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ダンジョン世界の運び屋さん  作者: 土本しん
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遺跡にて


 ランプの光に照らし出される壁画にはロマンがある――ついでに歴史も。

 そうラグアが言うと、歴史がついでかよ、と、アカツキ人特有の黒に近い紫紺の瞳を細めて、古い友人は笑っていた。


 あれはいつのことだっただろう――もう随分と彼には会っていない。




「ラグアさーん、ドコですかー?」


 千年王國全盛期に描かれたと思われる壁画をしみじみと眺めながら、友と、その友との冒険の数々を懐かしく思い出していたラグアを呼ぶ声が、洞穴内に響き渡る。

 のんびりとした性格がよく現れているこの声は、最近ラグアに弟子入りした『小人族(ミクロス)』のナナイだろう。ランプの光に照らし出された腕時計を見やれば、そろそろ昼飯時だ。弁当を届けに来てくれたに違いない。


「おーい、ちび助ー。こっちだー」


 呼びかけが遠くに行きかけたので、場所を示すために声を上げてやると、しばし間があって、軽い足音が聞こえてくる。ラグアが数時間前にこの場所に潜り込んだ入口に、ランプの光がチラチラと見えたと思ったら、ひょっこりとナナイが顔を覗かせた。


「ボクはちび助じゃありませんよ、ラグアさん。これでも『ミクロス』の中では大きい方なんですからねっ」

「唇を尖らせて文句言うような奴は"ちび助"で十分だろ」

「なんですかもーっ。お昼いらないんですかっ」

「いるよ! いる! オレの弁当っ」


 持ってきたバスケット(弁当)ごと帰ろうとするナナイを引き留め、なんとか宥めてバスケットを確保し、ホッとする。

 壁画や天井画、発掘品に隠された歴史を読み解いている間は忘れる空腹感が、ナナイの声と、時計で確認した時間を見て一気に押し寄せてきた――つまりラグアは今、とても腹がへっているのだ。


 バスケットの中からは、ナナイ特製ベーグルサンドとフルーツケーキ、それから、お茶を飲むための茶器一式が出てきた。


 『ミクロス』であるナナイと、『穴蔵族(ドワーフ)』であるラグア。

 世界の成り立ちやこれまでの歩み、姿を消したとされる神人類の謎などが刻まれた遺跡や壁画などを調査し、それらを解き明かすことに興味を持っているいうのが、この二人の最大の共通点だが、それともう一つ、二人の距離を近付けた共通点がある――お察しの通り、"食事を楽しむこと"だ。

 生来牧歌的な暮らしを好む『ミクロス』と、鍛冶の技術や鉱石の知識を持ちつつも、荒々しく粗野な性格のため、他の人種から敬遠されがちな『ドワーフ』は、食べることに関しては手間暇を惜しまない。それ故に、出先にまで茶器一式を持ち出すのは彼らにとって"普通のこと"であり、出先だからといって生ぬるいお茶で済ますのは、言語道断、ありえないことだった。


 ちゃっかり自分の分のベーグルサンドとフルーツケーキ、ティーカップを持って来ていたナナイは、そそくさと茶を淹れるために湯を沸かす。

 貴重な遺跡で火をおこすのは躊躇われるので、用意されたのは温石(おんじゃく)だった。

 温石とは、魔法を吸い取ることが出来る『吸引石(きゅういんせき)』に火系の魔法を吸わせた石で、手の平サイズ四つほどあればたいていの料理が煮炊き出来る、この世で最も簡易(ポピュラー)な魔法具だ。ちなみに、『吸引石』に水系か氷系の魔法を吸わせた石は冷石(れいじゃく)といい、生肉や野菜を冷やし、長く保存するために使われている。


「ナナイ」

「なんですか、ラグアさん」

「お前は歴史ロマンを求めて、世界を旅しようとは思わないのか?」

「はい?……なんですか、藪から棒に」

「いや、なに。さっきふと、昔のことを思い出してな。オレは今の住居に落ち着くまで、友と旅をしてたんだよ」

「それはなんというか……見上げたご友人ですね。最近弟子になったばかりの穏和でのんびり屋な『ミクロス』のボクでも、ラグアさんの言葉に何回キレそうになったか分からないのに」

「おい! それは言い過ぎじゃないか?!」

「はい、どうぞ。今日は寒かったですから、しょうが入りの紅茶にしてみましたよ。お砂糖は二つでいいですか?」


 ラグアの突っ込みを華麗にスルーして、にこにことティーカップを差し出すナナイ。柔らかく湯気を立ち上らせる紅茶とその笑顔の前に何も言えなくなったラグアは、もじゃもじゃ髭の中に隠れた口を真一文字に引き結んだ。


 前述の通り、牧歌的な暮らしを好む『ミクロス』は、生まれ親しんだ土地を離れることは滅多にない。自給自足の生活をしている彼らは、汗水を垂らして田畑を耕し、苗を植え、仲間と苦楽を共にしながら世話をし、自然の恵みに感謝しながら収穫する。それらを美味しい料理にし、食事の時間を最大限に楽しむ――それが一般的な『ミクロス』のライフスタイルだ。


 そんな彼らには、長旅をする時間的余裕も、田畑を放ってまで旅に出る必要もまったくない――つまりナナイのように、この世界の歴史や遺跡の不思議を求めて、生まれ育った土地を飛び出すような『ミクロス』は滅多にいない……というか、ラグアは百年近い人生の中で、彼以外見たことがなかった。

