稽古
第8話です。
翌日俺たちはノルデンに朝早くに起こされて宿の屋上へと向かった。屋上には防具がつけられていて木でできた人の人形や的などの訓練で使われそうなものが置いてあった。
「ここは私が学校に通っていた時によく利用していた稽古場みたいなものだ。これから稽古を始めるぞ。今日は初めてだからとりあえず素振りだ。ざっくり言って一万振りぐらいしたら今日は終わりでいい」
「一万!? 冗談じゃないですよね」
「本当だ。どれだけ時間をかけてもいいから必ず振れ」
「私が見本を見せるから最初の100回くらいは私の動きを真似しろ」
「剣はまずしっかりと握れ。これと言った握り方が決まっているわけではないから剣が手から離れないような握り方をすればいい。剣が手から離れたら実戦では負けだ。次に振る動作だが必ず相手を切る向きに刃先を向けろ。今日それはあまり意識しなくていいがな、今日はまっすぐ剣を振り下ろすことだけを考えろ。振ったら剣先が膝のあたりに着いたらそこで剣を振るのをやめろ。見てみるのが一番早いだろう」
そう言うとノルデンは腰から自分の剣を抜き、構えた。大きく振りかぶって目に見えないほどの速さで振り下ろしてさっき言っていた高さで正確に止めた。するとその余韻が広がるように遅れて周りの落ち葉が起こされた風によって舞った。只者では素人ではできなそうな動きだった。
「やってみろ。タツキは双剣だからどちらかの腕で一本の双剣を振ってみろ」
俺たちはノルデンの動作を見よう見まねで行ったが見本には程遠く、剣の重みで振った後の止める動作も容易ではなかった。
「最初はそんなもんだ。まずは剣を振ることになれるんだな。あとお前たちは腕だけで振っているからもっと身体全体で振るんだ。振る時は重心を前に移動しろ。そうすれば振ったあとの止める動作にもキレが出る」
俺たちはノルデンに言われた通りのメニューを達成するために振り続けた。一時間ほどすると腕の筋肉全体が張りだして痛かった。ノルデンは俺たちが振っている間ずっと見ていたから、途中で何回か聞くとまだ二千数回と言われて気が遠くなった。昼になるとガリウドが食事を屋上へ運んできてくれた。昼食を食べた後も休みつつ、地道に振り続けた。
そしてついに、
「9998、9999、10000。やっと終わった」
ハルタと俺はその場に倒れ込んだ。手は豆だらけでボロボロだった。日は沈みもうあたりは暗かった。
「良く振ったな、だがこれを1日でやめては効果がない。明日も行うぞ」
「え、ノルデンさん本気で言ってる?」
ハルタが嫌そうに聞いた。
「勿論だ。だが流石に一万回はきついと思うから明日はそこに置いてある木刀で半分の五千回だ。これでも甘くしてやってるんだから感謝しろよお前ら」
すると屋上へガリウドがやってきた。
「ハルタ、タツキお疲れ様! どうだったやってみて」
「とりあえず本当に疲れました。でもこれが剣術習得に近づいているはずなのでそれを考えると良い1日でした」
「そうかそれならよかった。体がぼろぼろだろうから温泉に行くっていうのはどうだ」
「それはいいですね」俺はこの世界にも温泉というものが存在するとは思わなかった。
温泉は宿から少し離れた裏路地にあった。外観は町にある建物とは変わらなかったが、中へ入ると日本の温泉と瓜二つだった。浴槽と洗い場に分かれていて浴槽は木でできていた。お湯に浸かると疲れた体に温泉の温かさが染み渡って気持ちよかった。
「気持ちいいなあ、そういやお前らほんとに今日はよく頑張ってな。てっきり途中で諦めると思っていたよ、お前たちのやる気がよく伝わってきた」
「なんとかやり切りましたよ。そういえばガリウドさんは冒険者ではなかったんですか」
「俺は小さい頃から姉貴と同じように親に厳しく剣術の稽古をつけられていたが、一向に上達しなかった。それを見かねた母親は剣術の稽古をやめさせて、父母が経営している宿屋を俺に手伝わせ始めたんだ。それ以来俺は宿屋の仕事をずっとこなしてきたからほとんど剣術魔術共に触れなかった」
「ずっと宿屋の仕事一筋で頑張ってきたのはすごいことですね。ということは今経営しているのがガリウドさんのお父さんとお母さんが経営していてた宿ってことですか」
「そうだ。でも俺の父母は五年前に逝っちまった。それも殺された」
「そんな酷いことが、それは誰に殺されたんですか」
「俺の父母はこの世界で悪の勢力として働いている“ディアブロ”という集団によって殺されたんだ。それもあって姉貴は剣術一筋でここまでやってきたんだ。そしてこの大陸で最強と言われるうちの一人と言われるようになった今彼らに復讐をしようと機会を伺っているらしい」
「ディアブロ……。そんな最低な奴らがこの世界にはいるとは知りませんでした」
「まっ、そんなこともあって今の俺と姉貴があるって感じだ。そろそろのぼせそうだしあがるとするか」
「そうですね、出ましょう。ハルタ出るぞ、って言ってる先からのぼせてるじゃないか。会話に入ってこないと思ったらのぼせているなんて、大丈夫か?」
ハルタの顔は、真っ赤になっていた。俺とガリウドは2人でハルタを支えながら脱衣所へと向かった。
「おふお気持ちー。もっと入りたい」
どうやらハルタは意識がもうろうとしているらしい。
「全く世話のかかる奴だな。これを飲んで体を冷やせ。タツキもほらよ」
ガリウドは良く冷えた飲み物を俺たちに買ってくれた。味はココナッツミルク飲料のようなほんのり甘い温泉の後にぴったりのドリンクだった。それで体が冷えたのか数分後にはハルタはのぼせから解放されていた。
こんな楽しい日々が続き、一日また一日と入学の日に近づいていった。
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