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10『海水浴』

「大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫」


 自販機で買ったスポーツドリンクのキャップを開け、勢いよく喉に流し込んでいく。乾ききった喉に水分が染み、五〇〇ミリペットボトルが一瞬で空になった。屋上で三度寝を働いた私は、太陽が照りつける中で三時間ほど眠っていた。自分でもよく寝れたものだと感心する。目覚めたときには、屋上のコンクリートは遥かに高い熱を持っていた。


  風呂に入った体は汗ばみ、身体中の水分が枯れたようだった。それでも熱中症にならなかったのだから、不幸中の幸いと言えるだろう。しこたま寝た私の体はすっかり眠気を失っている。男性が来るまでの数時間、私はどうにかして時間を消費しなければならない。


  私は空になったペットボトルをベッド横のゴミ箱に放り投げ、棚からトランプを取り出した。携帯ゲームに疎い私ができるのは、アナログ的なカードゲームしかない。こういうとき、ゲームを人並みにやっておくべきだったと後悔する。かつての私には友達がたくさんいて、家で一人ゲームをする習慣はなかった。それよりもカフェ巡りをする方が数倍楽しく、時間は溶けるように消えていった。しかし、それらは友達がいたからできたこと。いなくなった今、私は一人ゲームに耽るしかない。


「春夏ちゃん、トランプしよ」


「いいですよ。でも私、ババ抜きしか知らなくて……」


「それさえ知ってれば大丈夫! 二人だとつまんないし、他にも呼んでくるね」


 トランプを少女に渡すと、私は真っ直ぐナースステーションへと向かった。そこでは昨日と同じように、退屈そうにお喋りをする二人がいた。椅子に座ってくるくると回る川澄は「はぁ」と大きなため息を吐いている。奇病担当はハズレ枠なんじゃないかと、私は彼らを見ながら思った。


「川澄さん! 千葉さんも。よかったらトランプしません? 春夏ちゃんとするんだけど、二人だとつまんなくて」


「お! いいね」


 くるくる回っていた川澄は私の提案に二つ返事で頷いた。年上の千葉は個室の方を窺うように見た後で、微笑を湛えながら首を縦に振った。私たちは空きベッドの側にあった椅子を持ち寄り、ベッド上の少女を挟むように座った。私は昨日と同じように透明なケースからカードを出し、シャッフルをしてから配布する。揃っているカードを備え付けのテーブルに捨てると、ゲームは自然な流れで開始した。最初のジャンケンに勝ったのは千葉で、彼から時計回りでカードを引いていく。


「揃ったら好きなもの言っていかない?」


 普通に行うトランプは飽きてしまった。趣向を凝らして、男性が来るまで飽きないようにしなければならない。


「いいですね。じゃあ次、空ちゃんです」


 私は少女によって広げられたカードを一枚引き抜き、手札を見る。抜き取ったハートの四が手札の中に存在し、私は机上に捨てながらこう言った。


「黄色が好きです!」


「空ちゃん黄色似合いそう!」


 川澄のテンションは近所のお兄さんのようで、距離が一気に縮まったように感じた。


「私も揃いました。私はピンクが好きです」


 そう言って笑った少女はお淑やかな印象を与える。パステルピンクというよりは、桜のような淡いピンクが似合いそうだ。偶然にも私の持つコサッシュは優しいピンクで、少女にあげたら喜ぶかもしれない。お古で申し訳ないが、後で渡してみよう。


「揃った。んー、俺は暗めの色が好きかな。紺とか、黒とか」


「無難ですね」


 川澄はつまらないとでも言いたげな目を千葉に向けた。千葉の容姿であれば、明るい色も似合うだろう。それこそ黄色やオレンジのような暖色系がピッタリだ。しかしこればっかりは好みの問題で、誰が強要するものでもない。千葉は扇型に広げたカードを川澄に向け、川澄はその中の一枚を勢いよく引いた。


