さよなら 元カレ
熊さんは引っ越すと宣言してから、本当にすぐ引っ越し先を決めてしまった。
そして、秋晴れの、清々しい空の下、すべての熊さんの荷物が、引越屋さんの車に収まった。
熊さんが吉川邸を見て言う。
「俺たちは、意地の張り合いになってたんだな」
「そうみたい。意地の張り合いで、別れたんだね」
熊さんか聞く。
「これから吉川は、この一軒家で一人暮らしかぁ。女1人で危なくないか?」
吉川さんが言う。
「大丈夫だよ。私は強いから」
熊さんは笑う。
「そうかもしれないが。やっぱり、不用心だろう? 俺が一緒に暮らしていた方が安全だろう? やっぱり引っ越すのやめようか?」
吉川さんの心に熊さんはいない。
吉川さんが言う。
「良いから早く、新しいアパートに行きなよ」
「追い立てるなよ。俺まだ、心の整理が、出来ていないんだ」
「私はもう終わっているから。熊さんの心の整理は、熊さん1人でやりなよ。それと華ちゃん、別れるならちゃんと別れてあげて。無視して、ブッチはしないで欲しい」
熊さんがもう華ちゃんと会わないと言ってから、華ちゃんから電話やメッセージを、熊さんは無視を続けていた。
「俺は、華ちゃんに、好きだって一度も言った事ないよ。付き合っても言った事ないしさ。どうやって別れるんだよ」
「華ちゃんは、たぶん、付き合っているつもりだよ」
熊さんはツレない。
「勝手に勘違いしているだけだから、放置で良いだろう?」
吉川さんには、時々、熊さんがとっても冷酷に見える。
「勝手にって……」
熊さんが言う。
「華ちゃんと俺で、キツイ話し合いをするより、自然消滅したほうが、華ちゃんも気楽だと思うけどな」
吉川さんが言う。
「気楽って……。そう言う終わり方したら、一生心に傷が残ると思うよ」
熊さんはやっぱりそっけない。
「そうかなぁ。無視されてたら、そのうち華ちゃんも、なんだったかくらい分かるだろ?」
「そんなの、ズルいよ」
熊さんがシラッと言う。
「何にしろ、俺は華ちゃんとは、もう話をしないし、会わない。会う理由がないからさ」
熊さんは車のドアハンドルに手をかけながら言う。
「そう言えば、松本さんは今日、アプリの女に告るんじゃなかった?」
「今日なんだぁ。知らなかったよ」
「松本さんの事、何も知らないだろ? 本当に好きなの」
「知っても、どうせ付き合えないから。知ると余計好きになるし。知らない方が良いよ」
熊さんが、吉川さんの気持ちを確認する。
「吉川は松本さんとはこれからどうするの?」
吉川さんは寂しげに言う。
「無関係に生きるだけだよ」
熊さんは、諦めが悪かった。
「じゃ、やぱっり俺とやり直そうよ。俺、もう浮気もしないし。旅行も連れて行くし。吉川だけ大事にする。結婚もしよう。叔父さんの家を出て、家も買おう。何だったら、木の写真を撮るのもやめるよ。今から吉川の実家に、結婚の挨拶に行ってもいいよ」
吉川さんは、何度言ったかわからないセリフを再び言った。
「私たち、終わったんだよ」
熊さんが吉川さんを口説く。
「俺は、吉川に好きだって言っただろう? 付き合おうって言っただろう?」
「確かに、言ってたね」
「俺は、吉川は本気だったんだ」
「今更、本気だったとか言われても……」
熊さんがしょげた。
「俺たち、やっぱり、ダメなのか」
しょげた熊さんの顔に、吉川さんはほだされそうになる。
「もう、好きには戻れないと思う。ごめん。元気でね」
熊さんが言う。
「俺、吉川に、完璧に振られたんだな」
「最初に振ったの、熊さんだよ」
「確かにな。俺、過去の自分が憎いよ。吉川が好きなのに、吉川に相手にされないから、怒ってしまったんだ。30歳を超えた大人のする事じゃなかったな。まるで中学生みたいだった。じゃぁ、行く。またそのうち」
吉川がニヤッて笑う。
「またなんて、ないよ」
「いや、そんな事はないだろう。こんなに近くに住んでいるんだから」
吉川さんが、熊さんに引導を渡した。
「でも、偶然会うには、遠いでしょう? だからもう終わりだよ」
熊さんは、懲りない男だ。
熊さんがニヤッて笑って言う。
「そう言うなよ。気が変わるかもしれないだろう?」
吉川さんが言う。
「気なんか変わらないよ」
熊さんが車に乗り込んだ。
熊さんがクラクションを鳴らす。
そして、熊さんの車は、発車する。
熊さんの車は、発車して、すぐ左折した。
熊さんは、行ってしまった。




