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バラとひなぎく  作者: 田仲絵筆
ローズ
9/37

ヤドリギの王女

 ざわめきの中心にいるのは、お年を召した貴婦人とまだ幼い少女のふたり連れだった。少女の方は杖をついていて、片足を引きずるように歩いている。


 ひどくゆっくりとこちらに歩いてくるふたりが誰なのか、私はもう知っていたので、貴賓に対する礼をとった。セドリック様も同様にしている。

 ジルも空気を読んだように、慌てて帽子を脱いで頭を下げている。


「今年も綺麗に咲いたわね。毎年この季節、ここに来るのが楽しみなの。今年はこうやって孫を連れて来ることができたのよ。ずっと一緒に来たかったから、嬉しいわ」

「来ていただいて、ありがとうございます。王太后陛下」


 年配の婦人は、現国王陛下の母であるエレナ様だ。

 彼女が何故庭師の格好をしている私に声を掛けるのかというと、この植物園で顔馴染みだからだ。


 私が幼い頃からたまに来て、草花を誉めて帰ってゆく。

 身なりも質素だったし、御付きの人をぞろぞろ連れている訳でもなかったので、初めて言葉を交わした頃はエレナ様がそんな立場の方だというのも知らなかった。


 エレナ様が皇太后であることを知ってからも、気さくに話をして帰ってゆくので、私達の間柄は、単なる庭師と来客という関係からそう大きく変わることはなかった。


「セドリックも、お久しぶり。すっかり立派になって。伯父様に似てきたわね。貴方がガードナーのお嬢さんと知り合いだとは、知らなかったわ」

「ご健勝で何よりです、陛下。伯父より、いつも話を聞いております。ガードナー兄妹とは、私の学友として、何くれと無く力になって頂いている間柄なのです」


「そうだったの。自然を愛でる者同士、気が合うのかしら。ここの散策林も素晴らしいけれど、ランバート領の森の紅葉も、それは見事ですものね。また楓が美しく色づく季節にお邪魔したいと、お父様に言っておいてちょうだい」

「ええ、是非。父も喜ぶと思います」

 セドリック様とも普通に知り合いのようだった。さすが王族の覚えがめでたい一族だ。


 今日の出席者で彼女を知らない貴族はいないだろうが、エレナ様が「孫のセシリアよ」と連れていた少女を紹介すると、少しだけ驚いたような空気が、周りから伝わってきた。


 セドリック様は特に驚いた様子もなく挨拶しているので、見当はついていたようだ。私も彼に倣って少女に挨拶をする。

 セシリア様……。なけなしの知識を総動員する。確か、この国の第二王女だったはずだ。

 

「はじめまして。本日はおまねき、どうもありがとうございます。うつくしく手入れされた花ばなを見て、心が洗われるようですわ。今日は俗世をわすれて、楽しませていただいております」

 セシリア様は若干緊張した面持ちではあるものの、綺麗に礼をとって見せた。その姿は私などよりよほど場慣れしている。十にも満たない少女が。


言祝ことほいでくださる?」

 私に向かってにこやかな笑みから無茶振りを発したのは、エレナ様だ。いきなり何を言うのか、この人は。

 あまりに急な話に私が固まっているのにも構わず続けられる。


「せっかくこうしてお会いできたのですもの。何か、この子に、言葉をかけてやってくれないかしら。できれば、何か貴女が身につけているものと共に」

 ひそかにこちらの様子を窺っていたギャラリーからも息を呑む気配が伝わってきた。

 王族への言祝ぎなんて、一介の庭師に与えるにしては、過剰な栄誉だと思っているのだろう。私がここの管理者の娘だなんて知らない人も多いだろうし。


 私の戸惑いもギャラリーのざわめきも感じ取っているだろうに、エレナ様は引く気配がない。にこにこしているけど、有無を言わせない圧力を感じる。流石国王の生母だ。

 でも私も空気を読まないことには定評がある。断ろうと開いた口は、続くエレナ様の言葉に何も言えなくなってしまった。


「どんなに育ち難い植物でもしっかりと根付かせ、枯れかけている植物でもたちまちのうちに生き返らせてしまう魔法の指を持った貴女の言葉をもらえるなら、どれほど心強いでしょう。この子にとっても、この国にとっても」


 明らかに私を買い被っている言葉だが、そこに切実な願いを感じ取ってしまった。

 少々強引に思える言葉も、ひとりの少女を案ずるあまり発せられた言葉だとしたら、応えなければと思う。


「殿下、お言葉ですが——」

 セドリック様が口を開きかけた。彼は私が人前で発言するのが苦手なのを知っているので、助け舟を出してくれようとしているのだろう。そのことに感謝しつつ、そっとそれを押し留める。

