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童話 

かみなりさまとの約束

作者: くろたえ

お母さんが辛そうにしている。

幼稚園のお迎えも、近くのお友達のお母さんと一緒に帰る。

そんな日が続いていた。


そして、とうとう私だけお婆ちゃんちに預かってもらうって。



 優子は怒っていた。

 お母さんの身体が辛くて、お父さんもお母さんに一緒にいるって、優子だけお母さんの実家に預けられた。

 優子は突然お母さんと離れた。

お父さんは車で優子と荷物だけを置いて、家にも上がらずに帰って行った。

一緒にお泊りしてくれてもいいのに。

悲しかった。


 お母さんの育ったという家は、お隣さんは、ずっと向こう。周りは田んぼ。あと何かの畑。小さい郵便ポスト。お菓子の売っているお店は、ずっとずっと遠い。それに、お菓子も本も洗剤もたくさん置いてあるのに、優子の欲しいものは何もなかった。

友達になれそうな子もいない。

外に居るのは、遠くで田んぼのお世話をしている、知らないお爺さん。もっと遠くに小さいトラックが砂利道を走っている。


 いつまでここにいるのかしら?

優子は思った。誰も居ないから聞けなかった。


「優子ちゃーん。ブドウ食べないかーい」


 お婆ちゃんの声がする。

どうしよう。不機嫌だったけれど、何もすることがないので門からお家に向かった。

お婆ちゃんは窓を開けた外側の廊下に座って優子を待っていた。

ここのお家は、玄関があるのに窓から入る。

そして、窓辺でおやつを食べる。


「お婆ちゃん。ここは、ベランダなの?玄関なの?」


「ここは縁側えんがわというんだよ。庭のお手入れとかは、ここから出てサンダルで出られるし、ちょっとしたお客さんも、ここでくつろいでもらうんだよ」


 そうなんだ。ベランダはお家の中だけれど、「えんがわ」は家の中と外のあいだなのね。


 黒いお盆にガラスの器。大きな粒の黄緑のブドウと濃い赤のブドウ。横のおしぼりで手をふく。

黄緑を一粒もいで皮をむこうとする。


「それは、皮は食べれて種もないから、そのまま食べてごらん」


 大きな一粒をぱくりと口に入れた。皮を噛むとジュっと濃い汁が出る。


「おいしい!」


 思わず声が出た。


「そうかい。よかったね。赤い方は皮をむいて食べなね。白い方と比べて、ちょっと渋いから」


 赤いのは皮をむいている最中から汁が手を伝う。服に落ちる前に、おばあちゃんが腕をふいてくれた。

赤いのも甘い。少し最後に渋いのがあるけれど、すごくおいしい。

 白いって言っているけれど、黄緑だ。赤いっているけれど、赤紫だ。信号は青じゃなくて緑色なのに。そんな感じなのかな。


「赤いのはどうだい?」


「凄くおいしい。黄緑色のと味が違う。どっちもジュースが沢山出て凄く甘い」


「そうかい。良かったね。優ちゃんに美味しいって言ってもらえて、お婆ちゃんも嬉しいよ。もう少ししたら強い雨が降りそうだから、近くに居なさいね」


「雨が降るの?」


 空は真っ青で雲はない。


「たぶんね。空気が少し湿り気があるの」


「ふーん」


 分からない。大人だから分かるのかな?天気予報で言っていたのかな?


 赤いブドウは全部食べて、黄緑のブドウはポケットに入れて散歩に出ることにした。

ブドウは非常食。

 門を出て歩くと、すぐに田んぼになる。ずっと田んぼ。

砂利道を歩いていく。どこに行くとも決めていない。ずっと田んぼだし。

 

 吹く風が少しぬるく感じた。

草の青々しい匂いが強い。

 