「揃ったぁぁ! 俺は白です! 純粋無垢な白が好きです!」


「お前こそつまらないじゃん」


「先輩よりは面白いですよ!」


 二人の会話はどれだけ聞いても飽きやしない。無邪気な少年を想起させる川澄と、それを見守る兄のような千葉。本物の兄弟のように、二人の間には溝と呼べるものがない。赤の他人であってもこれほどまでに親しくなれる。その成功例を見たような気がした。私たちはそれからもババ抜きを続け、揃う度に好きなものを披露していった。


  貝殻が好きな少女。サッカー観戦が好きな千葉。彼女のことが大好きな川澄。人が語る好きには力が篭っており、瞳の中に映る光がキラキラと輝く。光が爆ぜ、花火のように聞く人を魅了する。私は他人の熱弁する姿が好きだった。没頭できるほど好きなんて、それこそ人生と呼ぶに相応しい。私には没頭できるほど好きなものがあるのだろうか。


「こんにちは。トランプしてるんですか?」


 背後で聞き慣れた声がして、私は勢いよく振り返った。病室の入り口には、薄オレンジのTシャツを着た男性が立っている。その体の表側には、いつもと同じように黒いショルダーバッグがかかっている。


「樹雨くん!」


 私は手に持っていたカードを机の上に置き、右手を大きく左右に振った。男性はそんな私に応えるように、体の前で小さく手を振った。嫌な顔を一切見せない男性は、私よりも遥かに大人だった。


「海波さん! 今日もご苦労様です」


 千葉は立ち上がり、男性の元へと歩いていく。途中だったババ抜きは、お開きの合図もなく自然と終了した。私はケースにしまわれたトランプを棚の中に戻しながら、年が近いであろう三人を眺めた。奇病が存在しなければ、職種の違う彼らが出会うことはなかったのだろう。奇病の役割は、出会わなかった人々を繋げることかもしれない。


 私自身、奇病に罹らなければ出会えなかった人がたくさんいる。少女や男性、それこそ看護師である千葉や川澄、そして山田。後付けすぎるかもしれないが、存在意義を問うならそれしかないだろう。他にもあるのだとしたら、私はまだその境地に達していないのかもしれない。四日目では掴めない何かを、五日目で手にする可能性は大いにある。


「空ちゃん、今日はどこに行こっか」


 そう言う男性の傍に看護師の姿はない。私は「そうだなぁ」と考えるフリをしながら、僅かに期待していた自分に嫌気がさした。男性が私の言葉を覚えているはずがない。「海に行かない?」なんて提案してくれるわけがない。目の前の男性は、昨日の男性とは違う。全くの別人だ。だから私も、今日の私に生まれ変わらなければならない。前日の感情を引きずってはいけない。


「海行きたい!」


 水着も、麦わら帽子も、ビーチパラソルもないけれど、全身で潮風を浴びたい。海水に足をつけ、あわよくば泳ぎたい。全身に透過加工が施されていようとも、私は夏の象徴である海に行きたかった。


「了解! 近くの海で大丈夫?」


「うん!」


 私は少しだけ大袈裟に頷いて、畳んであったエコバッグを開いた。キャラクターがあちこちにプリントされたそのエコバックは、姉が旅行の際に買ってきてくれたお土産だった。棚から取り出した着替えをエコバッグの中にしまい、財布と電源の切られた携帯を突っ込んだ。その流れで髪を手櫛で梳き、ゴムで一纏めにしていく。出かける準備をする私とは反対に、少女はベッド上でその作業を眺めていた。


「樹雨くん、春夏ちゃんも一緒にいい?」


 黒いゴムをパチンと鳴らせば、あっという間にポニーテールの完成だ。


「もちろん。春夏ちゃんってのはあの子?」


「そう。二日目だって」


 私たちにしか理解できない日数の申告。命の消費期限は一瞬のうちに迫ってくる。


「春夏ちゃん! 準備して!」


 半ば強引に少女の手を引くと、少女は戸惑いながら立ち上がった。


「でも、私はお邪魔なんじゃ……」


「そんなことないよ。海は大人数の方が楽しいじゃん!」


 トランプと一緒だよ、と付け足すと、少女は控えめにこくんと頷いた。少女は棚の上にあった大きなリュックを手に取ると、ベッドの上でそのチャックを開けた。中には着替えのみがぎっしりと詰められており、娯楽の道具はひとつたりとも入ってはいない。衣服のみを持って地元から出てきた少女は、私よりも独りぼっちだった。


