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1完歩 北日本学生馬術大会

立石可奈、大学四年生、馬術部所属。アイドル以上と評される容姿を無駄に持て余し、青春ほとばしる大学生活はウマ・馬・UMA!

誰よりも馬を愛し、馬に愛される可奈。だけど、どうしても上手く乗れない。それって馬術部にとっては致命的?

一生懸命でアツ苦しくて、だけど未熟な学生たちが送る青春乗馬ライフ!



 【プロローグ】

 ――鳩が豆鉄砲をくらったような。

 立石可奈は、その何とも言えない西宮響の表情を見て思う。

 そして、何度も見ても飽きそうにないなと心の声がつぶやく。


 また見たいな。そんな願いを込めて、鳩豆と呼ぶことに決めた。

 二回走行競技の最終走者、全てを託すかのように体をあずけていった西宮響。

 まるでアンサンブルが天国から手を差し伸べたかのような飛越で最終のトリプルを越えたパルプンテ。

 大仕事をやってのけた人馬を、私は本馬場退場口のすぐ外で待っていた。

 人馬がゴールラインを切った。響ちゃんはすぐに手綱を緩め、何度も何度も首筋に愛撫した。プンテはその愛撫の意味を理解したかのようだ。首を低く長く伸ばし、歩様をゆったりとした速歩へ変えた。我が校の団体優勝を決定づけるゴールだった事もあって、観客席から「優雅なウイニングランね」という声が聞こえた。しかし私には、そのゆったりとした速歩が最高速度のように見えた。まるで全てを出し切った人馬が最後のエネルギーで退場口に向かっているように。

 夢にまでみた団体優勝を果たした響ちゃんに、ガッツポーズなどの派手なアクションはない。速歩のリズムに小さく腰を浮かせ、ただただ首筋への愛撫を繰り返す。人馬が退場口へ近づき、やっと表情を視認できる所まで進んできた……。鳩豆。

 退場口まであと十メートル。五メートル。全てを出し切った人馬にこんな事言えるはずないんだけれど……もう、早くしてよ! 少しでも早くあなた達に触れたくて、今すぐにでも駆け出したい気持ちが溢れて、両ひざが、震えているんだよ。

 人馬がやっと本馬場の外へ足を踏み出した。私はプンテの口元近くの手綱を左手で素早く持った。利口で従順で、そして今、世界一輝いているかわいい顔を右手で撫でまわした。何度も何度も撫でまわしたから、額に滲んだ汗は白い気泡となった。ごめん、プンテ。ヒーローの顔を不細工にしてしまった。私は手綱を脇に抱え、左手のくぼみにペットボトルから水を注ぎ、プンテの口元に近づけた。水を口に含んだ瞬間、プンテの瞳が輝いた。その輝きは達成感を携えているようだった。本当にお疲れ様、プンテ。君はとんでもない事をやり遂げたんだよ。

 響ちゃんが下馬した。私はすかさず逆サイドに周り、腹帯を緩める。プンテの手綱を下級生に託し、日陰で引馬をするようお願いし、プンテのお尻を見送った。そして、その場に残された響ちゃんと目が合った。ヘルメットをとり、滝のように流れる汗。まだ何が起こったのか理解できていないようだった。……鳩豆。

「やったね、響ちゃん」

 私はその短い言葉に全てを込めた。

「可奈……」

 汗にまみれた顔面が崩れ、大粒の涙があふれだした。

 その涙を見た瞬間、いてもたってもいられなくて、響ちゃんを抱きしめた。両手が響ちゃんの細い体を巻き込んで、背中側で組み合った。私の膝がもろく崩れた。駆け出したい気持ちで震えていると思っていた両膝は、緊張感からの解放と経験したことのない誉れにより震えていたようだ。体を預けた途端、体重を支える役割を放棄し崩れ落ちた。元々の身長差に加え、膝立ちになってしまったせいで、目の前には響ちゃんのお腹しか見えない。顔をうずめ、声を上げて泣いた。端から見れば奇妙な光景だっただろう。せっかくの綺麗な白シャツを、涙と鼻水で濡らしてしまった。響ちゃんは小さな声で「可奈」と言い、私の脇を抱え引っ張り起こした。