 ポツ。   ポツ。ポツ。

大きな水玉が落ちてくる。空はどんどん暗くなっていった。大きな雲が覆いかぶさってくるみたい。

ポツポツから、ザーーーーーっとした大雨になるのは一瞬だった。

バタバタと雨が身体に当たる。

重い雨粒にとんとんとんとん体中を叩かれているようだ。


 帰ろう。急いで帰ろう。

目の上で手を覆い雨除けを作って周りを見るも、大雨の中は白い水が上からも下からも降ってくるようだ。

 こんな雨は初めてだ。台風なのかな。凄い雨で道が分からない。

ときおり吹く風に身体を押されながら、なんとか家に帰ろうとした。


 ゴロゴロゴロ……

 遠くでカミナリが鳴っている。


 ゴロゴロゴロ…… ピカッ!

 どこかでフラッシュのようにカミナリが光った。

 ドーーーン!

 カミナリの落ちた音だ!

怖い。早く家に。どっちから来たんだっけ?

どうしよう。


 迷っていると、突然の風に横に押されて足を滑らした。

あっと、思ったら転んで、田んぼの泥水の中。もう、体中がずぶ濡れだったけれど、泥んこではなかったのに。

起き上がったけれど立ち上がりたくなかった。

 

もう、泣いちゃおう。泣いたって、涙は見えないし。


お母さんはいないし。

お父さんもいないし。

好きなお菓子もないし。

マンガもないし。

ゲームもないし。

友達もいないし。

雨はバチバチ当たるし。

カミナリは鳴るし、光るし。

カミナリなんて、家の中でしか見たことがなかった。

外でなんて、こんなにずぶ濡れでカミナリなんか見たくなかった。


うわあーーーうん。

あああーーうん。

ふうぁあああん。


 たくさん嫌な事がありすぎて泣くことにした。

大声で泣いた。


 ゴロゴロは近くになって来た。

どうしよう。

私はクロ焦げになっちうのかな。

怖い。


 カミナリは近づいている。恐る恐る立ち上がる。


 一人で着替えだって、トイレだって行けるけれど、もう年長さんだけれど。

今は怖くて動けない。


ゴロゴロ


ビカッ


バシーーーンッ‼


「キャアアッ!」


 身体にビリビリと振動が来た。

雨のバシバシと打たれるのとは違うビリビリとした空気の波。

足元からのバリバリする痛みのような感覚。


 もう一回バッタリと倒れた。田んぼの中に大の字になった。


 胸がドキドキいっている。

耳がキーンって言っている。

肌がビリビリしている。

足からバリバリしたのが頭まで走ったのだ。


 目が回ったような感覚。

太陽が強すぎて気持ちが悪くなってしまったような。


「おい」


 男の人の声だ。


「おい。そこの子供や。大丈夫か」


 全然大丈夫じゃない。声だって出ない。


「だ、……」


 喉がキュッとして声が出ない。


 ズボ。ズボッ。足音なのかな。変な音。


「おい。子供。俺が見えるか?」


 雨はやんでいた。頭の上からのぞいている男の人。緑色の作業着の上下を着ている。


「さあ、寝てないで起こすぞ」


 好きで寝ていたんじゃない。


 若い男は、脇の下に手を入れて、あっさりと泥から持ち上げた。

凄い力持ちさんだ。


 そのまま、ぷらぷら横に振って泥を落として、道まで引き上げた。

砂利道に置かれたけれど、立てずにぺしゃりと座りこむ。

お兄さんも座り込んで聞いてきた。


「大丈夫かい?どこの子だい?」


 なんて答えるんだっけ?お母さんの昔の名字がお婆ちゃんちって言っていたから。


「西田の孫です」


「おお!そうか。西田さんかぁ。そういえば良く似ている!」


 知り合いなのだろうか。嬉しそうだ。

でも、ちょっと怒った顔を私に向けた。


「西田の孫なら、大雨が降るって聞かなかったか?俺は教えたぞ」


 そいえば、近くに居なさいって言っていたっけ。


「お婆ちゃんは言っていました。ごめんなさい」


 お兄さんは、にかって笑って、


「そうだろう。俺が教えたんだ。

