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3完歩 エントリー

立石可奈、大学四年生、馬術部所属。アイドル以上と評される容姿を無駄に持て余し、青春ほとばしる大学生活はウマ・馬・UMA!

誰よりも馬を愛し、馬に愛される可奈。だけど、どうしても上手く乗れない。それって馬術部にとっては致命的?

一生懸命でアツ苦しくて、だけど未熟な学生たちが送る青春乗馬ライフ!



 【プロローグ】

 ――鳩が豆鉄砲をくらったような。

 立石可奈は、その何とも言えない西宮響の表情を見て思う。

 そして、何度も見ても飽きそうにないなと心の声がつぶやく。


 また見たいな。そんな願いを込めて、鳩豆と呼ぶことに決めた。

 夕方、疲労が色濃く残るプンテをタムと一緒に外へ連れ出した。直射日光を避けながらお散歩させる。肢は重く、ゆったりと、一歩一歩踏み出す。数メートル移動しては立ち止まり、草の揺らぎを見つめたり、群がる虫を優しく追い払ったり。体力と気力の回復にはまだまだ時間がかかるだろうなと思う。ただ瞳と動作には疲労が見て取れるけれど、表情は朝よりも穏やかになっている気がする。響ちゃんとのお散歩がとても嬉しんだろう。プンテの隣で青草を食むおチビさんは相変わらず競技馬を気取ったような、調子のよい瞳で私を見つめていた。

「おーい、スーパースターさんとヒマワリお姫様」

 少し離れた厩舎の方から、独特な抑揚で調子のよい声が聞こえた。振り返らなくてもわかる、ササキササ先輩だ。別に示し合わせたわけでも、アイコンタクトがあったわけでもないけれど、響ちゃんと私は二人同時にあえての無視。

「おいおい、無視してるんじゃないよ君たち。大好きな先輩がわざわざ顔を出してやったっていうのに」

 佐々木先輩は無視されたことがなんだか嬉しそうだ。

「わざわざって……。もう一週間くらい連続で顔を合わしてるやないですか。いつまで北海道いるんですか?」

 響ちゃんは『やれやれ』がしっかりと伝わるように表情をつくる。

「あと十日間くらいは滞在するつもりだぞ」

「げっ……」

 響ちゃんの口から心の声が漏れだす。

「げっとは何だ。一日おきに二人の家に泊まるからな」

「げげげっ……」

 私の口からは妖怪が飛び出す。

「お茶碗のお風呂に入れてください……。って誰が目玉だけのお父さんだ」

 私たち三人のお決まりのやり取りが発動する。同じ音の三文字に意味を込めて伝えると、その内容に乗っかりながらツッコむというパターンだ。私はこのノリツッコミと言われる返しがどうも上手くできなくて、その役割はいつも佐々木先輩か響ちゃんが担当している。レパートリーはげげげっの他にも十パターンを越える。

「今日は可奈の家に泊まるぞー」

「えー……」

 心からのため息が飛び出してしまった。このリアル妖怪を越える。

「別に下着を貸せなんて言わないよ。暖かいお風呂とベッド、そしてキンキンに冷えたビールと少しのおつまみ、あと明日の朝ごはんくらいがあれば……」

「つまり、もてなせって事ですね。わかりましたよ」

「可奈……散々やな。では私は早めに自宅へ帰るとしますね」

 響ちゃんが全てを私に押し付け自分の安全ルートを確保しようとする。今日のところは任せたよって事だろう。

「ん? 何言ってるんだ響くん。このあと三人でお好み焼きを食べに行こう。ソースとマヨネーズとビール…… いい酒が飲めそうだ。お祝い、お祝い!」

「えっ? 可奈の家でビール飲むって言ったやないすか」

「それは寝酒。別物、別物!」

「飲みに行った後に可奈の家でおつまみ食べるつもりなんすね。そんなんやからブクブクと……」

 バシッ! ツッコミの威力を越えた先輩のビンタが響ちゃんの肩を襲う。

「痛ったー!」

 響ちゃんのリアクションはとても大きくて、ホントだったら近くにいたプンテが驚きそうなものだけれど、優しい瞳で見つめ続けているのは響ちゃんへの信頼か、それともやっぱり疲れが大きいんだろうな。沢山休んでほしい。

 佐々木先輩は大学を去った時に比べて確かにサイズアップしている。きっと仕事や家事や、とにかく忙しい日々を酒と食で乗り越えてきたんだろうな。沢山運動してほしい。

「じゃ、手入れ終わったら連絡して。鳥丸に顔出してくる」

「はーい」

 鳥丸とは馬術部員行きつけの焼き鳥屋で、席に座ってから瓶ビールが出てくるまでのスピードは他の追随を許さない。おしぼりが遅れてやってくる徹底ぶりだ。マスターへ挨拶してくるって事だろうけど、先輩の事だから連絡があるまで店の好意に甘え続けるだろう。この一晩で三食召し上がるつもりだろうな。沢山沢山運動してほしい。


 先輩を見送って、響ちゃんと私はプンテとタムのお散歩を三十分ほど続けた。プンテのゆっくりとしたペースに合わせてあぜ道をぐるっと一周。厩舎に戻った後は綺麗に手入れをする。痛がるそぶりはないけれど、プンテは左前肢に少し熱を持っているから念のため三十分程度患部を流水で冷やす。十月には東京でもう一仕事やってもらわないといけないからな。念には念を入れて。