 大丈夫か、と気遣わしげな目線に、軽く頷き返した。


「……身につけているものと言っても、髪をまとめるリボンぐらいしかありませんが」

 それでいい、と夫人がおっしゃる。今日のために新しくおろしたもので良かった。まさか汗や泥を拭く手巾を渡すわけにもいかないし。


 少々お待ちください、と言い置いて、私は後ろに控えていたジルにあるものを採ってきてもらえないかとお願いをした。

 本当は自分で採りたかったけど、ギャラリーも増えてきているのに、ワンピース姿で梯子はしごに昇るのもためらわれる。


 ジルはひとつ頷くと、目的の樹に梯子もかけずにするすると登り、あっという間にお願いしたものを持ってきてくれた。

 ありがとう、とお礼を言って、ジルからその植物を受け取ると、形を整えるように、伸ばしていく。


「これはヤドリギと言います」

 興味深そうに覗き込むエレナ様とセシリア様にいちおう説明する。

「ヤドリギ」

 よくモチーフに使われる枝なので夫人の方は心得た顔をしていたが、セシリア様は知らなそうだったので、彼女に向けて話した。


「そう。あそこの枝の間に、鳥の巣のように丸まっているものが見えますか? あれがヤドリギです。自生することができないので、あのように、大きな樹の枝に根を張って育つ植物です」

 私は先ほどの樹を指し示す。枝に緑のかたまりがいくつかあるのが見える。


 セシリア様は少し暗い顔をする。

「……そうなの。まっすぐに立つこともできないなんて、まるで」

 まるで、自分のようだ、と言いたかったのだろうか。

 でもその続きをセシリア様は言わなかった。ギャラリーに囲まれている中で、王族がそれを言うわけにはいかないと思ったのだろう。

 そんなものを持ってくるなんて、と私に怒ることもしない。賢い少女だと思う。


 私は眼を細めて手元の枝を見た。まだかろうじて花が終わっていなくて良かった。少し不思議な曲がり方をした細い枝に、小さな黄色い花と青々とした葉が美しい配置で付いている。

 寄生植物と言われるヤドリギが人びとに愛されるのは、ちゃんと理由がある。


「だからと言って、一方的に養分を奪うだけというわけではないんですよ。ヤドリギが根づいた樹はよく育つ、と言われているくらいです。冬に付ける実は鳥たちの貴重な食糧になり、葉には薬効もあります。一年を通して常緑であり続けるため、『幸運の樹』とも呼ばれています」

「……幸運?」


 意外な言葉を聞いたように聞き返すセシリア様に頷くと、私は髪に手をやってするりとリボンを引き抜いた。

 解けた髪が春風にあおられてまとわりついてくる。若干見苦しいだろうけど仕方がない。


「そう。そして、厳しい冬の季節をよく耐え実を付けることから、『困難に打ち克つ樹』とも言われます」

 私は整え終わった枝にリボンを結んで小さなブーケを作った。それを捧げ持って、セシリア様と目線が合うようにひざまづいた。

 青い目が、まっすぐにこちらを見ている。


 その頃には、私も、いつだったかお母様やデイジーが噂していた、足の悪い第二王女の話を思い出していた。

 彼女は、あまり公的な場に姿を見せないという。

 まだ幼いせいもあるのだろうけど、生まれつき足の悪い彼女が、衆目に晒されるのは酷だと考える周りの大人たちも多いのだそうだ。

 特に、母である王妃殿下が嫌がっているらしい。


 だからといって、彼女をとりまく困難は、時が解決するというものではない。もしかすると、年を経るほどより苛酷なものへとなっていく性質のものかもしれない。


 それでも背筋を伸ばし、きちんと自分の役目を果たそうとする姿は美しかった。

 社交から逃げつづけて王族を称える文言なんて何ひとつ知らない私がかける言葉なんて、あまりにちっぽけで、すぐに消えて無くなるようなものなのかもしれない。

 けれど、せめてこの少女の歩く道が、いつも常緑で満ちているように願い、言葉を紡いだ。


「殿下の内から湧き出る勇気と理知と慈悲が、いつまでも枯れない泉のように、殿下と殿下に連なる方々を潤し続けますように。——この小さな枝が、やがて千の花を咲かせ、万の実りになって、降り注ぎますように。」


 セシリア様は、神妙な顔で私が捧げ持っている枝に手を伸ばした。


 枝が少女の手に渡った時、ひときわ強い風が吹いて、私とセシリア様の髪をさらった。何処からともなく運ばれてきた花びらが、光を反射しながらセシリア様の髪を飾る。


 少し戸惑ったようにこちらを見る顔に、微笑み返した。少しの迷いもない言葉が口から出る。

「祝福ですわ」


「ありがとう」

 セシリア様もヤドリギの枝を持って笑った。陽光の下で初めて見た子供らしい笑顔は、幸福をたたえているように見えた。

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