「あの………着替えます」


 俯いたままそう言った少女は、束ねられていたライトブルーのカーテンに手をかけた。


「着替えはこれに入れてね!」


 キャラクターもののエコバックをリュックの横に置き、私は自分のベッドに戻った。


「そういえば、海ってここから結構遠いよね」


「そうだね………一時間半ぐらいかな」


「遠いなぁ。その辺の川にする?」


「塩水じゃないよ?」


「それは嫌かも」


 砂浜と塩水は夏の必須アイテムだ。どれも外すことはできない。一時間半のドライブは私にとって得しかない。昨日もしたけれど、毎日でもいいと思うほどその行為が好きだった。タイヤが地面を進む音が、エンジンの回る音が、どれだけ聞いても耳に気持ちいいのだ。


「お待たせしました」


 シャッと閉めたカーテンを開いた少女は、右手に例のエコバッグを手にしている。服装は半袖シャツからワンピースへと変わり、パステルブルーが髪の黒によく映えていた。膝丈の裾から伸びる細い脚は、私と同じく半透明。はっきりとした色を保っているのは、可愛らしいワンピースと頭部。そして服で見えない腹と胸。当たり前だとしても思ってしまう。私のいない未来を少女は生きていくという事実を。


「出かける前に採血しようね〜」


 川澄と千葉は、一つの回診車を引いて再びやってきた。慣れてしまった私とは反対に、少女は恐怖から逃げるようにぎゅっときつく目を瞑っている。少女を担当する千葉は、それに構わず腕を消毒し、針をプスッと肌に刺した。透明になってしまった腕であっても採血の腕は変わらないらしい。健常者よりも血管は見にくいだろうに、細い針は的確に目標を刺し当てる。それは川澄も、今日はいない山田も同じだ。失敗することも、手間取ることもない。


「はい、お疲れさま」


 千葉は小さな絆創膏を貼りながら少女に言った。きつく瞑っていた目を開いた少女は、お礼を言う代わりに軽く会釈をした。


「空ちゃんもお待たせ!」


 元気の塊のような川澄の声は、その声を聞いた者にパワーを与える。彼のような人がどんなときも傍にいることで、私たちは明るい気持ちになれる。今日も頑張るぞと、やる気が湧いてくる。彼にはぜひ長生きをしてほしいと、年下ながら願ってしまう。


「じゃあ行こうか」


 男性の声に、私は「おー」と声を上げた。少女は控えめに「はい」と言った後で、口角を僅かに上げた。細められた瞳に光が宿り、生き生きとした印象を与える。歩き始めた男性の後を、私たちは手を繋ぎながら追いかける。歩くたびに揺れるエコバッグは僅かに重く、目の前に広がる海を心待ちにしていた。






 後部座席の窓が全開になればいいと、私は心の中で一人思った。そうすれば吹き込む風が顔全体で受けれるのに……。半分ほどしか開かない窓は、開閉ボタンを何度押しても動く気配を見せない。勢いよく吹く風は私の頭部だけを掠め、反対側の窓から逃げ去っていく。


「それ以上開かないよ、空ちゃん」


 ハンドルを握る男性は、カチカチと音を鳴らす私に優しく言った。その声はこれ以上やったら壊れるかも、という不安を僅かながらに含んでいる。


「後ろの窓ってどうして全部開かないの?」


 私はコンビニで買ったおにぎりを頬張りながら、前方の運転席に体を近づけた。そうして男性の顔を斜め後ろから眺め、純粋な疑問を投げかけた。装着していたシートベルトは限界まで引き出され、私の肩に食い込もうとしている。男性の目線は前方を向いているけれど、僅かに意識がこちらに傾いていた。


