カスピアンが公の場で宣言した。


「今日、私はこの場で宣言します。アメリア・エバーハートとの婚約は、もはや政略ではなく、私自身の選択であることを」


会場が沸いた。これほど感情を公に表すことは、冷徹な「紅の公爵」としては異例のことだった。


「彼女の知恵と勇気、そして優しさは、ブラックウッド家にとって、そして私にとって、かけがえのない宝となりました」


頬が熱くなった。こんな公の場での愛の告白など、想像もしていなかった。


式典の後、セシリア夫人が私を呼び出した。彼女の手には美しく輝く宝石のついた首飾りがあった。


「これはブラックウッド家に代々伝わる宝。防御と回復の力を持ち、家族にしか与えられないものよ」


彼女が私の首に飾りを掛けた時、温かい光が身体を包み込んだ。


「正式に家族として認めるわ、アメリア」


感謝の言葉もままならず、私は彼女を抱きしめた。これが家族の温もりか。前世も現世も、こんな風に受け入れられたことはなかった。


翌日、拡張されたブラックウッド邸の温室で、私とカスピアンは二人きりの時間を過ごしていた。


「回復魔法研究所の計画はどう進んでいる?」


彼が尋ねる。


「順調よ。王国中から才能ある魔法使いを集めているわ。でも、まだまだ課題は山積みね」


「君なら大丈夫だ」


彼の信頼の言葉に、勇気をもらえる。


「エリーゼが語ったことによると、他にもスパイがいる可能性があるわ」


カスピアンは頷いた。


「国境では異常な魔法現象が報告されている。ヴェスペリア帝国は諦めていない」


「私たちも諦めないわ」


彼の手を取ると、彼もしっかりと握り返してきた。


「私の守護の力と、君の癒しの力。二人なら乗り越えられる」


その時、マーカスが温室に入ってきた。彼は完全に回復し、以前より強くなっていた。


「おめでとう、二人とも。正式に婚約が認められたそうじゃないか」


「ありがとう、マーカス」


彼は微笑んでくれた。私のことを大切に思ってくれていたのに、別の人を選んだ私。でも彼は理解してくれた。


「カスピアン、彼女を大切にしろよ。彼女は特別な人間だ」


「分かっている」


二人は固く握手を交わした。


その晩、私は自分の部屋で物思いにふけっていた。ゲームでのアメリアの結末を思い出す。婚約破棄、追放、そして孤独な最期。あんな運命とは、なんと違う道を歩むことになったのだろう。


「考え事?」


気づくとカスピアンが部屋に入ってきていた。彼の手には美しい花があった。


「これは?」


「真の癒し手にしか咲かないと言われる花だ。母が大切に育てていたものだが、君にあげたいと」


その青い花は、淡い光を発していた。まるで私の回復魔法の光のように。


「結婚式の準備が進んでいる。その後は、二人で王国を守っていこう」


彼の言葉に頷いた。私は前世で誰かの役に立てたことはあっただろうか。過労死するまで働いた末に、何が残っただろう。


だが今は違う。この世界で、私は本当に必要とされている。愛され、認められ、そして王国を守るという使命まで与えられた。


「転生は私に破滅ではなく、本当の幸せをもたらしてくれたのね」


花が強く輝いた。まるで私の言葉に応えるように。カスピアンが私の手を取り、二人で花の光に照らされながら、未来について語り合った。


幸せの形は人それぞれ。私の場合は、悪役令嬢として転生し、運命を変え、本当の愛を見つけること。そして自分の力で多くの人を救うこと。それが私の幸せの形なのだと、この瞬間、心から感じていた。


「これからどんな困難が待ち受けていても、一緒に乗り越えていきましょう」


カスピアンの紅の瞳が優しく微笑んだ。

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