6完歩 腹の色は
立石可奈、大学四年生、馬術部所属。アイドル以上と評される容姿を無駄に持て余し、青春ほとばしる大学生活はウマ・馬・UMA!
誰よりも馬を愛し、馬に愛される可奈。だけど、どうしても上手く乗れない。それって馬術部にとっては致命的?
一生懸命でアツ苦しくて、だけど未熟な学生たちが送る青春乗馬ライフ!
【プロローグ】
――鳩が豆鉄砲をくらったような。
立石可奈は、その何とも言えない西宮響の表情を見て思う。
そして、何度も見ても飽きそうにないなと心の声がつぶやく。
また見たいな。そんな願いを込めて、鳩豆と呼ぶことに決めた。
国体予選へのエントリーが決まった翌日から、オールドマンの背に跨って練習が始まった。背中の状態はいいですよって瀬戸君が言っていたけれど、オールドマンが痛みに耐えながら下級生を乗せる姿や、瀬戸君も含めて世代を越える担当者の人たちが必死にケアをしている姿を見てきているからどうしても気になってしまう。
「僕からは何も言う事はありませんので、好きなように乗ってください。可奈先輩の思うように」
瀬戸君からの騎乗指示。彼は佐々木先輩の言葉なんて知る術はないはずだけど、なんだか同じようなことを言われた。
まずは自由に常歩。オールドマンの気持ちに任せて自由に歩かせる。肢の運びがいい。瀬戸君の言う通り、背中の状態が良くて気持ち良く歩いているように感じる。次は少しだけ手綱を短くもち、ハミを通してオールドマンの口とコンタクトをとる。私は両足でオールドマンのお腹を挟み込んで脚での指示を与える。少しづつでいいからね、前へ前へ肢を進めてね。口からのコンタクトと、脚による指示を受けたオールドマンに少しだけ運動モードスイッチが入ったみたい。その歩幅は少しづつ、そして確実に大きくなっていく。座骨から伝わる人のバランスにどこまで反応するかを確かめるように左右への旋回を組み込む。内側の手綱を引かないと反応しなかったオールドマンは、次第に意図を理解したのか、背中から伝わるバランスに気を配るようになった。右へ左へ小さな円を描くように輪乗りを入れては長い直線で前進気勢を促す。上級者のようにはいかないけれど、馬との意思疎通がはかれている実感がわく。常歩ひとつとってもこれだけの情報が頭の中に飛び込んでくるのは、きっと北日へ出場する選手たちの練習を見続けたからだ。みんなはありがたい事に私の助言に耳を傾けてくれて、さらに実行に移してくれた。私が跨っていたわけではないけれど、みんながそれぞれの担当馬で試行錯誤を繰り返した経験は、少しづつ私の中にも蓄積されていたようだ。
常歩を終えた後は手綱を長く持ち、最低限のコンタクトで速歩へ進む。速歩は背中の上下反動が大きいから、私はなるべく不用意な刺激を与えないように、何も跨っていないと思わせるフワッとした乗り方を心がける。オールドマンは頭を低く下げ、首を長く使いながら速歩を続ける。これは全身を大きく使った運動になっていると思う。背中に対して良いストレッチになっているはずだ。少しづつ手綱を短く持つ。口へのコンタクトを強くしていくのと比例するように、脚を強く使う。肢の運び、背から伝わる反動にあわせてリズムよく。低く長く伸ばしていたオールドマンの首が少しづつ上へとあがってくる。あわせて大きく伸ばしていた背中にエネルギーが溜まっていく感覚が座骨を通して伝わる。ラチの外に設置された鏡を確認すると、運動がレベルアップするにつれ真っすぐに伸びていた馬体は弓のような隆起を見せ始めた。馬の運動は前へ向かうエネルギーを、人とのコンタクトで上へ向かうエネルギーに変換してくことが重要で、そして難しい。
響ちゃんはこの変換を陸上競技に例える。走り幅跳びの選手がより長い距離を飛ぶ為に全速力で踏切へ向かうエネルギーを、高跳びのエネルギーに変えていく。高跳びの選手はより高く飛べるように飛び跳ねるような助走を行う。前へのエネルギーを上へ変換することで運動のクオリティが上がり、より高いレベルの人馬になるという考え方だ。上へとエネルギーを発せられる状態に持っていった後で、また前へのエネルギーを馬へ求める。障害を一つ飛ぶにしても、高さが大切な障害もあれば、幅を越えていく障害もあるからだ。前方向と上方向へのエネルギー、このバランスをとりながら運動することがとてつもなく難しい。やっぱり、やっぱり、上手くいかない。