「事故防止のためだよ」


「ふーん、じゃあ我慢する」


「そうしてくれると助かる」


 明るい声が私のすぐそこで聞こえた。事故を防ぐためなら、私がどうこう言うことはできない。事故なんて起こらないに越したことないのだから。


「空ちゃん、ちゃんと座った方がいいですよ」


 少女に宥められるように、私は大人しく座っていることにする。


「そういえば、春夏ちゃんって何で敬語なの?」


「何でって、私の方が年下ですし」


「たった一歳じゃん。それに同級生でしょ?」


「え?」


「ん?」


 学年は一つ下なのだろうか。たとえそうであったとしても、私は別に気にしたりしない。逆に敬語だと壁を感じてしまう。


「空ちゃんって高校二年生なんですか?」


「そうだよ」


「私、てっきり二十歳だとばっかり」


「年齢言わなかったっけ?」


 私は記憶を辿るように腕を組み、首を傾げてみせた。確かに、名前しか言わなかったような気がする。私が一方的に千葉たちの会話を盗み聞きし、少女の年齢を知っていたにすぎない。


「エヘ。言い忘れてた」


「言い忘れないでください」


 少女が浮かべた笑顔に、ビルが反射させた陽光が当たる。幸せいっぱいの笑顔に癒された私は、愛しさを隠すことなく少女に抱きついた。少女は遠慮がちに私の肩を押したが、私の想いがいかばかりか上回っていたようだ。少女はイヒヒと小さな笑い声を上げ、優しく抱きしめ返してくれた。


「敬語じゃなくてもいいんだよね?」


「うん!」


 鼻が触れそうになるほどの距離にあった少女の顔は、嬉しそうに笑顔を湛えている。私は新しい友達ができたときのような、そんな新鮮な心境だった。


「もうすぐ着くよ」


 その言葉に、私たちは揃って前方を眺めた。車が坂道を上っていくにつれて、目の前の防波堤が下へと下がっていく。するとその上から、水面をこれでもかと輝かせた海面が現れる。


「わぁぁ! 海だ!」


 去年友達と海水浴に来て以来、目の前の景色を見る機会はなかった。実に一年ぶりの海である。私は海面に釘付けになり、目を離すことができなくなった。僅かに見えた砂浜は、水着を身に纏った人々でごった返している。ところどころにビーチパラソルが立てられ、差し色のように周辺を彩っている。今が夏だったことにこれほど感謝した日は他にないだろう。仮に今が冬だったとしたら、海水浴の醍醐味である水着を拝むことも、ビーチパラソルを眺めることも叶わなかった。


 海から吹きつける潮風に肩を震わせ、寒い寒いと言いながらくしゃみをするしかない。それも悪くはないけれど、どうせだったら泳いでおきたい。人生の最後に海に入れないなんて、私は絶対に嫌だった。


「駐車場いっぱいだなぁ。第四駐車場に止めるしかなさそうだね」


「夏だし、仕方ないよね。みんなで歩こ!」


 男性の運転する車は、警備員の案内に従い第四駐車場へと向かった。海からだいぶ離れてしまったけれど、三人で仲良く歩いて行くのも一興だ。生き急いだって仕方がない。停車した車のドアを開けると、強い日差しが容赦なく照り付けた。日陰になっている車内の方がいくらかマシに感じる。


「あっついね……」


 男性は薄オレンジ色のTシャツの首元をパタパタと前後させ、服の中に風を送り込んでいた。風のある走行中とは違い、地上は驚くほど無風だった。上昇し続ける周囲の温度を下げるものはどこにもなく、犬のように口を開けているしかない。エコバッグを握った手には汗が滲み、それを持ち手が容赦なく吸い込んでいく。帰ったら洗わなければと思いながら、私たちは陽炎の揺らめく歩道を歩いて行った。


