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5完歩 オールドマン

立石可奈、大学四年生、馬術部所属。アイドル以上と評される容姿を無駄に持て余し、青春ほとばしる大学生活はウマ・馬・UMA!

誰よりも馬を愛し、馬に愛される可奈。だけど、どうしても上手く乗れない。それって馬術部にとっては致命的?

一生懸命でアツ苦しくて、だけど未熟な学生たちが送る青春乗馬ライフ!



 【プロローグ】

 ――鳩が豆鉄砲をくらったような。

 立石可奈は、その何とも言えない西宮響の表情を見て思う。

 そして、何度も見ても飽きそうにないなと心の声がつぶやく。


 また見たいな。そんな願いを込めて、鳩豆と呼ぶことに決めた。

 アンサンブルはR学園大学という大学名を全国へ知らしめたほどの実績を残したスーパーホースだ。間違いなく部の歴史上もっとも名の通った馬で、まさに我が大学馬術部の顔と言える。ただしそれは他大学や外部の馬術関係者からすれば、だ。

 OBや現役部員に「我が校の顔と言える馬は?」と聞けばアンサンブル以上の声が上がるだろう馬、それがオールドマンだ。アンサンブルは実績面でのトップホースだけど、部員たちにとって精神面でのトップホースはオールドマンだから。

 馬齢二十八歳。競走馬としての現役を退き、R学園大学に乗馬として引き取られたのが六歳の頃だというのだから、すでに二十年以上、我が校の馬術部で飼育されていることになる。馬の二十八歳とは、人間でいえば九十歳以上とも百歳以上とも言われる。サラブレッドの最高齢は三十代後半と言われているが、アンサンブルのように早ければ十代でこの世を去る馬も多く、二十代後半まで生きれば十分高齢で、天寿を全うしたと言ってもいいと思う。だからこそオールドマンの二十八歳という馬齢は現役の乗馬としては奇跡的だ。

 オールドマンという名前は今となってはこの馬を表すのにとてもしっくりくるんだけど、驚くことに競走馬名をそのまま継続している。オールドマンが競走馬としてのデビューを迎える二歳か三歳の時点で馬主の方はそう名付けたことになる。佐々木先輩やイチ君のように、かなりぶっ飛んだ思考回路の持ち主だったんだろう。若駒の時点でオールドマンと名付けようという発想にはなりえないと思う、普通の感覚では。

 オールドマンは特徴がない馬だ。しかしそれが最大の特徴になっていてる。サラブレッドには八つの毛色が存在する。一番多く分類される毛色が鹿毛といって茶色の毛を有している。鹿毛でも顔の一部や肢に白い毛をもつ馬が多く、その白い毛を白斑という。額に星のような白斑を持つ馬もいれば、額から鼻面まで続けて白く、顔の半分以上が白い馬もいる。肢が一本だけ白い場合もあるし、二肢や三肢に白斑をもつ場合もある。四肢全てに白斑を持つ馬は四白と言われ、まるで白い靴下を履いたようでかわいらしい。白斑は個体識別に役立つほど同じ模様の馬はおらず、顔に星があって右前肢の蹄近くだけが白いという特徴を持つ馬は、数の多い鹿毛の馬でもかなり絞られてくる。つまり馬の個性とも言えるのが白斑の数や場所、大きさだ。オールドマンは身体のどこにも白斑がない。真っ茶色。いわば個性を全く持たない事が最大の特徴となっているのがオールドマンだ。

 ちなみに八種類の毛色の中で最も珍しいものが全身真っ白な白毛だ。遺伝はするみたいだけど突然変異でしか産まれないと言われているから絶対数が少ない。奇跡の毛色と言われている。意外とミーハーな響ちゃんやイチ君は珍しい毛色が大好きで、ダビスタでも青毛や栃栗毛が産まれた時はその度に歓喜の声を上げている。奇跡的に白毛が産まれた時なんて七回もハイタッチを繰り返した。私はどの毛色の馬でも可愛いと思うんだけど、一番好きな毛色は鹿毛だ。一番多い毛色だからこそ、細かな場所にそれぞれの個性が光る。小さな違いが可愛くて仕方ない。パっと見、真っ茶色のオールドマンだけど、実は白い部分がある。尾っぽの裏側に十本ほどまとまって白い毛が生えてくる部分があって、加齢による白髪なのか生まれつきかわからないけど、なんかキュンとするんだよな。


 もう二十年前から受け継がれてきた昔話、卒業生たちによって伝え聞いた話だから真偽のほどは定かではないけれど、部員達にひときわ愛されてきたオールドマンだから、真実ではないにしてもおそらく大きく逸れた話ではないと思う。

 オールドマンが六歳で競走馬を引退してR学園大学に乗馬としてやってきた頃、つまりヤングマンだった頃。大人しく従順な性格でありながら素晴らしい素質を感じさせる期待の新馬だったらしい。その後、素質を開花させたヤングマンは乗馬としての調教を受け始めてわずか三年で全日への切符を手にした。そこから五年連続で二回走行か総合馬術競技のどちらかで全日へと出場。当時のエース馬になった。しかも担当した部員は私と同じように大学から馬術を始めた乗馬歴の浅い部員達だったみたい。誰が乗っても優秀な成績を残したのだけれど、その後は一度も全日の舞台に上がることなく現在に至る。

