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7完歩 老馬と天才

立石可奈、大学四年生、馬術部所属。アイドル以上と評される容姿を無駄に持て余し、青春ほとばしる大学生活はウマ・馬・UMA!

誰よりも馬を愛し、馬に愛される可奈。だけど、どうしても上手く乗れない。それって馬術部にとっては致命的?

一生懸命でアツ苦しくて、だけど未熟な学生たちが送る青春乗馬ライフ!



 【プロローグ】

 ――鳩が豆鉄砲をくらったような。

 立石可奈は、その何とも言えない西宮響の表情を見て思う。

 そして、何度も見ても飽きそうにないなと心の声がつぶやく。


 また見たいな。そんな願いを込めて、鳩豆と呼ぶことに決めた。

 翌朝の練習、オールドマンには聡馬君が跨った。

 馬場に向かう前、聡馬君から説明があったけれど、相変わらず言葉が少ない。でも瀬戸君から話を聞いていたから、少ない言葉に込められた意味をしっかり理解できた。

 聡馬君は自由に歩かせている間に手際よく鐙の長さを調整した。鐙につま先をかけると、いきなり手綱を短く持つ。かなり強めのファーストコンタクト。それでもオールドマンは苦しそうな素振りなど見せることなく、リズミカルに大きな一歩を踏み出していく。常歩を早々に切り上げ、速歩に入る。手綱は短く持ったままだ。外から見ていても、前と上の両方向に強いエネルギーが発せられていることがわかる。鐙につま先がかけられてから、ここまでわずか三分ほど。私が昨日何度もチャレンジし、目指した段階まで瞬く間に達する。背中に爆弾を抱えた老馬が天才の手によって動きを変えていく様を、私や瀬戸君だけでなく馬場にいる全員が注視する。

「凄っげ……」

 イチ君がつぶやく。切磋琢磨し、聡馬君の凄さなどすでに理解しきっているかと思っていたけれど。

 そのまま駆歩に移行する。まるで顎を引いたボクサーが相手をにらみつけるような闘志滲むオールドマンの瞳。高く上がった両前肢で地面を叩きつけるようにかき込む。駆歩のまま手前を変える。踏歩変換。新たに繰り出された右手前で小さく輪乗り。スピードはゆっくりだけど、その姿はゴムまりの様で解放さえすればどこまでも走りだしそうなエネルギーを内包していることがわかる。

 駆歩を終え、手綱を短く持ったまま、聡馬君は私の前へオールドマンを誘導する。馬も人も、汗が粒となって吹き出している。わずか十分ほどしか運動していない人馬とは思えない。

「可奈、交代。手綱は最初から短く。速歩と駆足を中心に十分間」

「はい」と返事し跨ろうとすると、「鐙の長さ調整してから」と制される。確かにその方が良さそうだ。

 瀬戸君の補助を受け、オールドマンに跨る。昨日騎乗した馬とは全く別物で、股の下から燃え盛る炎が突き上げてくる。エネルギーが物質として存在するかのように。

 速歩。エネルギーの調整が自由自在。バランスと脚による指示で、前へ上へとゴムまりが跳ねる。

 駆歩。一歩一歩、こんなにも長く宙に浮いていることが出来るのかと驚く。

 私の手ごたえとは裏腹に燃え盛った炎はわずかな時間で沈下した。十分間と言われたけれど、三分間ともたなかった。私の下には慣れ浸しんだオールドマンがいた。

「ごめん。終わろう」

 変化を見定めたのか、聡馬君から突然の終了指示。

 彼の見立てでは十分間燃え盛ることが出来ると踏んでいたのだろう。だけどわずか三分間。これが私の実力。イチ君や響ちゃん、瀬戸君ならば見立ての通り十分間燃え続けただろう。でも私は幸せ者だ。今後、私が何年馬術を続けても体感できるかわからない境地を三分間も。こんな幸せを独り占めしてごめんなさい。

「可奈、下馬しよう。瀬戸、悪いけど鞍を外して引馬してくれるか。馬着着せて」

 気温は低くなかったけれど、大量にかいた汗がオールドマンの筋肉を冷やさないように指示。そしてオールドマンのエネルギーを瀬戸君に分け与えることなどせず、二人だけが独占するという宣言。非情な指示と宣言を受けてなお、瀬戸君の目は光り輝いたように見えた。


 翌日も同じようにオールドマンに跨る聡馬君。昨日、目の当たりにできなった部員たちは、今日は絶対に見逃さないと言わんばかり。約十分間のエンターテインメントショー。昨日ゼミの課題が終わらなくて朝練習をお休みした響ちゃんは空いた口がふさがらない。みんな聡馬君の天才っぷりは嫌というほど知っているけれど、オールドマンの変化を目の当たりにすると、自分の見地では彼の事をはかり切れていなかったと打ちのめされてしまう。昨日よりもエネルギーを増したオールドマンがそこにいた。

 

 この日は四分間。次の日は五分間。聡馬君から乗り替わって炎が消えるまでの時間が日々増えていく。国体予選成年女子競技を三日後に控えた日、私は八分間もの幸せな時間を味わった。

 日を追うごとにエネルギーが増し、動きが向上するオールドマン。同時に背中の状態が悪化していく。マッサージしようと背中に触れた際のリアクションが大きくなる。夕方、背中に触れた聡馬君が「限界か」とつぶやいた。