「私の方が抱きつきたいんやけど!」

 ごめん、ごめん。

「はい、どうぞ」

 私は両手を広げた。

 身長差なんて気にもしない様子でいきなり全体重を預けてきた。苦しいくらい強く抱きしめてくるから、私も負けじと抱きしめ返した。

「やったよ!」

「うん、やったね!」

 まるで未就学児が初めてのお遊技会でダンスを成功させたかのような稚拙な会話だった。だけど、それ以上の言葉は必要なかった。湧き上がる感情を分かちあった。

「うん、やった」「うんうん、やったんだよ」しつこいほど分かちあっていると、数名の足音が聞こえた。そしてイチ君の馬鹿でかい声。「ひびきー!」両手を広げ飛び込んできた。

 やっぱり私たちとは違い、抱きしめる力がとんでもなく強い。痛くて、苦しくて、だけど心地いい。

「ヒヤヒヤさせんなよー。心臓から……、ちゃう。口から心臓飛び出るか思たわ」

「大事なとこで間違えんな!」

 さすが関西人コンビ。こんな時まで掛け合いしてる。

 でも、すごく汗くさいよイチ君。私は嫌じゃないけど、響ちゃんに嫌われちゃうよ。

 そのうちに聡馬君や佐々木先輩、同期のみんなもやってきた。聡馬君も本当は、一緒に抱きつきたいのかなって顔してた。

「よっしゃ、みんなで万歳三唱しよか!」

 とどまるところを知らないイチ君のテンション。

「ダサいってー。恥ずかしいわ」

 名コンビ、響ちゃんの返答。

「ダサいくらいがカッコいいって言葉知らんのか?」

 聞いたことも無いよ。

「なぁ、聡馬。お前も万歳したいやろ?」

「うん」


 うん?! この日一番の驚きが駆け巡った。


 ***


 二回走行が終わっても、北日の熱狂は続く。二走団体優勝という、この上ない結果に心震えたのもつかの間、学生賞典馬場馬術競技と総合馬術競技の二競技が控えている。出場する人馬にはもう一頑張り、もう一仕事を期待してしまう。そういう私にも大切な仕事が残っている。残っているというか、本来だったら二回走行の時からその仕事に全力を注ぐべきなのだけれど、どうしても響ちゃんとプンテを間近で見ていたくて、その大仕事は分身である一眼レフと共に一年生へ託した。

 卒部の時、下級生たちから送別品が贈られる。代々受け継がれた二点の品。一つは自らと最もかかわりの深い馬が履いていた蹄鉄だ。削れて傷だらけになった使用済みの蹄鉄を、後輩たちはサンドペーパーで磨き続ける。ボロボロになったサンドペーパーのゴミが、山のように積みあがるまでになると、蹄鉄はまるでおろしたての製品に見紛うほどの手触りに変わる。新品の蹄鉄を使えばいいという気持ちはサンドペーパーの消費に比例して大きくなるのだけれど、終盤の仕上げとして極細目のサンドペーパーを手にする頃には、受け取る先輩の顔が浮かぶようになる。何でも新品を使用したり、機械のチカラに頼ったりするのはやはり野暮ってもんだ。

 仕上げに金属を光らせる研磨剤を布で塗り込むと、蹄鉄はまるで鏡面仕上げを施したように輝く。受け取る先輩からすると関わり深い馬の蹄鉄であると同時に、自分も蹄鉄を磨いた経験があるからこそ仕上がり具合で捧げた時間を想像できてしまう。だから感激もひとしおで、涙を流す人も多い。数か月後、私たちの世代も送られる側になるのだけれど、今から想像してすでに涙がスタンバイしている状態だ。恥ずかしながらそういうストーリーが込められた場面に弱い。

 もう一つの送別品は写真を引き伸ばしたパネルだ。現役の中で最も気に入った写真を卒業生が自ら選び、後輩がスタジオに持ち込み長辺六十センチのパネルにする。蹄鉄の送別品に比べると労力がかかってはいないように思えるが、三年半の中からたった一枚のお気に入りを選んでもらうのはなかなか難しい。写真の好みが人それぞれだからだ。障害を華麗に飛び越える人馬を選ぶ人もいれば、芸術性の高い馬場馬術競技を気に入る人もいる。中には馬のどアップがいいという人や、放牧中の寝転がった馬がいいという変態の域に差し掛かった選択基準を持つ人もいる。馬や部員が全く映っていない厩舎の写真に決めたという先輩もいて、周りが必死になって変更を進めたこともあった。ただそんな変わった趣味をもつ人はごくごく一部で、ほとんどの人は四年生の時の北日競技中の写真を選ぶ。