 手入れが終わった二頭を同居する馬房に戻し、夕飼いを与える。卑しいタムは一目散に飼い桶に顔を突っ込んでボリボリっ、見慣れた光景だ。食いしん坊につられてプンテも食べ始める。早く回復してほしいから、お残しは許しまへん。響ちゃんの関西弁がうつっちゃったかな。

 夕方作業を全て終え、響ちゃんが先輩にメールして、お疲れ様でしたー、と部室をでる。

「可奈、ちょっといい?」

 聡馬君が私を呼び止めるなんて珍しい。

「もちろん。良いよ」

 先輩との食事よりも明らかに大切な用事だろうから、履いたばかりのスニーカーを脱ぎ部室に戻る。

「じゃ、先に行ってるね」と響ちゃん。先輩のお相手、よろしくお願いいたします。

「どうしたの?」

 座布団に正座し、聡馬君に質問する。

「二週間後の国体予選にエントリーしなよ」

「えっ……?」

 予想だにしなかった提案。思考が一瞬にして停止して、言葉が続かなかった。

 北日から二週間後、国体の北海道代表を選抜する競技が開催される。その成年女子競技に出場しないかとの提案だった。聡馬君の担当するシラナミに乗って。驚きを何とか消化し終えた頭の中に残った思いは二つ。

「なんで私なの?」「なんでシラナミなの?」

 聡馬君の返答を待たず、私は矢継ぎ早に聞いた。

 私が今まで出場した競技は百十センチクラスが最高で、百二十センチクラスの成年女子なんてクリアできるわけないじゃないか。そしてシラナミは北日の総合馬術競技で全日への権利を見事獲得していたから。

「全日の総合はダルで出る事に決めた」

 私が続けた二つの質問に対して、何故シラナミなのかという疑問にまず返答した。

 聡馬君は北日の二回走行でダルタニアンと個人優勝をはたした後、ダルとシラナミの二頭で総合馬術競技に挑戦した。結果、ダルタニアンが優勝で二冠、シラナミは三位。北日はまさに彼の独壇場だった。聡馬君ほどの実力があれば当然ともいえる結果なのかもしれない。だけど、アンサンブルでも成し遂げたことのない二冠を次期エース候補と目されていたダルタニアンでいきなり達成するのだから、この人は本当に天才だ。北日では二頭で権利を獲得したからといって、一人の選手に与えられる全日の枠は一つ。だから聡馬君はダルかシラナミ、どちらで全日の総合馬術に出場するのか選ばなければならなかった。優勝したのがダルタニアンであっても、東京までの遠征や連戦の体力面配慮、本番までの練習量の確保を考えれば二回走行にダルタニアン、総合馬術競技にシラナミで出場するんだとばかり思っていた。

「そっか、ダルで出る事に決めたんだ」

「うん。だから充分な休養の時間はないけれど、シラナミにはもうひと頑張りしてもらう」

 どのような布陣で全日に挑むのかは彼が決める事だし、周囲には理解しえない彼なりの勝負勘というか感覚もあると思う。ダルタニアンで二競技に出場すると決めた以上そのことには何の不満もないし、疑問すらない。シラナミが国体予選に出場できる状態である事も理解できた。

 それよりも……私の頭の中では……。なぜ私なのかという疑問がパンパンに膨れ上がる。

「なんで私なの?」

 二度目の問い。

「聡馬君が成年男子に出てもいいし、レベルをおとして成年女子にって考えなら響ちゃんとかさ。他に適任がいると思うんだけど」

「可奈がでるから意味があるんじゃん」

 同情なのかな、思い出作りなのかな、憐みなのかな。いやいや、まったく負の感情ではなくて、むしろ聡馬君が私のこと考えてくれていたんだって事が嬉しい。もちろん挑戦してみたい。だけど同情や憐み以外に意味が見つけられなかった。それなら……。

「理由になってないよ。私よりも意味のあるエントリーがあるんじゃない?」

「んー。じゃあ主将命令」

 もちろん主将の事はたてるけどさ。それだけでハイわかりました、とはならないよ。

「だから理由になってないってばー」

「わかったよ。じゃ返答は明日でいいからさ。前向きに考えてよ」

 なにが『わかったよ』なのか、私にはさっぱりわからない。相変わらず聡馬君は言葉が少ない。イチ君と足して二で割ればちょうどいいのに。

 全部員の前では堂々と流暢に、そしてしっかりと要点をおさえて話す聡馬君。だけど、それは主将という役職が後天的に作り出した姿であって、一年生の頃から付き合いのある同期だけが集まった場や少人数で話すときの言葉数が本来の彼だ。

 このまま質問をぶつけても話が平行線になるような気がして、私は「じゃ、明日」と返答する。聡馬君は「うん。じゃ、帰るね」と立ち上がる。自分から呼び止めておいて、私を置き去りに帰ろうとする。らしさが溢れる。

「聡馬君、携帯! 忘れてるよ」

 充電器に繋がれた黒い折りたたみ携帯が無造作に置かれている。

「うん。充電中。じゃあね」と言い残し、携帯電話も残し、そのまま帰宅した。

 いやいや、家で充電すればいいじゃん。ていうか明日の朝まで携帯電話なくていいんだ。

 天才って頭のネジがぶっ飛んでないといけないという決められているのかな。私はネジを何本か拾い集めながら、響ちゃんに『今どこ?』とメールを打った。


ウマって魅力的!競馬だけじゃなくて乗馬の世界も面白い!そして、大学馬術部って青春だ!

――――――――――

次がたのしみ!と少しでも思っていただけたらブックマークと評価(☆☆☆☆☆を★★★★★へ)お願いいたします。

1件のブックマークでやる気出る単純な人間です。

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