旅館に泊まってみた
結局その日は、旅館に着くまで、二人は無言で不穏だった。
旅館の部屋に入って、たまらず吉川さんが言う。
「まだ不貞腐れているの?」
「そう言うわけじゃぁ」
「もう、いいじゃん。機嫌直してよ」
松本さんは、不満を言う。
「だって、僕たちは、この旅行で終わりなんでしょう?」
「だって、それ以外あるの? もうすぐ、アプリの女の子に告白もするんでしょう?」
「するよ」
「だったら、松本さんが女の子と上手く行けば、私たちは終わりだよね? だって私は、松本さんの、婚活アプリの相談に乗っていただけだから」
また松本さんが無言になってしまう。
吉川さんは、いきなり、どうでも良くなってしまった。
「だったらぁ。もういいや、面倒くさくなってきた。私は温泉に入ってくるよ」
「僕も行きます」
二人は大浴場に向かう。
そして、女湯と男湯に別れて入る。
大浴場の入り口前で、吉川さんが聞く。
「お風呂出るのは、50分後くらいでいい?」
松本さんが言う。
「なんかぁ、良いなぁ。こう言うの」
「へ、何が?」
「何がって、吉川さんは、この良さが分からないんですか?」
「ごめん、分からなかった」
松本さんが、ため息をつく。
「もう、本当に吉川さんは……。50分後でいいですよ」
松本さんは、男湯の入り口に消えて行く。
50分後に吉川さんが、大浴場から出ると、すでに松本さんは、入り口付近にいた。
そして、大浴場入口に備えられた販売機で、ジュースを買って、ベンチに座って飲んでいた。
そのとなりに、吉川さんが座った。
吉川さんが、松本さんにより掛かる。
松本さんが吉川さんを見た。
「どうしたの?」
「のぼせたみたい」
寄りかかった吉川さんの浴衣の合わせから、吉川さんの白い肌が赤く染まっているのが、松本さんの目に入ってきた。
「顔とかぁ、真っ赤だけど。大丈夫?」
「うーん。多分。ねぇ、そのジュース、頂戴」
それで松本さんが、自分の飲んでいたペットボトルを、吉川さんに渡す。
吉川さんが、ジュースを3口飲んで、松本さんに返した。
吉川さんが言う。
「ありがとう、旅行に連れてきてくれて」
松本さんが言う。
「いいんだよ」
吉川さんが、松本さんの腕に顔を擦り寄せた。
松本さんは、吉川さんから返されたジュースの残りを、一気に飲み干した。




