サンタが空から降ってきた
「ふぉーっふぉっふぉっふぉー!」
現実で耳にしたことは一度もないのに、不思議と声の主が頭に浮かぶ、あの独特な笑い声が頭上から聞こえてきました。イブだというのに終電間際まで残業して、きっと精神が擦り減っているのでしょう。空を見上げると、赤い服に身を包んだ小太りの男性が笑いながら重力に身を任せ自由落下しています。
屈強なボディービルダーならともかく、私はただのしがない事務員なので、さすがに手を差し伸べる勇気はありませんでした。多分、ここならばそんなことをしなくても……
ズボボボボッ
ああ、よかった。彼は数十年に一度の記録的積雪に救われたようです。しかし、何事もなかったかのように大笑いを続ける生首が地面から生えている光景はトラウマになりそうでした。汗だくになりながら彼を引き摺り出していると、巨大なカブに悪戦苦闘する童話が脳裏をよぎります。
「ふぉっふぉっふぉっ! 親切なお嬢さん、本当にありがとう。つい綺麗な夜景に目を奪われて、ソリから滑り落ちてしまったんじゃ。お礼に何でも好きなものをプレゼントしてあげよう!」
「…………それでは、美顔ローラーをお願いできますか……電気が流れるタイプの……」
こういうとき、決して欲張ってはいけないと子供のころ昔話から学びました。だからといって何も要らないと言うのは却って失礼に当たるでしょうし。こういうところが可愛げないと評される理由なのかもしれません。だから聖夜にたった一人で……危ない、あやうく人前で泣きじゃくるところでした。
「うむ、わかった……おっと、すまない。袋がソリに乗ったままじゃった。ふぉっふぉっふぉっ!」
「えっと……じゃあ、またの機会にでも……」
「ふぉっふぉっふぉっ! 心配しなくても大丈夫じゃよ。プレゼントは必ず届けよう!」
笑顔で手を降る陽気な老人の姿は何の前触れもなくぼやけていき……
ガタンッ……ガタンゴトンッ……
……ああ……そうですよね。よく考えたら、2mの豪雪の中、電車で通勤できるわけないのです。そもそもサンタなんて存在しません。どうして夢の中だと不自然に感じないのでしょう。なんだか現実主義を気取っているくせに、メルヘンチックな深層心理をこれ見よがしに突きつけられたようで、ひとりでに頬が熱を帯びてしまいます。
幼稚な寝言を呟いていなければ良いのですが。恥ずかしさを誤魔化すように、あくびともため息ともつかないようなものを吐き出したそのとき、私の視線は釘付けになりました。くたびれた通勤カバンの上にそっと置かれたフェイスケア用品に。
(クリスマスっぽいラッピングはしてくれないんだ)とか(もっと手が届かないような良いものを頼めばよかった)とか(電車の中にも届けてくれるんだ)なんて余計なことを必死で考えていないと口許と涙腺が緩んでしまいそうでした。
車窓から雪がちらつく夜空を眺めて、今宵の彼の交通安全を密かに祈りました。