 乗馬として中年と呼ばれるような年齢に差し掛かったオールドマン。すなわちミドルマンはある時を境に一メートル以上の障害を飛ぶことが出来なくなってしまう。原因は不明だけれど人間でいえばイップスに近いと思う。お世辞にも上級者が集まる大学とは言えない我が校だけれど、周囲の関係者やOB達の協力をもらいながら新馬を調教し競技馬に成長させて権利のかかる競技に挑むことを繰り返してきた。部員たちの汗と涙を感じられる歴史ではあるのだけれど、決まった指導者もいない中で乗馬の状態を向上させ続ける事はもちろん、現状維持を続ける事でさえ実はものすごく難しい。経験や知識や実力が伴わない部員たちが担当することが何年も続くとプツッと糸が切れたかのように馬が悪い方へ激変してしまう。我が校に在籍する乗馬は遅かれ早かれそのような状態に陥ってしまう事はこれまでの歴史が物語っている。ヤングマンのように、誰でも受け入れるほどの才覚と性格を持ち合わせた馬でも、その流れには逆らえなかったようだ。五年も全盛期が続いたとみるのか、たった五年で激変してしまったとみるのかは難しい所ではあるのだけれど、ヤングマンは少なくとも我が校に来て八年間は部員達と共に成長を続け、毎年夢を見させてくれる存在であった事は間違いない。

 ミドルマンはイップスにより高い障害は飛べなくなってしまったけれど、性格は大人しく従順で、肢元のケガにも無縁で、多くの未経験者を背に部員達を成長させる役割を勤め続ける。いわゆる練習馬といわれる役割を担っていた。我が校を代表する精神面のトップホースと評される所以はここにあって、全てと言っていい部員たちの技術向上を土台となり支えたのがミドルマンだ。未経験の若者に馬術を伝え続づける馬。馬術歴を重ねれば重ねるほどこの価値に気づくことが出来る。ミドルマンはヤングマンに負けず劣らず稀有で重要な存在だった。

 二十歳を越え、名前の通りオールドマンになった頃、性格は変わらないし肢元は丈夫で多くの部員達を成長させ続けてきたんだけれど、加齢の影響もあってか背中を痛めてしまう。肢元の故障は休息や運動量の調整で全治に向かう事が多いけれど、背中の故障は全治することは難しい。高齢となったオールドマンにとっては尚更だ。温泉成分入りの薬剤を混ぜた少し熱めのお湯を背中にかけ刺激を与えたり、出来るだけ背中を伸ばすストレッチ的な運動を取り入れたり、試行錯誤は続く。しかし老いていくだけの体は、背中の完治を許さなかったのだろう。

 私が入部したころオールドマンは二十五歳。多くの乗馬は引退しているような年齢だった。背中の負担を見ながらの数少ない運動量や騎乗する者の体重を選んでしまう状態は練習馬としての役割を果たしていると言い難い。実際に私たちが最上級生になったこの一年、競技に出場する馬たちよりも運動量は少ないし、一年生に馬術を伝える役割も果たせなくなってきている。しかし大きく優しい瞳で部員達を見つめ続けてきたオールドマンは、尊敬を含んだ愛を受け続けている。今まで積み重ねた預金に対して大きな金利が付いたかのように。


 今、オールドマンを担当しているのは一つ下の世代、三年生の瀬戸君だ。未経験で入部したけれど飲み込みが早く、一年半でオールドマンを任されるほどの実力を持っている。そして責任感ある言動から、世代交代の後には主将を務めるのでは言われている。冷静沈着で全体をしっかり見ながらも熱血漢な部分もあって、なんとなく聡馬君とイチ君を足して二で割ったような性格というか、人間性だなぁと勝手に思っている。もちろん本人には伝えないけれど。誰に似てるねと言われて喜びそうなタイプじゃないなぁと直感的に感じるからだ。いい意味で自分を持った人間だと思う。

 整った顔で男前だからとてもモテそうなんだけれど、とんでもなく個性的なファッションセンス、まぁオブラートを破り捨てて表現すると、とてもダサい私服というギャップが悪い方向へ際立っていてもったいない。もちろん本人には伝えないけれど。

 そんな瀬戸君から「オールドマンで練習してください」と突然の提案。とんでもなくありがたくて嬉しくはあるけれど……。

「最近背中はどうなの?」と聞き返す。オールドマンに騎乗するには嫌でも気にかかる。

「北日期間中はずっと運動を控えて、マッサージに費やしたら状態いいみたいです。今日少しだけ跨りましたけど、痛がるそぶりがかなりマシになってました」

「でもせっかく背中の状態がいいなら瀬戸君が乗った方がいいし、一年生にオールドマンの背中を感じさせてあげる事も重要だと思うよ」

「その通りだと思いますが、全てわかったうえで可奈先輩に乗って欲しいと思ってます。他の馬たちは北日の疲れを抜かなければいけないから、国体予選までの間にハードワークは難しいですよね」

「それはそうなんだけどさ……」

 私は感謝と困惑に挟まれて言い淀んでしまう。

「このタイミングで背中の状態が良くなっているのは可奈先輩の練習を支えたいというオールドマンの意思なんじゃないかなって。俺たち三年だけじゃなくて下級生みんな、そして馬たちも可奈先輩を応援したいんだと思います。なんかオカルトみたいな話になっちゃいましたけど、自分の気持ちは嘘じゃないっす。国体予選までの間、オールドマンで練習してください」

「ありがとう。甘えさせてもらいます」

 瀬戸君の気持ちをありがたく受け取ると、まわりで聞き耳を立てていた三年生達がワッと歓声を上げた。

ウマって魅力的!競馬だけじゃなくて乗馬の世界も面白い!そして、大学馬術部って青春だ!

――――――――――

次がたのしみ!と少しでも思っていただけたらブックマークと評価(☆☆☆☆☆を★★★★★へ)お願いいたします。

1件のブックマークでやる気出る単純な人間です。

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