日直前夜
帰りのホームルームを迎えても、高崎さんと何かやり取りができたわけではなかった。
スマホを見ても連絡が来ていることもなく、俺からもメッセージを送ることはできなくて……
頑張ろうとしたのに、情けなくて大きなため息が出る。
彼女の秘密を知ってしまったのがいけなかったのかな?
知らなかったら今頃は……そんなネガティブな考えに至った時、
「起立……」
俺と高崎さんの前の席に座るクラスメイトが号令をかけ、下校となった。
「広瀬、高崎さん。2人が明日日直当番だぜ。ちゃんと黒板に名前書いておいて……」
「おっ、おお……」
前の席に座る、クラスメイトにさらりとその事実を告げられる。
そのどこの学校でもあるだろう、役割を聞いただけだったが、反射的に隣を見てしまう。
彼女も同じように視線を動かしていて、それが重なるとさっと俺の方も視線を逸らしてしまった。
明日は俺たちが日直、か。
朝、気づいていればまだ何か行動的にも変わったかもしれない。
黒板に他のクラスメイトが残っている中で、それぞれ自分たちの名前を書く。
それが終わると、彼女は逃げるようにそそくさと去っていった。
その後ろ姿に何か言葉を掛けられない自分が情けなくもあり、ちょっとほっともしていてまたも気持ちがぐちゃぐちゃになりそうだ。
☆☆☆
家に戻り、スマホをチェックしてもやはり高崎さんからメッセージは来てはいなかった。
だよな……
ベッドの上に寝転がり、今日の行動を振り返る。
結局まともなやり取りは出来ず、最後の方は声もかけられなかった。
あの時、
『……対面してじゃなく電話とかメッセージならやり取りするのも楽だと思うんだよ』
といった言葉が今は無性に恥ずかしい。
もうちょっとアプローチできたかもという気持ちもあるけど――
でもまあ、また何か勘違いして失敗するよりはよかったのかもしれないとさえ思う。
あのステージ上で高崎さんは本当に輝いていた。
あすみたんの声優である神崎結奈さん……
「ああ、これじゃあ朝に逆戻りだ」
話すのが苦手な高崎さんに反応もないまま、行動し続けるのは俺にはやはりどうにも怖い。
「お兄ちゃん、居たの……ご飯」
「……おっ、おお」
すっかり暗くなった部屋のドアを妹がノックして、閉じてしまっていた目を開く。
どうやらそのまま少し寝てしまったようだ。
手間かけさせないでと背中に書いてある妹の後ろ姿を見ながら台所へ降りていく。
テーブルには大盛りのサラダ、豆腐とねぎのお味噌汁、鮭のホイル焼き、そして白米が並んでいた。
箸をつける前にパシャと写真に撮るのはここのところ陽菜の日課だ。
「いただきます」
「いただきます。ちょっとコショウ振りすぎたかも、しょっぱかったらごめんなさい」
「んっ、飯食うにはちょうどいいよ。美味い」
「そう。あっ、来週からコンクールメンバーを決める争いが始めるから、ちょっと帰って来るのが遅くなる」
陽菜は箸を止め、少し思いつめた顔で言う。
妹は吹奏楽部に入っていて帰って来るのはいつも早い方ではないが、来週からはさらに練習時間を延ばすのだろう。
夕食は適当に済ますぞと前から言っているんだけど、食生活まで乱れたらお兄ちゃんはやばいと聞き入れてくれず、いつも台所に立ってくれる。
「そうか、夕食のことなら気にしなくていいぞ。いざとなったら何とでもなる」
「まっ、ご飯作るのは趣味みたいなものだから、遅くてもいいなら平気……気分転換になるし」
「ならいいけど……部活どうなんだ?」
少し気持ちが沈んでいそうな妹に情けない兄がかけられる言葉は、そんな安いものしかない。
眉間にしわが寄る陽菜の表情を見て、聞かなければよかったと思ってしまった。
「あっー、……今年は吹きたいからね。やれるだけはやってみるつもり」
こんなふうに一応会話になるので、兄妹の仲は悪くはないのだろう。
家族の中で一番話をするのが一緒にいる時間も多い妹だ。
「明日は日直だから、俺、いつもより早く行くよ」
「そう……なら、私も朝練あるから、いつもよりはやく出る」
「……今朝、ありがとな」
「えっ、なに? 面と向かって気持ち悪いな……特に何かした覚えはないけど……もしダメでも、何事も頑張ることが大切、なんじゃないかなと思ってる。あっ、いま陽菜いいこと言った」
「頑張る……か」
たまにどっちが兄貴なんだかわからなくなる。
頑張っている妹と頑張らない兄。
周りにはおそらくそう映る。
少し箸が止まりながらも、俺はいつも通り夕食を完食した。
隣通しだからこその回ってきた日直当番。
明日の日直は波風立てず無難にやり過ごそう。
そんな気持ちに行きついた前日夜だった。