 したたかで、若干(?)性格が歪んでいても当たり前だと、無理矢理自分を納得させたラグアは、黙って食事の準備を再開した。


 多少(?)性格に難があっても、作る飯が美味ければ、ラグアに文句はないのだから。


「歴史ロマンを求めて旅をしたから、今、ボクは、ラグアさんの弟子になってるんだと思いますけど……違いますかね?」

「いや、うん、そうだな」

「もしラグアさんが、この地底遺跡・千年王國を調べつくして、次の遺跡を求めて旅をするって言うんなら、ボクも一緒に行きますよ――まだその時も弟子だったらね」

「ああ」


 ラグアは友との旅の果てにこの遺跡に辿り着き、ここの近くに居を構えた。遺跡について調べ、調査結果をまとめて学界に発表し、本を出版した。ナナイはその本を読んで歴史ロマンの虜になり、この地にやってきたのだ。

 それは、一生を故郷で過ごす『ミクロス』にとって、未だかつてない大冒険。若い頃、友と一緒に世界中を旅したラグアの冒険と大差ない。


 短い返事をかえした後は、言葉少なに昼食に舌鼓を打った。絶妙なバランスで作られたナナイ特製ベーグルサンドをゆったりと味わい、フルーツケーキとしょうが紅茶で疲れを癒す。


 お茶をもう一杯おかわりする頃にはすっかりくつろいで、数少ない『ドワーフ』用ブーツを脱ぎ捨て、いつの間にか疲労で凝り固まったふくらはぎを揉みほぐしていると、ラグアとナナイしか居ないはずの静かな遺跡に、かすかな物音が聞こえた。


「……今、なんか聞こえた……よな?」

「町の人たち……が、来るわけないか。き、気のせいとか……うひぃっ」


 捕らえた物音を気のせいだと流そうとしたナナイは、あえなく失敗する。かすかでしかなかった物音が、より明確に聞こえたからだ。

 カツカツと規則正しい音と、カツーン、カツーンと、間が空いて不規則な音。その二つから推測される音の正体は、二人の人間の足音。

 脱いだブーツを履き直したラグアは、護身用を兼ねた隠し扉(たまに罠)を壊すための大金槌を手に立ち上がった。ナナイは戦闘力が皆無なので、おとなしくラグアの背中に隠れる。


 物音に耳をすませていると、不規則な足音に合わせているのか、規則正しい足音が時折止まっているのが分かった。慣れない遺跡歩きにヨレヨレになった観光客なら問題ないが、貴重な遺跡の宝を盗掘しに来た荒くれどもだったら、いささか厄介である。


 ラグアとナナイがくつろいでいる場所は、『ドワーフ』の英雄王・ガレドアンクが建国した千年王國の王城、一階ホールの奥。どうやら使用人の部屋だったらしいこの狭い室内では、当時の生活を窺わせる小物がいくつか発見された。


 歴史的価値はプライスレスの代物だが、盗掘者たちが喜びそうな金銭的価値のありそうな"お宝"ではない。そういった宝物は、もっと地下へと降りないと見つからないだろう。

 ――そう。この王城は普通の建物と違って、地下へと深く広がっている。そしてそこは、様々な要因から"ダンジョン化"してしまった、危険な領域なのだ。


 二つの足音が少しずつ、だが確実に近付いて来ている。大きく響いて聞こえるのは、侵入者が一階ホールまで辿りついたからだろう。


 ホールと名が付くその広間は、いわゆる王城の玄関ホールで、百人の客人(もちろん、『人間』、『エルフ』、『獣人』、『魔人』のような『ドワーフ』よりも大きい人たちでも)が来ても余裕で迎えられる広さを誇る。まあもっとも、國が滅んだ今となっては、ガランと広いばかりで、過去の栄華になんともいえない哀愁を感じる光景なわけだが――何も遮るものがないその空間では、当然、物音がよく響くわけだ。


「誰ですかね、ラグアさん」


 足音と、自身の息遣いしか聞こえない緊張感に耐えられなくなったらしいナナイが、不安そうにひそひそと囁く。


「さてな。会ってみないと分からん」

「それはそうですけど……」

「観光客や、オレらみたいに歴史ロマンを求めてきた奴らならよし。それらを台無しにするような盗掘者や冒険者とは名ばかりのならず者なら……」

「ならず者なら……?」

「こいつでガツンだ」

「……それ、打ち所が悪かったら死んじゃいません? 大金槌(そんなもの)で殴ったら、よくて複雑骨折ですよね?」

「うまくやるさ」

「や、だから、うまくやっても複雑こっ――」


 突っ込み(ことば)が不自然に途切れた。

 大地に根ざして生きる『ミクロス』特有の明るい茶色の瞳がまん丸に見開かれ、この部屋唯一の出入口を見つめている。同じく、毛深い『ドワーフ』特有のもしゃもしゃの髪に埋もれるように隠れた小さな黒い瞳も、出入口……いや、そこに現れた、あまりにも予想外な人物を映し出し、限界まで見開かれた。


「なんでこんなところに『ドワーフ』と『ミクロス』がいるんだ?……私の見間違いか?」

「……い、いや……僕にも、見えるから、見間違いでも、幽霊でも、ないよ」


 美しい『エルフ』の女性と、疲労困憊といった感じで両膝に手を当てているアカツキ人らしき男性の二人組。

 驚いたことに、ラグアはそのアカツキ人に見覚えがあった。

 『イースト』の顔は見分けがつけ難いが、さすがに共に冒険の旅に出た"友人"の顔を見間違えるワケがない。


「……刀祈……、なのか?」



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