 暫く行くと、コンクリート敷きの地面に砂が見えるようになった。風に飛ばされた砂浜の砂は、周辺の道路に疎らに着地している。それを見た私は二人を置いて駆け出した。額に浮かんだ汗は、足を着地させるたびに下へと滑り落ちていく。白いTシャツの脇には汗が滲み、熱を帯びた空気が呼吸とともに体外へと吐き出される。目の前に広がるのは綺麗な海。空と同じ青を湛え、どこまでも広がっている。


 遠くに見える水平線は丸みを帯び、地球が丸いことを見る者全員に示している。宇宙から見た地球は、これよりも遥かに綺麗なのだろうか。本当に地球は青く、美しいのだろうか。宇宙飛行士でも、富豪でもない私がその景色を見ることは出来ないけれど、一度は見てみたいと思ってしまう。この世の何よりも綺麗であろうと、そう想像するだけで胸が躍る。


「樹雨くん! 春奈ちゃん! 海だよ、海! 早く来てー」


 大声で叫ぶ私を、二人は笑顔で見守っていた。歩くのが遅いのか、私が早すぎたのか。二人の姿は驚くほど遠くにある。そんなにゆっくり歩いていたら、あっという間に日が暮れてしまう。私は走って来た道を戻り、二人の手をぎゅっと握った。


「海だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私は先程よりも大きな声で叫び、二人の手を引きながら駆け出した。最初こそ戸惑っていた二人も、走り出してしまえば私よりも早かった。毎年のように訪れる青春の一ページが、今年も早々に埋まりそうだった。防波堤につけられた階段を下り、私たちの地面はコンクリートから砂に変わった。


 柔らかい砂の地面は少しだけ歩きにくく、足を前に出すたびに靴の中に砂が入る、くるぶしソックスの隙間にも同様に砂が付着し、まるでミサンガのように砂が足首を飾っていく。周辺にはビーチパラソルだけではなく、レジャーシートも敷かれている。白や赤のシートが砂浜とのコントラストを生み、見渡すだけで笑顔が零れてしまった。


「行っておいで」


 男性は本当の親のように、優しい声音でそう言った。顔を見合わせた私たちはどちらからともなく頷き、靴を脱いでから再び駆け出した。手に持っていたエコバッグをその辺に放り投げ、押し寄せる波の中に躊躇なく足を踏み入れる。程よい冷たさが心地よく、全身を一気に冷やしていくようだった。バシャバシャと大げさにその場で足踏みをすると、跳ねあがった水が少女のワンピースに柄を付ける。濃い水色は夏を語る上で外せないキーアイテムで、それ故に何度も足踏みをしてしまう。少女もやり返さんとばかりに足踏みをし、緑の短パンに水飛沫が吸い込まれていく。半透明な足は海水で濡れ、頬を伝う水は微かに塩味がした。


「海最高!」


「うん! 久々に触った」


「北海道では海水浴しないの?」


「するけど、私の家からは遠くてなかなか」


 少女はしゃがみ、両手で海水を掬った。無色透明なその水は手中でゆらゆらと揺蕩っている。大量の海は青く見えるのに、掬ってしまうとその色を簡単に失う。海の色は、どんな原理で青く輝いているのだろう。そして、これほどまでの水量はどのようにして誕生したのだろう。世界中の人が水に困らないのは、地球の大半を占める水のおかげだ。


「えい!」


 パシャッと顔にかかった水を手で拭うと、イタズラっぽく笑う少女がいた。少女は私が文句を言う前に、もう一度水を掬って宙に放る。私の身体能力が低いのか、それとも少女のコントロールがいいからなのか、空中で広がった水は真っ直ぐ私の顔に着地する。顔と髪から滴る海水は生温く、汗とともに元の場所へと戻っていく。


「やったな~!」


 私も少女と同じように水を掬い、目の前にあった顔にかける。私たち二人の顔はびしょ濡れになり、笑いすぎて尻もちをついた。乾いていた短パンは一瞬で濡れ、パステルブルーのワンピースは下半分が海に浸かっている。じわじわと生地を上っていく濃い水色は、少女の腹辺りでその動きを止めた。

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