上へのエネルギーを発し始めたと感じ、自分の重心も少し後ろへずらしていく。手綱のコンタクトが強くなる分、より優しいタッチが必要になる。重心、コンタクト、エネルギー、そして馬により強い動きを求める脚。全て同時に、そして質の高さが求められるけど、上手くいかない。オールドマンが苦しがり、我慢できずに口のコンタクトを嫌がる。弓のように隆起していた馬体は一瞬でほどけ、エネルギーは霧消する。馬体は力なく伸びきって、バラバラな運動になってしまった。エネルギーの行き場を失った背中は、衝撃を無防備に受けてしまう。自分の技術の至らなさで、オールドマンに不用意な負担を与えてしまった。ごめん。ごめんね、オールドマン。
手綱を長く持ち直し、常歩へ戻る。肢の運びやバランスを再確認しながらリスタート。さっきより短い時間だけど、各ステップを注意深く進めていく。手綱を短く持った速歩に進む。どうしても上手くいかない。苦しむオールドマン。手綱を伸ばし、またリスタート。
幾度か試みたけれど、同じ段階で同じ結果が待ち受けた。最後に手綱を伸ばした駆歩を少しだけ組み込んだ後、瀬戸君へ練習終了の旨を告げた。
「もう終わりでいいんですか?」
瀬戸君の問いに、うんありがとう、と頷く。
「では息が整うまで少し常歩お願いします」瀬戸君の指示を聞き、ラチ沿いを三周ゆっくりと歩かせる。では、終わりましょうと瀬戸君。オールドマンと瀬戸君と一緒に馬場を後にした。
他の馬が洗い場を使っていたから、時間つぶしにお散歩へ連れていく。瀬戸君は僕が行きますよと言ってくれたけど、私に行かせてと伝え歩き出す。オールドマンはおじいちゃんだけど、他のどの馬よりも食欲旺盛だ。青草をむしゃむしゃ食べまくる。
好みの青草があるのか、移動とむしゃむしゃを繰り返す。オールドマンの気持ちに任せ、新たな草場についていくと、厩舎の裏で聡馬君と瀬戸君が話している姿が遠目に見えた。直感的に見てはいけないと思ったけれど、気になってついつい目線が向いてしまう。私の練習について聡馬君からの指導なのかと思ったれど、何やら様子がおかしい。聡馬君が頭を下げ、瀬戸君がやめてくださいという風に胸の前で両手を振る。これはやっぱり見てはいけないやつだ。気になって仕方ないけれど、隠れて見るくらいなら直接聞いた方が良い気がする。厩舎とは逆方向に目線を向け、オールドマンを引っ張り別の草場に移動した。
洗い場にオールドマンを繋ぎ、瀬戸君と一緒に手入れをする。
「さっき聡馬君と何話してたの?」
私は出来るだけ無邪気な自分を装って質問する。見てたんですかと気まずそうな返答。
「やっぱり言いづらいよね。でも聡馬君に聞くよりも瀬戸君に聞いた方がいいかと思って」
それもそうかというような顔をした瀬戸君は交換条件を提示してきた。
「じゃ僕のお願い聞いてくれます?」
「まぁ……内容によるけど。なに?」
「写真一緒に撮ってくれませんか?」
「え? そのくらい、別にいいけど」
オールドマンを間に挟んで写真を撮った。撮影を頼まれた下級生は、何の記念ですかと不思議がっていた。
「北日の時、四年生がそれぞれの担当馬挟んで可奈先輩と一緒に写真撮ってたじゃないですか。羨ましくて」
「そんなの、言ってくれればいつでも」
学年差があるとそう簡単には言えないモノか。かわいいな。
聡馬君との会話の内容を聞き、彼の考えを理解できた気がした。
「瀬戸君、ごめんね」
「謝らないでくださいよ」
確かに。適切な言葉は謝罪ではなく感謝だったと反省。
「僕から聞いたって言わないでくださいね。多分、聡馬先輩から直接話あると思うので」
「うん、わかってるよ」
「しかし、聡馬先輩も人が悪いですよ。あの人に頭下げられたら嫌だなんて言えるはずないですよね」
「嫌だったの?」
やっぱり申し訳ない。
「いえいえ! そうじゃなくって。むしろ嬉しいですよ、役に立てて」やっぱり感謝。
「確かに聡馬君に頭下げられたら、同期でもまいっちゃうよ」
「そうですよ。新手のパワハラです」
白い歯がまぶしい。
「アハハ。パワハラか。聡馬君に言っとこう」
「ちょっと! 可奈先輩、意外と腹黒いなぁ」
「フフ……。私の腹が白いと思っていたの?」
そうですよ。本当は何色なんですか? と聞かれたから、私は薄手の上着をめくりあげ白いポロシャツを見せようとしたのだけれど、ポロシャツまで一緒にめくれてしまった。
やっちまった。はしたない。
瀬戸君は無言でブラッシングを続ける。何も見てませんと言いたげだけれど、耳が真っ赤だ。
絶対、見ただろ。
ウマって魅力的!競馬だけじゃなくて乗馬の世界も面白い!そして、大学馬術部って青春だ!
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