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バラとひなぎく  作者: 田仲絵筆
ローズ
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植物園の家族

 週末、私はいつものように植物園内の様子を見てまわっていた。

 すっかり秋景色になった園内は、花の終わった種も多いが、その分色とりどりの紅葉が美しい。


 王立植物園はこの国の観光名所のひとつで、広大な用地に3つの大きな温室と薬草園と広大なフラワーガーデンと、各国から集めた希少植物を集めたいくつかの庭園、散策用の広い林を有する。

 国内はもちろん、近隣の国でもこれだけ充実した植物園はそうそうないはずだ。


 この王立植物園の管理人を代々勤めてきたのが、私の生家であるガードナー男爵家なのだ。

 管理棟を兼ねる自宅は、園の敷地の片隅に建っている。


 現在の園の責任者は私の父なのだが、彼は国外の植物の研究と収集に熱心で、屋敷にいないことが多い。実質管理をしているのは20名近い父の弟子たちと私だ。


 その私も、今は王立学園に通っている学生の身なので、家から通っているとはいえ、週末しかじっくりと園を回る時間がない。

 この季節は、冬支度をしなくてはいけないし、一週間もすると、あっという間に様子が変わってしまう。

 週末は園の植物を観察する貴重な時間なのだ。

 

 遠くから王宮の時計台の鐘が聞こえてきた。いつの間にかお茶の時間だ。私はあわてて屋敷へ戻った。


(お茶の用意をしないと)

 妹のデイジーはお茶の時間が遅れるとすぐに機嫌を悪くするので、急がなくてはいけない。


 午前中、植え付けをしていた苗木の様子と留意点を確認していたところだった。ここより少し寒冷な場所に植生する希少な低木種で、この国にはほとんど自生していない。

 人の手による栽培が難しいというその植物の種をようやく手に入れて、半年かけて小鉢で苗木を育ててきた。


 その木が夏の終わりにつける丸く赤い実は滋養に富む上に美容にも効果があるため、法外な値で取引されている。人のいない海岸のような場所にしか生えていないが、海外まで探しに行く専門のプラントハンターが存在し、見つかればごっそりと刈り取られるという。

 そのため、最近はますます姿を見なくなったと言われている。


 この植物園での栽培に成功すれば、乱獲も減って、種の保護にも繋がる。実が安定して市場に流通すれば、値段も手ごろになり、助かる人もいるだろう。何とかしてこの園に根付かせたいというのが、最近の目標だった。



 

「おそーい」

 ティーセットを載せたワゴンを押して食堂に入ると、妹のデイジーが薔薇色の頬を膨らませていた。まだ12歳ながら、可愛らしくも華やかな容姿は、雛菊デイジーというよりも薔薇ローズの花のようだ。


 私と名前が逆だったら良かったのに、とは、常々こっそり思っていることだ。きっと周りもそう思っているのに違いない。


 装うことが好きなので、色とりどりのドレスを持っているところも、愛でられるために育てられた花たちを連想させた。


「もうのどがカラカラなのよ。あまり待たせないで」

 わがままなもの言いも、小さなトゲがある花を思い浮かべてしまう。


「天気が良いからコンバート子爵夫人達とピクニックに行ってきたんだけど、思ったより暑かったのよ。すっかり汗をかいてしまったわ」

 お母様も扇子でぱたぱたと顔を仰いでいた。美しく若い容姿の彼女は、とてもお兄様みたいな大きい子供がいるようには見えないとよく驚かれる。


 共に金髪に緑の眼をしたこの母娘は、よく似ている。お兄様も同じだ。私ひとりが黒髪に灰色の眼で、家族で並んでも血が繋がっていないことが一目瞭然だった。

 お父様はほとんど家にいないし。


 このふたりは性格も似ていて、社交界に向いている。イベントなどにも連れ立って出かけることが多い。貴族同士の付き合いがまったく苦にならないみたいだ。

 男爵家の血を継いでいるお父様と私がそういうものがからっきしで、貴族ではない産まれのお母様やお兄様やデイジーのほうがそつなく社交をこなせるというのも、皮肉なものだった。


 今日は秋にしては日差しが強い。季節が少し戻ったみたいだ。昼間ふたりが外出していたことを侍女に聞いていた私は、甘めのミルクティーに、スパイスとほんの少し岩塩を混ぜたものを出した。

「なんだ、アイスティーじゃないのね」

 デイジーはふてくされていたが、この季節、氷室の氷はほとんど残っていない。


 それでもお茶を飲んだふたりがひと心地ついた顔をしたので、私は満足した。汗をかいた時には塩分補給をした方が良い。そう思って塩を入れたのは正解だったようだ。


 それにしても、確かに今日は暑い。昼前に植え付けたばかりの苗木が心配だった。デリケートな種なのに。もしかして、日差しで土が乾いてしまっているのではないだろうか。


「そういえば」

 お母様が思い出したように言った。

「ローズ、貴女に半年後の宮廷舞踏会の招待状が届いていたのだけど」

 そう言ってちらりと無表情の私を見る。もうそんな季節か。

 招待状が来るのは、今回で3回目だ。最初の年にデビュタントとして王族に挨拶して以来、すっかりご無沙汰になっている。隣でデイジーが吹き出した。


「姉様が、舞踏会だなんて! 毎年のことなのに笑っちゃうわね。無理に行くことないわよ。植物にしか興味がないんだもの」

 そう言って、天使のような顔をにっこりさせた。


「行っても、名前と顔が一致する知り合いなんてひとりもいないのではなくて? やめておいた方がいいわよ、恥をかくだけだと思うわ。大体、王宮に着ていけるようなドレスだって一着も持っていないんだから」