 その日の夜、瀬戸君からメールが届いた。『夜分にすいません。今から会えませんか』

 もしこのメールが十日前に届いていたら、『おいおい、愛の告白か?』とおどけて返信していたと思う。でも今はそんな冗談が浮かぶことなく、どんな話なのか予想できた。近くのファミレスを待ち合わせ場所に指定し、現地に向かうとちょうど同じタイミングで瀬戸君も到着する。メニューを渡し「何か食べる? もちろん私の奢り」と伝えたけれど、さっきまでご飯食べてたので、とウーロン茶を注文する。私だって夜ご飯はすでに食べたけれど、ポテトとパフェは我慢できない。

「で、どうしたの? ってオールドマンと聡馬君の話に決まってるよね」

「はい。実はさっきまで聡馬先輩と焼肉食べてまして」

 マジっ?! 聡馬君が部員とご飯に行くなんて何年振りだ? 前回だって酔った佐々木先輩が無理やり連れてきただけで、この三年半で二回目だよ。聡馬君の生活をずっとチェックしているわけではないけれど、多分、二回目。

「聡馬先輩、ずっと頭下げて謝ってくるんですよ。やめてくださいって言っても、ずっと。『それはもう新手のパワハラです』ってつい言っちゃいました」

 その場の瀬戸君の気まずさを想像すると、少しゲッソリする。

「そのこと以外話さないから超気まずくて。でもガンガン高いお肉注文して、どんどん焼いて、食え食えって。デザートまで。おかげで腹いっぱいっす」

「そりゃウーロン茶だけになるね」

「それにここ数日、いいモノ食べすぎて胸やけ気味です」

「昨日も行ったの?」

「いえいえ、聡馬先輩とは今日だけです。それにしても聡馬先輩って部員が集まった時にはあんなにしっかり話すのに、二人になったら世間話とか全然ないし。不器用すぎますよね」

「まさに聡馬君って感じ」

「そうなんすよ! ずるいっす。かっこよすぎますよ。僕みたいな後輩に頭下げて。確かにオールドマンは少しの間運動できないくらい背中痛めちゃいましけど、可奈先輩の練習に使ってくださいって言いだしたのは僕だし。一日目みたいな練習続けてても可奈先輩の為にならないってのは感じてたし。それにオールドマンのあんな姿見られて夢のような数日間でしたよ」

「うん。そうだね」……やばい。後輩に涙を見せるわけにはいかない。

「で、それを言いたくてメールくれたの?」

 冷たい言い方になっちゃったかな。聡馬君みたいに言葉少なくなっちゃった。涙堪えてるから。ごめん。

「あ、そうですよね。すいません。本当だったら可奈先輩に伝えるべきではないと思ったんですけど。一人では抱えきれないっていう思いと、可奈先輩に頑張ってくださいって言いたかったのと、あとなんて言うか……」

「どした?」

「聡馬先輩がかっこよすぎて……。テンション上がって時間も考えずメールしてしまいました。すいません!」

 君は少し聡馬君っぽい所あるよ。冷静に全体を見渡しているところとかね。今の暑苦しさはイチ君のようだけど。

「謝らないでよ。聞けて良かった。それに私も瀬戸君に言っておきたいことあったし……」

「ちょっと待ってください! 可奈先輩こそ謝らないでくださいよ? もう、『ごめん』はお腹いっぱいなんすよ。何度も言いますけど僕は少しでも役に立てて嬉しいんですよ」

 謝らせてもくれない、か。聡馬君に先越されちゃったな。

「じゃ、代わりに何か私にできる事はある? なんかお願いとか。また一緒に写真撮る?」

「うーん……。では、もう一度お腹見せていただけますでしょうか」

「バカ」

 笑いで終わらせてくれてありがとう。君は強くて優しいね。絶対主将になりなよ。憧れの聡馬君を越える主将になれると思うよ。


 ***


 金曜日。本番まであと二日。

「今日はシラナミで本番を想定したコースまわるよ」

「うん」

「俺が試合出るときと同じ状態に持っていくから」

 昨日、聡馬君はシラナミに跨って体調を確認した。『自分の試合と同じように』と言うのはシラナミの調子の良さを表す言葉でもあるし、最大出力のエネルギーを発揮できる状態で乗り替わるぞって意味も含まれていると思う。

 シラナミと聡馬君のペアは一年間見続けてきたけれど、オールドマンから得た感覚を元に改めて見ると結構ヤバそうだ。シラナミの全身からエネルギーがほとばしる。それどころかこのコンビは北日前よりもパワーアップしているように見える。それはおそらくシラナミのパワーアップではなくて、聡馬君のレベル向上だと思う。オールドマンは新入生だけでなく、こんな天才をも引き上げる事が出来るのかと今更ながら感心する。感心だなんて、二十年以上も我が校を支えてきた名馬に失礼だね。ごめんオールドマン。

 シラナミの準備運動が終わり、聡馬君が何度か障害を飛んだあと、私の目の前に誘導した。

「気を付けて」

 跨った瞬間、意味を理解した。いや、否が応でも思い知らされたって感覚。

「こわい」

 獣のような刺々しいエネルギーを感じ、つい本音がこぼれる。

「それはコイツとオールドマンのテンションが違うだけ。エネルギーの方向は一緒だから」

 まだ乗馬になってからの年数が短く、荒削りのシラナミを彼が本気で仕上げたらこうなるのか。この状態をいとも簡単に操る聡馬君はとんでもないし、本気の彼から乗り替わって恐怖感を抱かせなかったオールドマンもとんでもないんだな。


 私はこの日、初めて百二十センチの障害を飛越した。


ウマって魅力的!競馬だけじゃなくて乗馬の世界も面白い!そして、大学馬術部って青春だ!

――――――――――

次がたのしみ!と少しでも思っていただけたらブックマークと評価(☆☆☆☆☆を★★★★★へ)お願いいたします。

1件のブックマークでやる気出る単純な人間です。

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