僕が君を旅行に誘う
吉川さんは、1周間ぶりに、山岡ちゃんの家から、自分の家に戻った。
そして夕飯を作ったり、洗濯物をしたりしていた。
すると、呼び鈴の音がした。
モニターで確認したら、松本さんだった。
玄関を開けるっと、酷く不機嫌な松本さんがいた。
「今まで何処にいたんです?」
あまりに不機嫌さに、流石の吉川さんもおののいた。
「何処って? 山岡ちゃんの家だよ」
「ああ……。山岡さん、何かあったんですか? お子さんとか?」
「何もないよ。あったのは私の方だよ」
松本さんの不機嫌は収まって、今度は心配して聞く。
「吉川さんに、何があったんです?」
情けなさそうな顔で、吉川さんは答えた。
「熊さんが華ちゃんと、2週間も旅行に行ちゃってさ」
「それで、なんで、吉川さんが、山岡さんの家に1週間も泊まったんですか?」
「それより、なんで私が、1週間、この家を留守にした事をぉ、知っているの?」
松本さんが謝罪した。
「……すいません。毎日ここを通るんで……。それで……。明かりもつかないし……。呼び鈴押しても出てこないし……。この間あんな事があったし。熊さんからは連絡ないし。でも僕から熊さんには聞き辛いも……。しかしてまた何かって……」
吉川さんは納得した。
「ああ……。なるほどね。心配してくれていたんだ」
松本さんがオロオロしながら頷く。
「はぁ、まぁ、そうです……」
吉川さんは、遠い目で言う。
「熊さんと華ちゃんの旅行の話を聞いて、嫌な気持ちになったんだよ。なんせ私と熊さんは、付き合っている間、1度しか旅行へ行った事ないの。そかも1泊旅行だよ」
「その時は、何処に行ったんです?」
「確かぁ。千葉かなぁ」
「千葉で何したんです?」
「木を見に行ったんだと思う。園芸家の偉い先生がいて、話を聞きに行くって言われてさ。熊さんは、木の話を聞いて、木を見て、木の写真ばっか撮ってさ。それ以来私は、熊さんの旅行には、ついていかなくなったんだ」
吉川さんは、一層悲しげな表情になる。
「それなのに。華ちゃんとは、そんなの抜きで北海道旅行だってさ。2週間も行くんだよ。それ聞いて、やっぱり私は熊さんにとって、その程度の女だったんだって思って、つらくなったんだよ」
松本さんが提案した。
「じゃ、僕と旅行にいきましょう?」
いきなりの提案に吉川さんは動揺する。
「え? 旅行? 何処に? 私は平日しか連休取れないよ。次の連休は……、8,9,10だわ」
松本さんは即断した。
「じゃ、それで」
「え? いきなり? 何で私と行くの? もしかして、下心あり? 私もう松本さんとはエッチしないよ」
「それでいいですよ。下心がないと言えば嘘くさいですよね。でもただ、僕は吉川さんを楽しくさせてあげたいだけなんです」
吉川さんは、楽しくさせてあげたいと言われて、乗り気になった。
吉川さんは、真面目な松本さんが言うのだから、本当なのだと思った。
これが熊さんなら話し半分だけれども思った。
熊さんはちょいちょい、平気で嘘をつく。
吉川さんが携帯のカレンダーを見て言う。
「そうなんだ。でも8、9、10は全部平日だよ」
「有給をとりますよ」
「え? そんなすぐ有給取れるの?」
すごくいい会社じゃないかと、吉川さんは思う。
「うちの会社は、そう言う会社なんです」
憧れの眼差しで吉川さんが言う。
「いい会社だね。そんな会社が世の中にあるんだ」
「あるんです。でも、まぁあ、それくらいしか良いところないんですけどね。給料が安いし」
「え? アプリ内では、なんとか平均だったよね?」
「まぁ、そうなんですけどぉ」
松本さんの脳内には、婚活アプリで吉川さんのフォロバしている男たちが浮かんだ。年収も学歴も、松本さんを遥かに超えている。
松本さんは、気を取り直して、吉川さんに提案した。
「近場の温泉でも行きますか? 伊豆とか、箱根とか。湯河原とか」
松本さんが、神奈川・静岡方面の有名所の、温泉の名前を上げた。
吉川さんの目がキラキラ光る。
「温泉かぁ。久しぶりだな……。山岡ちゃんが妊娠する前に、山岡ちゃんと1度行ったきりだよ」
「行きましょう。僕が旅館とかホテルとります。行きたい場所の希望はありますか? 連絡を取り合うのに、ライン教えてください」
吉川さんは即答した。
「いやだ」




