子供に会う
保育園の門から少し離れて、平川くんと山岡ちゃんは、目立たぬように立っていた。
山岡ちゃんが小声で言う。
「いつも18時半ころ、お迎えなんだよ」
「時々、見に来るの?」
「うん、2週に1度位だけど」
山岡ちゃんが、小さく声を上げた。
「あっ、あの人……」
山岡ちゃんが見つめていたのは、とても地味な女の人だった。
着飾ること無く。
化粧もしていない。
つっかけサンダルに、Tシャツを着て。
髪は、1つに縛っているだけだった。
その女性が、園に入り、そして今度は子供を連れて出てきた。
「私の子供だよ。藍里っていうんだ」
寂しそうな山岡ちゃんの顔を見て、平川くんが言う。
「何で会えないの?」
「新しいママが出来たから、会わないで欲しいって言われて……」
「そんなの相手の都合だろう? ママが何で一人じゃなきゃいけないの? 何人いてもいいだろう? それに山岡ちゃんの子供だろう? 何で会っては駄目なの?」
「平川くん……。私……」
「俺には、わからないよ。何で会っては駄目なのか?」
「そうだよね? 私、会いたいよ」
平川くんの行動力は半端ない。
「俺、あの女の人に頼んでみるよ」
平川くんが、女性に駆け寄った。
そして、山岡ちゃんの子を抱いている女に声をかけた。
「あの、お願いがあって……。ちょっとだけでいいんです。お子さんの顔を、見せてもらいたくて」
見知らぬ男に声をかけられて、気の弱そうな女が怯えた。
しかし、女は、山岡ちゃんに気がつく。
そう、元夫のイマ妻の桜優さんは、気がついたのだ。
「あなたは……、山岡さんでしょう?」
山岡ちゃんが、桜優さんをまっすぐに見た。
「私のことを知っているんですか?」
桜優さんが言う。
「私は、山岡さんとうちの人が、結婚する前に付き合っていて。私とあの人が、結婚する事になって、病院で調べたら、私には子供が産めないだろうって言われて……。それでお義母様に別れさせられて。別れた後すぐ、山岡さんと結婚が決まったと聞いて。それで、あの人が結婚する相手がどんな人か、見たくて、私……」
山岡ちゃんは、初めてその事実を知った。
「そうだったんですか……」
桜優さんは謝罪を繰り返す。
「ごめんなさい。私が子供を奪ってしまったから。私が子供を産めたら、こんな事にはァ」
山岡ちゃんには、発する言葉が見つけられない。
「それはぁ……」
「でも山岡さんと離婚したから、結婚して欲しいって言われて……。藍里ちゃんを育てて欲しいって言われて……」
悲しげに桜優さんが言う。
「悪いと思っているんです。私、本当に山岡さんに悪いって」
謝って貰っても、もう遅いと、山岡ちゃんは思う。
「謝ってもらっても……。もう。後戻り出来ないし。ただ抱かせて。子供を抱かせて」
山岡ちゃんが手を差し出す。
抱きたかった、我が子が眼の前にいた。
すると。
子供が山岡ちゃんを嫌がって、桜優さんにしがみついた。
山岡ちゃんが言う。
「藍里。藍里。ママだよ」
藍里ちゃんは嫌がって。
必死で桜優さんにしがみつく。
山岡ちゃんが、子供に触れる。
すると、子供が山岡ちゃんの差し出した手を弾いた。
山岡ちゃんの表情がこわばる。
「忘れちゃったの? ママの事を忘れちゃったの?」
子供が「ブー」と言って威嚇した。
それから大泣きしてしまう。
山岡ちゃんが、両手て、自分の顔を覆った。
桜優さんが謝る。
「ごめんなさい。いつもはそんな人見知りなんかしないのに」
桜優さんの山岡さんを気遣う言葉が、いっそう山岡ちゃんを傷つける。
それを見ていた平川くんが言う。
「写真だけ、撮らせてもらおう」
顔を覆ったままの山岡ちゃんが頷く。
子供の写真を、平川くんが無言で撮った。
そして言う。
「ありがとうございます。我儘聞いてもらって。行こう、山岡ちゃん」
山岡ちゃんは動かない。
肩を震わせて、立ち尽くしている。
平川くんは、少し躊躇って、それから、山岡ちゃんの肩を抱いた。
「行こう、山岡ちゃん」
ゆっくりと山岡ちゃんは動き出した。
そして、子供から離れていく。
桜優さんも、その姿を、少しだけ見送って、子供を連れて帰って行った。




