お兄さま!その女は誰ですの!?と公爵令嬢が叫んだら、可愛い彼女の騎士になってしまったんですが!?
お兄さまはお姉さまには勝てない。
「お兄さま、不適切な距離ですわ!」
「やぁ、マリアンヌ、いきなりどうしたんだ?」
公爵令嬢のマリアンヌは大好きな兄、サンドールの腕にしがみ付く男爵令嬢に目を釣り上げる。
確かに金色さらさらおかっぱ華奢美少女だが、兄の腕にしがみ付かせるわけにはいかない。
「マリアンヌったら、いきなりどうしたの?」
「シルフィーお姉さま!だって!兄の腕に!ジルド令嬢がしがみ付いてますのよ!」
あらあらとマリアンヌの隣で微笑むのはシルフィー侯爵令嬢、兄の婚約者だった。
今年、大好きな兄と未来の姉が通う王立シンクレア魔法学校に入学したのに、何故か兄にべったりな女が居たのだ。
すぐさま、お兄さま&お姉さま大好き妹連合会の力を借り、ジルド令嬢について調べたのだが、魔法が飛びっきり上手で、ジルド令嬢と周りから呼ばれている事しか分からない。恐らく、家名がない平民出身者だろう。しかし、優秀な特待生かもしれないが、お兄さまにひっついて良いはずがないだろう。
シルフィーは天然なお嬢様だからか、あらあらとしか言わないし、兄も当然のように張り付かせている。
入学から三ヶ月、マリアンヌも我慢したのだ。
未来で夫婦になる二人が何も言わないなら、イソギンチャク令嬢だろうが目を瞑ろうと。
しかし、この令嬢はもう、所構わず、お兄様にベタベタベタベタして。
それがもう、我慢ならないのだ。
大好きな兄と大好きなお姉さまがお許しになっても、二人の妹が許しませんのよ!?私だって、二人の間に挟まって、二人とイチャイチャしたいのに!と若干、私欲に塗れた義憤によりマリアンヌはシルフィーを引き連れて、中庭で過ごしていた兄の元にやってきたのであった。
「こんな素晴らしいシルフィーお姉様をエスコートするなら、分かりますわ!ですが、そのちんくしゃ令嬢をベタベタ引っ付けて歩くなんて!!と言うか、ジルド令嬢も一人で歩けますでしょ!?もし、足の怪我があるなら、保健室に行きなさい!!」
ムキィ!と怒り出した可愛い妹に婚約者達は目を見合わせた。
サンドールは思わず、噴き出した。
「あはは、これは確かにそうだね。僕も腕を持ってもらうなら、美しい婚約者の方が良いんだけど…さて、ジルド令嬢、そろそろ、何か言ったらどうだい?」
意地悪そうな問いかけにジルド令嬢はキッと鋭くサンドールを睨み付け、その小さな口を開いたのだが。
「サンドール、貴様のせいだろうが!!!」
内容の乱暴さに目を向く前にその小さな赤い唇から飛び出した声が青年男性の声だった事にマリアンヌはぴゃっと後ずさった。
「え、ジルド令嬢から男性の声がしますわ!?」
「マリアンヌ、実はね、ジルド様は令嬢ではないのよ」
シルフィーお姉様は少しだけ困ったように続けた。
曰く、ジルド令嬢はジルド令嬢ではなく、本当はジルドール侯爵子息なのであり、サンドールの親友なのだ。
入学式直前の四ヶ月前まで三人仲良く学生生活を過ごしていたらしい。
しかし、シルフィーに横恋慕したとある魔法使いが女になる呪いをサンドールに送り付けたのだ。
だが、この魔法使いはシルフィー以外に興味がなかった為、ドール…ドールが名前に付いていて…シルフィー嬢の隣に立っている男を女にしてやる!と呪ったら、左隣にいたサンドールでは無く、たまたま、右隣にいたジルドールが呪われてしまったのである。
ちなみに、魔法使いが馬鹿過ぎると後々、話を聞いたジルドールは絶望したらしい。
一応、魔法使いは捕まったらしいのだが、魔法使いの呪いは、本来、サンドールにかかる予定だったものが、ジルドールに奇妙に捻れて掛かってしまい、女として過ごしていくうちに呪いが解けていく状態になってしまったのだ。
だから、他の生徒もジルドールをジルド令嬢と呼び、早く呪いを解決しようとしていたのである。
兄だけはきっと、愉快だからだろうけど。
「やっと、声が戻ってきたのだが、ヒールを履くと立てんのだ。だから、この腹黒男に責任を持って介助してもらっていた」
「ガクガク震えるからね、膝がね、ブルブルだから、すっごい面白いんだよね」
「サンドール!!!!お前が!!!!あの馬鹿魔法使いを放置してるから!!!!俺の!!!!!!!!俺の色々なモノが失われているんだぞ!!!!」
