元夫の訪問
元夫が、山岡ちゃんの顔を見るなり言った。
「もう男ができたのかよ。子供に悪いって思わないの?」
離婚話が出てから、弁護士を通してしか話をしていなかった元夫が。山岡ちゃんの目の前にいた。
山岡ちゃんは、まじまじと元夫の姿を見た。
元夫が不機嫌に言う。
「おばけでも見たように、見るなよ」
山岡ちゃんが、呆然として言う。
「2人目の子作りを断って以来、会うのが初めてだから、驚いて」
元夫が、その当たりについて説明した。
「弁護士と、母さんに、美結に会うなって言われてたからさ。会えなかったんだ」
「まさか、2人目の子作りを断ったくらいで、離婚になるなんて思ってなかった」
「うちは、家業が家業だかな」
「弁護士同士で話が行き来していたから、私たちは、直接、何も話してなかったんだよね。あなたの奥さんに会って、その事に気がついたよ」
元夫が同意した。
「そうだな。それより、もう男がで来たの? 早すぎるだろう?」
「奥さんに聞いたの?」
「ああ、男と一緒だったって聞いたよ」
「ふーん。奥さんが、私が会いに行ったの、話しちゃんだァ」
元夫が気まずそうに言う。
「妻が悪いんじゃないんだ。俺から、桜優に聞いたんだ。最近、どうも様子が変だから。それで、聞いたら、美結が子供に会いに来たって聞いて。約束しただろう? 子供にはもう会わないって」
山岡ちゃんが暗い顔で言う。
「どうしても会いたくて……」
「子供が混乱するだろう? 二人も母親がいたら。理論派の美結なら、そのくらい頭で理解するだろう?」
――それより――
と、山岡ちゃんは思う。
「あなたは、私と結婚していた間も、桜優さんがいたの?」
動揺した顔で、元夫は言う。
「信じてもらえないかも知れないけど。美結と結婚する前に、きちんと別れたんだ。よりを戻したのは、離婚してからだよ」
「 保育園の前で桜優さんに話を聞かなかったら、私は一生、桜優さんがあなたの何だったのか、知らないで終わるところだった」
山岡ちゃんは、酷く傷ついていた。
「私のこと、子供を産ませるだけの女だって思って結婚したの?」
「違うよ。俺は、美結の事は、好きだったよ」
「信じられない」
元夫は言う。
「本当だから。今でも地味で意見のない桜優より、美結が好きだ。颯爽とスーツを着こなす美結が好きだよ。自立していて、泣き言も言わない、しっかりした美結が好きだ。やり直せるなら、やり直したい気持ちは、いつもあるんだ。でも美結が。俺を嫌だろう?」
「あなたって……、最低ね」
「なんとでも言ってくれ。俺は母親には逆らえないんだ。金を全部握られているんだからさ」
「金のために、私にひどい仕打ちをしたの? 子供が産まれる時も、あなたは病院に来なかった」
元旦那が説明した。
「美結を、母さんから守りたかったんだ。子供が産まれるくらいで、病院に行けば、母親が拗ねるだろう? 母親は僻みが酷いから、美結とは別居婚にして、俺の母親から離したくらいだ。美結は桜優と違って、俺の母親の言う事を素直に聞けないだろう? 美結が理屈で俺の母親を責めて、俺の母親は感情で美結をなじるだろう? 一緒に住んだら、目も当てられなくなると思ったんだ」
山岡ちゃんは、元夫への疑いでいっぱいだ。
「それでも、なんだか、裏切られた気持ちが強まったよ。離婚した時は、すべての落ち度が私にあるって、言われた感じだったから」
「だって、俺を拒否するからさ。2人目作りるの嫌だって、俺は拒絶されたんだ。俺は傷ついたし。うちの母親はどうしても男の子が欲しいってきかないし。もう俺にはどうしようもなかった」
山岡ちゃんが更に責めた。
「でも、桜優さんも、産めないんでしょう?」
「今、病院通っているよ。不妊治療受けているから。その内できるかも知れない。俺もバツ1だし。母親は藍里の世話は、自分にはキツくて、出来ないっていいだして。それで母親が、桜優と結婚することに、折れてくれたんだ」
山岡ちゃんは、やっぱり納得できない。
「なんだか、すごくスッキリしない」
「ともかく、これからは会いに来ないでくれ。やっと藍里も妻に懐いてきたんだ。俺たちの幸せを壊さないでくれ」
山岡ちゃんの心に火がつく。
「私の幸せは? 私はどうでもいいの?」
「だから、マンションは美結にあげただろう? これを美結に渡すのも、俺としては、最大限努力したんだ」
元夫が腕時計を見た。
「じゃぁ。俺は行く。今度勝手に子供に接触したら、弁護士を通して、申立するからな」
「こんなに早く再婚して、子供に会わせてくれなくなるなんて、酷いよ」
「悪いとは思っているんだ。でもどうしようもないんだ。美結が俺を拒否るからだよ。拒否らないで2人目を素直に作らせてくれたら、穏便に事は済んだんだ」
「私が悪者なんだね」
元夫は、答えない。
代わりに言った。
「子供の誕生日には、子供の写真を送るから。それで我慢して。今日わざわざ俺がここに来たのは、まだ美結への愛情があるだ」
「愛情? 私たちに愛なんてあったの?」
元夫が首を左右にふる。
「べつに美結を嫌いで別れたわけじゃない。仕方なかったんだ」
そして元夫は帰って行った。
山岡ちゃんは思った。
初めて元夫の、心の内を聞いたと。
聞いて、何かになるわけではないし。
元夫の心の内を、理解も出来なかった。
山岡ちゃんは思う。
――でも、別れて、1年以上して。元夫がどんな人だったのか、僅かだが知った――
山岡ちゃんは独り言を言った。
「寂しくて、辛い」
それから、部屋に溢れた、おもちゃや子供服を見た。




