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本音 2

 去りゆく、熊さんを見ながら、松本さんが言う。

 「行ってしまいましたね」

 しかし、腕をまだ掴んで離さない吉川さんから、返事はない。

 松本さんは、顔を動かさず、吉川さんに気が付かれないように、横目で吉川さんの顔をみた。

 

 吉川さんは、俯いて、声を出さずに、泣いていた。

 松本さんは、そっとハンカチを、吉川さんに差し出した。

 吉川さんが、ハンカチを受け取って、涙を拭いた。


 松本さんが聞く。

 「急に、泣いて……。どうしたんですか? きつい言葉を投げられて、泣いちゃったんですか?」

 「違うぅぅぅ」

 「違うって? どう違うんです?」

 「ああああ、なんかぁ。ツラい。辛くないフリしてたぁんだぁ」

 「あ、あのぉ。大丈夫ですかぁ?」


 「別れたくなかった。本当は、別れたくなかった」

 「え? そうなんですか?」

 「好きだったァ。好きだったんだァ。ああああああん」

 

 松本さんは、トバッチリを受けていた。

 何の関係もない、実質今日、知り合ったばかりの女の、男女間のいざこざに巻き込まれてしまった。

 松本さんは、逃げ出したいと思った。


 それで、松本さんは、吉川さんの手を、振りほどこうとしながら言った。

 「あのぉぉ。では、そろそろ僕はこれで。またそのうち婚活アプリの相談させてください」

 しかし、吉川さんは、泣きながら、松本さんの目を見て言う。

 「行かないで。一人にしないで。お願い。さっきまで私が松本さんの相談を受けたんだから。今度は松本さんの番だと思うよ」


 松本さんは、言い返せなかった。真っ当な意見だと思ってしまった。松本さんは、吉川さんの家の中に、無理やり連れて行かれた。


 玄関を通って、リビングに案内される。

 「ソファに座って。お茶入れるよ」

 「お構いなく」

 「いや。お茶ぐらい、ガサツな私でも入れるよ」

 吉川さんは、リビングと地続きのキッチンへ行き、お茶を入れて戻ってきた。


 吉川さんがローテーブルにマグカップを置いた。

 松本さんが、マグカップの中のお茶の種類を聞いた。

 「これなんですか?」

 「フレーバー紅茶だよ」


 それから吉川さんは、喋らなくなった。

 だから黙って、松本さんは紅茶を飲んだ。

 そして言う。

 「紅茶は、数年ぶりに飲みました。なんか柑橘の匂いがしました。そういうのあるんですね?」

 「え? そうなの? いつも何を飲んでいるの?」

 「水と、コーヒーと炭酸飲料です」

 「へー。そんな人いるんだ」

 「男には多いんじゃないですかね?」

 「ふーん、そうなんだ」


 それから吉川さんが話しだした。

 「さっきはごめんね。さっきの人が、元カレだよ。最近別れたんだ」

 「そうなんですか……。喫茶店で話に出た人ですよね?」

 「そうなんだよ。フラれてさぁ。なのに、熊さんは、この家から出ていかないんだよ。私のおじさんの家なのにね」

 松本さんは身の置き場がない。もじもじしながら言う。

 「それは、なんと言っていいか……」

 「いいよ。慰めてくれなくて。掛ける言葉がないのは、知っているから。ただ私は、話したいだけなんだよ」

 

 「何で、フラれたんですか?」

 「そこ聞くんだ?」

 「すいません。気になったから」


 吉川さんが言う。

 「それより、キスしたい。もう2年もしてないんだ」

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