「まぁまぁ、ジルドール、背丈はそれほど変わってないし、良いじゃないか。あはは、素敵な令嬢ぶりだよ!」
「お兄さま…ちょっと…流石に。ジルドール様、ごめんなさい、私が勘違いしたから」
「ッマリアンヌ嬢は悪くない…」
ジルドール様、可哀想にと思わず、顔を赤くして怒りに震える彼の腕を取った。
ちょっと涙が滲んでいて、ハンカチで拭ってやるとありがとう、マリアンヌ嬢と言われた。
かなり紳士的な人物がか弱い令嬢になってしまったのだ、心細いに違いない。
それを揶揄うなんて、お兄さまは悪いお兄さまだ。
お兄さまは素敵だが、時々、かなり意地悪である。
だが、お兄さまが調子に乗るととある人物がお灸を据えてきた。
そう、それはふわふわ天然なお嬢様シルフィーお姉様なのだけれど。
シルフィーの柔らかい美しい笑みは変わらず、目だけがめちゃくちゃ冷たい光をたたえていた。
「サンドール様、何を笑ってらっしゃるの?全く面白くないですわ」
「し、シルフィー」
「私達の事で他人に迷惑をかけて、何故、笑えるのですか?人格に問題がありと見做されても可笑しくありません。社交界で爪弾きにされる未来が見えますわ。それに私達の親友であるジルドール様を傷付けるなんて…親しき中にも礼儀ありです。これは少し、地下でお話しなくてはありませんね」
「待ってくれ!地下は!!地下だけは!!」
「うふふ、私、治癒魔法が得意ですので、安心してくださいね、サンドール様。じっくり…たっぷりと骨の髄に染み込むまでお話しましょうね」
「地下だけは!シルフィー!!地下は!!!!地下はやめて!!!!!!!!」
「マリアンヌ、ジルドール様の事、お願いね。数日…いえ、数週間ほど、私達は地下から出れないから」
「はい!お姉様!私にお任せください!」
数週間と聞いた兄の口から魂みたいなモノが出ていた。
マリアンヌお姉様のお家には地下があるらしいのですが、私は近寄ってはいけないらしいですのよね。
お兄さまはツルツルピカピカの見た目なのに、数日は地下…地下…しか話せなくなってしまうので、何やら凄く心が奪われるモノがあるに違いない。
いつか、シルフィーお姉様に招待されたいものである。
元気良く返事をしたマリアンヌにシルフィーは優雅に一礼するとサンドールを引き摺るように連れ去っていった。
片手でお兄さまを連れて行くなんて、流石はシルフィーお姉様である。インナーマッスルが違うと言う奴だろう。
「地下って、何なんだ…」
「ジルドール様、きっと、凄い何かがありますのよ!ドラゴンの心臓とか!」
マリアンヌが私も見たいですわ!とはしゃぐのを見ながら、ジルドールは絶対に違うと思った。
そんな夢のある場所じゃないぞ、絶対。
多分、Gから始まって、手枷とか檻とかある。
しかし、ジルドールは紳士的な人物だ。今は令嬢だが、このリトルプリンセスを悲しませる気はない。
「そうだな…ドラゴンの金塊くらいならあるんじゃないか…シルフィーの強さ的に」
「きゃー!素敵ですわ!流石はシルフィーお姉様!!」
「さて、マリアンヌ嬢、中庭は日差しが強い。中に入ろう」
「ジルドール様、お待ち下さい!えっへん、私じゃなく、僕がエスコートしますわ!」
まるで紳士のように腕を差し出したマリアンヌにジルドールは思わず、笑った。
この小さなお姫様はどうやら、シルフィーの言いつけ通り、きっちりと騎士になるつもりらしい。
マリアンヌはちゃんと紳士になってみせますわ!と小さな胸を張る。
「じゃあ、マリアン様にお任せしますわ」
「騎士、マリアンにお任せください!ジルド令嬢!姫を一緒、お守り致します!」
わざと男性名に近い響きで呼べば、マリアンヌは低い声を出して、男性の振りをした。
ジルドールは、久々に大笑いしてしまったのは言うまでもない。
「マリアン様にずっと守っていただきたいものだ」
「あら、もちろん、お守りしますわ」
「あはは、約束ですよ」
マリアンヌが、翌日、完璧な男装をしてくるのも知らず、ジルドールはただ、笑う。
これが、あべこべ夫婦と社交界で呼ばれるようになる二人の初めての出会いであった。
そもそも、張り付いている令嬢は令嬢じゃない話なら、どうなるだろー?と想像して書いています。
令嬢が紳士に、紳士が令嬢になる茶番でした。
お読みいただき、ありがとうございます。
今後も勉強していきます。