お前にも教えてやろう。次はいつ会えるかわからんからな。

大雨と一緒にカミナリの鳴るような天気になる時は、ぬるくて湿った風が吹く。覚えておけよ」


「あ。それ、雨の降る少し前に感じました」


「そうか。そうか。それは良い子だ。良い感覚を持っている。それだぞ。それがくると大雨になる。建物の中に入るんだ」


「うん」


「さあ立って」


 もう立てるようになっていた。

立つと、私の場所だけ雨が降った。あったかいシャワーのようだ。

大粒で痛い雨粒じゃなくて優しい雨だ。

雨で、泥がきれいに落ちていた。ずぶ濡れなのは同じだけれど。


「お前の母さんには教えてやれなかったな。もう、婆ちゃんなのか。人の世は早い周りだな」


 お兄さんは、痛いのを我慢しているような顔になった。

それから顔を笑顔にして、


「これをやろう」


 お兄さんは緑色の作業着のポケットから、長い柄の付いた太鼓を出した。

こんな長いものがポケットに入っていたんだ。

棒を回すと太鼓が回り、トントンテンテンと音がした。腕みたいな紐の先の玉が太鼓に当たるんだ。


 私が持って指で回して戻すと、お兄さんと同じようにクルクル太鼓が回ってトントンテンテンと音がした。


「ありがとう。あ!」


 思いついた。私のポケットにもステキな物が入っている。


「はい。これあげる」


 黄緑色のブドウ。


「これは、種が無くて、皮のまま食べれるんだよ。とってもおいしいの」


 大きい房の半分の半分しかないけれど、服の前側にあるポケットに入れていたから、一粒だって潰れたのはない奇麗なブドウ。


お兄さんは一粒もいで口に入れた。


「ん!うまいな!くれるのか?」


「うん。きっと家に帰ったらまだあると思うの。お兄ちゃん食べて。お婆ちゃんが、近所の人が畑をやっているって言っていた」


「そうか。美味いな。それに綺麗な薄緑だ」


 あ、お兄ちゃんは白ブドウじゃなくって薄緑って言った。


「そうなの。キレイな黄緑色だよね」


「ああ。これがこの地にっているんだな。俺も頑張らなくちゃ。ありがとう。もう帰れるかい?」


「はい。大丈夫です」


「そうか。家に着いたら空に「帰りました」って言えよ。そうしたら、また雷の鳴る大雨が降るからよ」


「え?」


「さあ、行きな」


 お兄ちゃんが、背中をぽんと押すので、なんだかそのまま走り出した。

あたっかい風が背中を押してくれている。

ずっと遠くに来たと思っていた家は、結構近くにあった。


 門をくぐると、お婆ちゃんが外まで出て迎えてくれた。


「お婆ちゃん!」


「ずぶ濡れだね。遠くに行っちゃったのかい」


「あのね。お兄ちゃんが、あ、そうだ」


 空に向けて言った。


「お兄ちゃん!帰りました!」


 すると、雨がまた激しく振り出した。

お婆ちゃんと慌てて家の中に入った。玄関にはタオルが置いてあった。


「さあ、寒くなる前に拭こうね。お風呂に入ってあったまろうか」


「お婆ちゃん。これ!」


 小さい太鼓をお婆ちゃんに渡した。


「これは、どうしたんだい?」


「転んじゃった時に、助けてくれたお兄さんがくれたの」


「そうかい」


 お婆ちゃんは、懐かしむようにトントン、テンテンと太鼓を鳴らした。


 その後、お婆ちゃんと一緒にお風呂に入った。


「ねえ、お婆ちゃん。なんでカミナリが鳴るのかな?」


「カミナリが鳴るのは、大きな雲の中で電気が出来て、地面に電気を放出するのさ。

逆に地面の電気がカミナリを呼ぶときもあるよ。

それにね、カミナリは「イナヅマ」とも言うだろう。稲の妻と漢字では書くんだよ。

地面にカミナリが落ちると、その土地は豊作になるんだ」


「そうなの?」


「本当さ。田んぼも、畑もシイタケだってカミナリ様に喝を入れられたように元気になるのさ。だから、カミナリ様は、誰かを怖がらせようとして鳴らしているんじゃなくて、その土地が元気でありますようにって思っているんだよ」


