2完歩 帰厩
立石可奈、大学四年生、馬術部所属。アイドル以上と評される容姿を無駄に持て余し、青春ほとばしる大学生活はウマ・馬・UMA!
誰よりも馬を愛し、馬に愛される可奈。だけど、どうしても上手く乗れない。それって馬術部にとっては致命的?
一生懸命でアツ苦しくて、だけど未熟な学生たちが送る青春乗馬ライフ!
【プロローグ】
――鳩が豆鉄砲をくらったような。
立石可奈は、その何とも言えない西宮響の表情を見て思う。
そして、何度も見ても飽きそうにないなと心の声がつぶやく。
また見たいな。そんな願いを込めて、鳩豆と呼ぶことに決めた。
北日本学生馬術大会の最終日。大会終了を待たずに出番を終えた馬たちの輸送が始まる。所有する小さな馬運車では一度に二頭しか輸送できないから、大会会場と大学を何往復もピストン輸送しなければならない。全部員で閉会式に参加するほどの余裕もなく、入賞を逃した部員たちを中心に帰厩の作業に大忙しだ。そんな部員たちを横目に、閉会式を特等席で見守る私。新たな歴史を刻んだ二回走行団体優勝の表彰だけは絶対に逃すことのできない。シャッターチャンス。記念品を受け取る三人の表情はどこかかたい。大喜びする余裕もないほど疲れているのかな。期待していたハッピーな一枚にはならなかったけれど、どこか哀愁を感じるような味わい深い写真が撮れた。
全ての馬たちの輸送が終わり全部員が大学の厩舎へ到着した頃、もうすでに日付が変わっていた。私はクタクタで、いち早くベッドへもぐりこみたい気持ちに襲われてしまっていた。多分、全部員が同じ思いを秘めてたと思う。だけど全ての輸送が終わるまで帰宅する人はいなかったし、居眠りすらする人もいなかった。そして主将の聡馬君の集合がかかる前から、ぞろぞろと部室に集まっていた。最後の二頭を乗せた馬運車から馬と荷物を下ろし終えた聡馬君は、形式的に「集合!」と叫んだ。すでに全部員が集まっていることは理解しつつ、この後へのきっかけが必要だったんだと思う。
「みんなお疲れ様」
聡馬君の第一声に全部員が、お疲れさまでしたと返す。
「思うようにいかなかった事、悔しい結果になった人馬もいたと思う。だけどひとまず大きな事故や怪我なく今回の大会を終えられてよかった。大会に参加した者だけでなく、厩舎居残りやバイトに出かけてくれたり……。全ての部員のおかげで目標としてた二走団体優勝を成し遂げる事が出来た。みんなめちゃくちゃ疲れてると思うけど、準備はいいかな?」
全部員が疲れを押し殺し、はいと返事をする。頬を叩き表情をつくる部員や、我慢できずに溢れてきた涙を拭う部員もいたけれど、イチ君の「舞い降りろ。最高の笑顔!」という誰にあてたか全くわからない意味不明な一言で、全部員の口角が上がった。
「じゃ、響。もってきて」
聡馬君の言葉に反応し、響ちゃんが部室の奥から額縁を持ってきた。ブチ毛が映った一枚の写真。アンサンブルの遺影だ。笑顔で手を合わせる聡馬君に続いて全部員が手を合わせた。半年前、この同じ場所で全部員がちかった約束。――前を向き、全力を尽くした結果を、笑顔で報告するんだと。
(アンサンブル、私たちやったんだよ。チカラをあわせて勝ちとったんだ。見てくれていたよね)
私は偽りない笑顔でアンサンブルへ伝え、目を開けた。各々の報告を行う部員たち。みんな良い笑顔だ。だけど一人だけ、響ちゃんだけは、涙を流し肩を震わせていた。無理もないと思う。人一倍の思いと決心を秘めこの半年を過ごしてきただろうからな。
誰からの合図があったわけではなかったけれど、一分間ほどの報告は自然と終わりを告げた。全部員の表情が変わる。オレンジから青。一つ成長したのだろう。どの顔も凛々しく美しい。
「じゃ、今日は解散にしよう。明日は朝八時集合。皆少しだけどゆっくりしよう」
主将の太っ腹な提案。「やったー」と多くの部員が喜びを表現する。
「大会期間中に遅刻した五人は朝五時から厩舎作業な」
間髪入れずに付け加えられた一言。
「マジかー。主将、あまりにも殺生ですぜ」
大会三日目に集合時間から一分遅れたイチ君が嘆く。
「当たり前やろ。罰当番よろしくー」
響ちゃんが非情の一言でとどめを刺す。
イチ君は押し入れから汚い布団を取り出す。「うわーん」とわざとらしい泣きまねを披露しながら布団にくるまった。相変わらずこの関西人コンビは絶妙なバランスで成り立ってるんだな。羨ましい。
「みんな気を付けて帰れよー」
全部員へのねぎらいとも皮肉ともとれるイチ君の言葉が〆の一言となり解散した。