 カメラが趣味の私にとっては北日の競技中はまさに腕の魅せどころで、一人馬ごとに嗜好を想像してアングルを決めるための下見を繰り返し、場所取りをして気に入ってくれそうな競技写真を撮り続けてきた。そんな甲斐あってか、見送った先輩たちのほとんどは、私が撮影した写真を選んでくれた。今年の同期たちにもより良い写真を届けるべく下見までは下級生と共に行ったが、二回走行本番の時には最も近くから見守れる馬付きにしてもらった。響ちゃんとプンテの輝きを目の前で見届ける事が出来て、自分の選択は正しかったと思う。でもそんなわがままももう終わり。ここからの学生賞典競技と総合馬術競技はカメラマン可奈としての責務を全うするのだ。

 イチ君だけで一人盛り上がった万歳三唱が終わり、我が校に割り振られた外厩舎へ向かった。下級生たちが日陰で引馬をしている。プンテもダルもフジコも、自分たちがどれだけの事をやり遂げたか全く理解していないのかな。とても落ち着いた表情をしていた。そのかわいい顔を思う存分撫でまわしたい衝動を抑え、競技後の貴重なオフショットをカメラにおさめる。選手の三人も日陰で腰を下ろし、スポーツドリンクを飲みながら馬たちを見つめている。その優しい瞳は良い被写体だ。選手たちに気づかれないよう遠くから狙う。かなりズームの撮影で、手振れが気になるから三脚を使おう。日没間近の夕日が差し込んで良い一枚が撮れた。自画自賛。

 カメラマン可奈として一つ仕事を終えると、喉がカラカラなのに気が付いた。私もドリンクをもって選手たちの輪に加わる。「お腹すいたー」なんて何気ない会話を交わす三人。皆あっけらかんとしてるけど本当にすごい事やってのけたんだ。誇りに思うよ。

 太陽が地平線に沈み、あたりが暗くなってきた。息が整った馬たちを洗い場につなぎ、選手自ら手入れを始める。馬たちはいち早く夕ご飯を食べたいみたい。前肢で地面をかき、おねだりする。選手たちは気にするそぶり無く、撫でながら馬体を綺麗にする。また貴重なオフショットだ。私は手入れを手伝う事もなくシャッターを切る。迫力ある競技の一瞬を切り取る写真も好きだけど、こういった何気ない瞬間の写真には愛があふれ出ていいモノが撮れる。カメラマンとして心躍る瞬間だ。

「可奈、一緒に撮ろうよ」

 聡馬君が話しかけてきた。カメラで撮られることがあまり好きではない彼からの意外な一言に少し驚いたのだけれど、断る理由なんてない。一眼レフを下級生に渡し、ダルを挟んで聡馬君と私が並んだところを撮ってもらった。

「俺も!」「私も!」

 イチ君と響ちゃんからも一緒に撮ろうと誘われた。もちろん断る理由なんてない。団体優勝メンバーそれぞれと被写体になった写真を見返すと、みんな良い表情で写っている。シャッターを切った下級生はなかなかカメラセンスがあるな。自分で撮ったものではないけれど、その三枚はカメラマン可奈の宝物だ。被写体となっている間、お利口にしていた馬たちはもう我慢の限界のようで激しくご飯を求めた。選手たちは洗い場に飼い桶を持ってきて食事を与えながら、今日の大仕事をねぎらうかのように丁寧な手入れを続けた。

 翌朝から、私はせわしなく動き回った。馬場馬術のアングルを決め、総合馬術の野外走行の下見にまで繰り出した。野外走行は全長三キロを超えるから、下見だけですごい距離を行ったり来たり。馬付きをした二回走行の時よりも倍以上は歩いた。とても疲れたけれど、カメラマンとしての性なのか、本番の雄姿を想像すると心地良いから不思議だ。総合馬術競技には我が校から九人馬がエントリーしている。ここでも団体優勝を成し遂げてほしいな。頑張れみんな。


ウマって魅力的!競馬だけじゃなくて乗馬の世界も面白い!そして、大学馬術部って青春だ!


――――――――――


次がたのしみ!と少しでも思っていただけたらブックマークと評価(☆☆☆☆☆を★★★★★へ)お願いいたします。


1件のブックマークでやる気出る単純な人間です。

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