「すごいんだね!」


「そうだよ。私がお前くらいの時に外にお使いに行っていた帰り道に大雨とカミナリに遭ってね、とても怖くて泣いてしまったんだ」


「お婆ちゃんが私くらいの時?」


「そうだよ。お婆ちゃんにも子供のころはあったのさ。

小さかったから怖くてね。ゴロゴロと鳴るのも、ピカっと光るのも怖くてね、

今は切ってしまって、もうないけれど、村はずれの大きな木の下で泣いていたら、男の子が来てね、「怖いのか?」って聞くから「怖い」って答えたら、凄く悲しそうな顔をするんだ。

その子は、この土地との約束でカミナリを鳴らして落としているんだけれど、怖がらせるつもりじゃないんだって。その子も泣き出して。一緒に泣いたわ。

泣いているときには、不思議とカミナリも雨も降ってなかったね。

その時にね、お使いのついでに、弟に買ってきた太鼓を思い出したの。

電電でんでん太鼓って言うのよ。カミナリ様はとても大事な神様だって教わったわ」

って言ったら嬉しそうな顔をしたの。

その男の子は、太鼓を持って叩きながら、季節と違う風が吹いて湿った感じがしたら、例えば今なら暖かい風が、暑い時期にはぞくっとするような冷たい風が吹いたら、カミナリの鳴る大雨が降るから、木の下じゃなくて家の中にいるんだぞ。って教えてくれたの。

そしてね、家に着いたら「帰ったよ」って空に言えって」


 お婆ちゃんは、にっこり笑った。


「お婆ちゃんと同じ人に会ったのかな?」


「きっとそうでしょうね。

さあ、もう上がりましょう。ゆだってしまうわ」


 二人でお風呂から上がって、クリームを塗ってもらった。


 もう、雨は降っていない。カミナリも遠くに行っている。


「あのね。お兄ちゃんに黄緑色のぶどうをあげたの。美味しいって言っていた」


「そうなの。食べてくれたんだ。この土地の恵みを食べてくれたんだね。

お兄ちゃんが頑張ってお仕事をしてくれているから、この土地は果物もお米も美味しいのさ。

それを食べて貰えてお婆ちゃんも嬉しいよ」


 それから、私は雨粒が大きかったこと、大雨で周りが真っ白になった事、足を滑らせたこと、

カミナリが近くで鳴って、ビリビリ、パリパリ感じたことを話した。


 お婆ちゃんは驚いて、そして約束をした。

お兄ちゃんとした約束と同じ。


 ぬるいくて湿った風が吹くときは、すぐに建物に入る事。



 翌日は晴天だった。


 

私は縁側で薄緑色のぶどうを食べた。




門の外には、ずっとずっと田んぼが広がっている。

家の裏側には、畑はずっとずーーーっとある。


なんにもないんじゃなくて、美味しいものが沢山あるってことなんだ。


美味しいのは、お兄ちゃんと地面との約束なんだ。

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[良い点] 優子ちゃんの、悔しかったり腹立たしかったりかなしかったり、という冒頭の気持ちの流れがリアルで引き込まれました。 雨に打たれて大声で泣くシーン、気持ち的にはきっといっぱいいっぱいだったんだと…
[良い点] ∀・)絵本のようなファンタジー感がある童話でした。なんだろう。どこか「となりのトトロ」のような感触というか何というか。そういう世界観が味わえたと思います。表現としては「カミナリに当ってまっ…
[良い点] ・何もない田舎のおばあちゃんちだけれども、かけがえの無い物がたっぷりある豊かな土地だったのですね。最後の葡萄のシーンは、お母さんのことが心配で仕方ないだろう優子が、この地で心を充足させてい…
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