牛丼食べて帰ろうって約束していたけれど、女子部室で腰を下ろしてしまったが最後、響ちゃんは眠りに落ちてしまった。大会最後のオフショット。きれいな寝顔を一枚。そして響ちゃんに肩を預けて一緒に眠りへついた。
***
翌日、イチ君をはじめとした遅刻者たちの頑張りによって、八時には作業がすべて終わっていた。全部員が集合し、点呼と簡単な連絡事項を共有した後は、大会で疲れ果てただろう馬たちのケアを行う。疲労を抜くためには休養を与える事が必要だけど、小さな馬房に閉じ込めておくだけでは筋肉疲労が抜けない事もある。リフレッシュにはお散歩が一番。ポニーのタムはもちろん大会には出場してないから疲労なんて溜まっていないんだけれど、外に連れ出して同様にお散歩。とびきり小さなタムだけど、他の馬たちと同様に扱われていることが嬉しいのか、なんだか誇らしげな表情で闊歩する。競技馬を気取るおチビさんを三十分ほど引馬したのち、タムとプンテが同居する旧厩舎の馬房に連れて帰ると朝ご飯が用意されていた。タムは一目散に飼い桶に顔を突っ込みボリボリとむさぼるように食べ続ける。一方同居しているプンテは食が進まない。朝の飼い桶を回収した遅刻部員曰く、昨日の夜ご飯も残していたそうだ。同居するタムがひたすらご飯を必死にかき込む姿を見つめるプンテの瞳には疲労が色濃く残っていた。
「プンテ、しんどそうだね」
響ちゃんに声をかける。
「うん。引馬しててもなかなか歩こうとしないんだよね。少し歩を進めては立ち止まって、ボーっとして。その繰り返し」
心配そうにプンテを見つめながら答える我が校のスーパースター。
「あれだけの活躍をしたんだもん。全てを出し切ったんだ。当然だよね」
私はプンテの二回走行に想いを馳せる。最後のトリプルに向かっていったあの神々しい姿、まるでアンサンブルの気持ちが宿ったかのように光輝いた瞳。一人馬から発せられるエネルギーの限界を越えたパフォーマンスを見たような気がするんだ。
騎乗していた響ちゃんもあの二回走行には特別な何かを感じたみたい。自分が引き出せるプンテのチカラ以上のものが働いたと言っていた。私から見れば響ちゃんはとても上手で、馬のチカラを引き出すことに長けている。そしてプンテも、これまでの実績は連続障害に対しての苦手意識が邪魔をしていただけで、とてもチカラのある競技馬だったことは間違いないと思ってる。それでも、あの二回走行は。素晴らしい騎乗と、苦手意識を越える勇気が発揮された素晴らしい競技で、一言で表すなら特別なチカラが発揮された走行だと思う。アンサンブルの後押しがあったと非科学的な想像を巡らせる事ももちろん悪くはない。だけど、あの悲劇を乗り越えた響ちゃんの頑張りと、そんな響ちゃんに絶対の信頼を寄せたプンテ、一人馬が起こした奇跡だと考える方が自然と腑に落ちる。それほどこの人馬は沢山のものを乗り越えて強くなったんだ。
プンテと響ちゃんは二回走行の勢いそのままに総合馬術競技に挑戦した。百二十センチクラスの障害競技、余力審査であっけなく三反抗してしまい失権となった。本当に二回走行を越えてきた馬なのだろうか。そう思ってしまう程、障害に向かっていく気力が感じられなかった。
これまで積み重ねたプンテの実績。そして馬場馬術もそつなくこなす響ちゃん。
本来であればこのペアは、二回走行よりも総合馬術向きだと思われていた。むしろ、総合馬術の権利は順当に行けば獲得できるレベルであるという見立てだった。アンサンブルとパルプンテの二頭を響ちゃんに託した先輩たちは、アンサンブルで二走、プンテで総合の権利を期待していたと思う。まさか一年後、響ちゃんとプンテのペアが団体優勝を決める二回走行最終走者になるだなんて誰が想像しただろうか。それほどの奇跡を起こしたプンテには総合馬術競技を乗り切れるほどの体力が残っていなかったんだろうな。奇跡って何かを犠牲にしなければ起こせないモノなのかもしれない。
「今はとにかくゆっくりお休み」
甘えるような瞳で見つめてくるプンテの顔を撫でた後、同じ言葉を繰り返しながら響ちゃんの顔も撫でた。その瞳はプンテよりも甘ったるくて、キュンとした。いつも可愛くて綺麗だけど、可愛さの新記録を更新した。キュンキュンキュン。止まらない。ずるいぞ。私は抱きしめるふりをして胸を押し付けた。可愛さで勝てなくても、おっぱいだけは負けていない。はず……だぞ、響ちゃん。
ウマって魅力的!競馬だけじゃなくて乗馬の世界も面白い!そして、大学馬術部って青春だ!
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