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超視力!

超視力___わたしに測れるもの。

作者: 栗色マロン

「お熱測らせて頂きますよ。手首見せて下さい。」

私は、とある老人ホームで入居者の体温を測っている。


普段は食堂として使っているらしい大ホールには、100人あまりの老人たちが集まっており、作業は遅々として進まない。


「すみません。この方、39℃以上の熱が出ています!」

高梨由香が手を挙げると、後方から走ってきた職員が発熱した老人の手を引いて別室に連れていく。


そう、私達の仕事は発熱者を見つけ出し、専門のスタッフに引き渡すこと。

彼らは別室で感染チェックを行うのだが、私達二人はそのお手伝い的な役回りだ。

まあこの老人ホームはうちの関連企業なんで、誰でもいいからと応援に駆り出されたのであるが。


「すみません、この方も39℃超えてます!」

またしても高梨由香が手を上げる。やけに彼女、発熱患者を見つけるのが上手いなあ。高梨由香のきりっとした横顔に見とれながら、私もそそくさと作業に戻る。


――――――――――――――――――――――――


「まもなく発車時刻です。お急ぎ下さい!」

ようやく老人ホームでの業務も終了し、バスターミナルに着いたのが夜8時過ぎ。

新宿行の高速バスに、ちょうど今乗り込んだところだ。


「結構混んでるね。バラバラで座ろうか。」

夜遅い時間ではあったが、私達が乗り込んだ時には、すでに二人掛けシートの窓側は埋まっていた。


ということは、どこかに相席させてもらうしかないのだが、隣席に座られて迷惑そうな顔をされたり、癖の強い人の隣で長時間不快さに耐えたりと、ここでの選択はかなり重要である。


スーツ姿のサラリーマン、茶髪の若者、観光帰りとおぼしき中年女性達。むずかる赤ん坊をあやした若い母親もいる。


「お隣、失礼します。」

私はサラリーマンの隣に席を取る。


高梨由香はと見ると、暫くキョロキョロした後に茶髪の若い男の隣に座る。よく見ると男の鼻にはピアス、二の腕にはタトゥーが入っている。

柄の悪そうな男だな。大丈夫かな?


高梨由香は先月、配属されたばかりの新人だ。

明るい笑顔と弾けるような笑い声でうちの職場もすっかり明るくなったが、まだ世間ずれしてない感じが少々危なっかしい。


「それでは発車致します。シートベルトをお締め下さい。」


平日の夜遅い時間ということもあって、車の流れは順調だ。

これなら予定通りの時刻に到着するだろう。

私はいつもながらの睡魔に襲われ始め、意識が遠のいていく。


――――――――――――――


「何ジロジロ見てんだよ!俺に文句あんのか!」

大きな喚き声で私は目を覚ます。

何があったんだ?という感じで周囲からもざわついた声が聞こえる。


「お前らも騒ぐんじゃねえ!」

私の座っている位置から5列程前に座っていた男が、立ち上がって大声で怒鳴っている。その隣ではおびえ切った老人が体を震わせている。


「お客さん、危ないですから席を立たないで下さい!」

異変に気づいた運転手が車内マイクを使って、男に注意する。

しかし男はさらに逆上したようだ。手にしたアルコール飲料の瓶を振り回し始める。


「ぎゃー、暴れ出した!」「殴られるわ、危ない!」

私のすぐ前に座っていた中年女性達が騒ぎ始める。


「黙れって言ってんだろ!」

男は瓶を振り回しながら、女性達の方向、つまり私の席に向かって進んでくる。

私は体を強張らせながら、持っていたカバンを顔の前に掲げ身を守ろうとする。


「どんっ」

私の隣でガタガタ震えていたサラリーマンが、突如として私の体を通路に向かって突き飛ばす。

顔を上げると目の前には男が!


「なんだてめえは、ぶっ殺すぞ!」

男が瓶を振りかざすのを見て、慌ててバス後方へと逃げ出す。

しかし焦ったせいか途中で足がもつれ、ばたと倒れる。


「青山さん、大丈夫ですか?!」

隣を見ると高梨由香がいた。どうやら彼女の席はその脇だったらしい。


「おまえも仲間か!許さねえ!」

男は叫び声をあげると、今度は高梨由香に向かって瓶を振り上げる。


その時である。高梨由香の隣に座っていた茶髪の男が急に立ち上がり、男の顔面にパンチを食らわす。

さらには、不意を突かれてよろめいた男の手首をつかみ、ひねり上げる。


「いてて、何しやがる!」

男はたまらず瓶から手を放し、手首をおさえながら通路にうずくまる。

それを合図に周囲の乗客たちが男に覆いかぶさり、見事御用となる。


―――――――――――――――


「本当にありがとうございました。」

高梨由香が茶髪の男に礼を言っている。

男は恥ずかしそうに軽く手を振っただけで、その場を立ち去る。


いい奴だな。彼のことをすっかり誤解していたようだ。


「彼の隣で正解だったね。」

高梨由香に声を掛けると、涼しげな顔で返事がくる。


「最初から分かってましたよ。優しくて頼りになる人だって。」

私が少し意外そうな顔をしていると、彼女は話しを続ける。


「わたしね、人の体温が見えるんです。」


「私達がバスに乗り込んだ時、急に赤ちゃんが泣き出したでしょう。あの時、車内にいたほとんどの人の体温が急上昇して“怒りの温度”になるのが見えたんです。」


「でも赤ちゃんのお母さんと茶髪の人だけは違った。ゆっくりと時間を掛けてほんの少しだけ体温が上がる。私は“愛情の温度”って呼んでます。」


そう言えば、温度って直接触れなくても測ることができるらしい。

難しく言うと、物体から放出される赤外線エネルギーを計測するんだとか。

彼女にはそのエネルギーが見えているんだろうか?


「ところで赤ちゃんが泣き出した時、ぼくの体温ってどう見えた?」

私は気になったことを聞いてみる。


「それが見えなかったんです。」

彼女はちょっと困った顔をした。そしてつけ加える。


「青山さんを見てると私の体温が上がってしまうから。そのせいで青山さんの体温が見えないんです。」

彼女は悪戯っ子のような表情を浮かべると、「ふふっ」と可笑しそうに笑う。


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