「それはそうね、まさか土をいじっている時みたいな作業着で行くわけにもいかないし」

 想像しておかしかったのか、お母様も声を出して笑った。


「確かに、そうね」

 その通りだったので私は頷いた。元より興味はなかったので、デイジーとお母様がそう言ってくれるのなら話は早い。私の頭の中は半分ぐらい苗木のことを考えている。


「まあでも、もし行きたくなったら、いつでも言ってね。ドレスぐらい新調してあげるから。……あまりぎりぎりになってからじゃ、間に合わないわよ?」

 まったく行く気はないので問題はない。でも一応、ありがとうございますと言っておいた。

 やっぱりちゃんと根付くのを確認するまで、日よけの覆いを掛けた方が良いだろうか。


「そうなったらお母様のドレスを貸してあげたら? ちょっと袖を通しただけでほとんど着ていないドレスがたくさんあるじゃない」

「流石にデザインが年齢と合わなすぎるわよ」

「あら、姉様が普段着ている鼠みたいな色をした服に較べれば、上等すぎるくらいだわ」

 お母様とデイジーは楽しそうに笑っている。楽しそうで何よりだ。苗木にはやっぱり覆いを掛けよう。来週、あまり暑くならないようなら、外せばいい。


 そう決めてしまうと、一刻も早く作業に取りかからないといけないような気になって、私は立ち上がった。

「お先に失礼いたします」

 形ばかりの礼をして、部屋に控えていたメイド頭のホランドさんに後片付けを頼むと、食堂を出る。

「あ、姉様、クリームがなくなったわ。持ってきてくださる」

 後ろから追ってくるデイジーの声に返事をしたのはホランドさんだ。

「ローズお嬢様は用事がおありなのでしょう。私が持って参りますわ」

 ホランドさんは長年うちに仕えてくれてるだけあって、状況を見るのが早い。

「助かるわ、ありがとう」


「いいなあ、あたしも早く舞踏会に行きたいわ」

「招待状が届くのは15歳になってからなのよ。あと3年我慢しなさい、デイジー」

「遠すぎるわよ。姉様よりもあたしの方が、ずっと社交は上手なのに」

 背後でお母様とデイジーは楽しげに会話を続けている。確かに、代われるものなら代わってあげたい。さて、手の空いていそうな庭師は誰だろう。誰か捕まえて手伝ってもらおう。

 そう考えながら、私とホランドさんは食堂をあとにした。



「本当に感じの悪い母娘おやこだこと!」

 怒りの滲んだホランドさんの声でちょっと我に返った。


「ローズお嬢様がお優しいのを良いことに、使用人の真似事までさせて。自分たちは遊び歩いているっていうのに」

「お茶を淹れるのは私の趣味なのよ。ハーブの調合が好きなの」

 何度も言っている事だが、あまり聞き入れてはくれないようだ。どうやら私が産まれるずっと前からうちにいてくれるホランドさんは、お母様達のことがあまり好きではないらしい。


「貴族の集まりに顔を出してくれるのも、助かってるのよ。私もお父様も人付き合いができないから」

「お嬢様達がそうやって甘やかすから、あの人たちがつけ上がるんです!」

 私は本心を言ってるだけなのに、何故かホランドさんは怒り心頭の様子で、今にも地団駄をふまんばかりだ。そんなに怒って、頭の血管が切れたりしないだろうか。植物と違って、人間は順調に育っていても、興奮しすぎると倒れてしまう。なんて危なっかしいのだろう。


「舞踏会だって、正式な招待状をもらったお嬢様をあんなに侮辱して!」

「私、侮辱されてたの?」

 それは気がつかなかった。ホランドさんがはあーとため息を吐く。

「……お嬢様が気にならないなら、それで良いんですけれど」

「そうね。気にならないわ」


 むしろ社交は私の分まで楽しそうにやってくれるし、土いじりばかりしていても何も言われないし、私の淹れるお茶を美味しそうに飲んでくれるし、ありがたい存在だと思っている。

 私がそう言うと、ホランドさんはもうひとつため息を吐いて、諦めたような顔をした。


「本当に旦那様もお嬢様も、人が良いというか、何というか。どれだけ嫌味な態度を取られても、けろっとしてるんだから。さぞかしあの人達も、張り合いがないと思ってるでしょうよ」

 私達はべつに人が良い訳ではない。ただ自分の好きなものの他には、あまり興味が持てないだけなのだ。そういう点では、お母様達よりも私の方がよほど薄情なのだろう。


 わざわざホランドさんに伝えることでもない。だから「ごめんなさい」とひと言だけ謝った。ホランドさんは私が謝ることではないと言ってくれたが、そうじゃないのだ。


 どうしても、私はホランドさんのように、家名にも血統にも重点を置くことができない。爵位など、好きな人が継げばいいのだと思ってしまう。

 それは、ガードナーのことを誇りに思い、こよなく大切に思ってくれている人達への裏切りのようなものなのかもしれない。懺悔のような謝罪だった。

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