意気消沈
「……」
彼女は固まっているかのように、何も言わず沈黙する。
一瞬、聞こえないのかと思ったが、音楽を聴いている様子もないし、言葉が届かなかったというのはなさそうだ。
つまり本当に無視されてしまったということ。
今までの学校のことだけなら、それも仕方のないことだった。
俺も女子にこんなふうに挨拶したことなんて高校に入ってから初めてだし。
高崎さんは高崎さんで、おしゃべりが得意でなさそうなのは、すでに分かっているし。
だが、あのイベントを経てのこの状況は、俺の脳裏にあの失敗を否が応でも蘇らせる。
「えっと…………つ、通学路に野良猫がいてさ、ちょっと太っちょの白い子。それが可愛くて思わず撫でちゃったよ。ははは……」
何か話さないといけないと思い、ふっと頭を過ったのは、あすみたんが大好きな猫の話題だった。
あっ、これ完全に高崎さんと神崎さんを混合してしまっているのか?
「……」
その大きな瞳がピクリと反応して少しだけ動いた、気はした。
だが、やはり言葉はない。
あれは夢だったのかと思わず肩を落としようになる。
高崎さんは女の子なんだ。反応がなければ、そこを意識してしまい言葉をどんどんかけづらくなってしまうのが俺だ。
なんだか高崎さん、その存在自体を消しているかのような反応で少し躊躇も生まれるが、
「えっと、えっと……」
「……」
もう一度くらいならと思い、それでも今度はすぐには言葉が出てこなかった。
なにかないのか?
しばらく考えた後、メッセージでならと思いつく。
スマホを出すとあすみアプリに指が触れてしまったのか……
『もう、学校では話しかけないでって言ってるでしょ! そ、それでなに?』
「ご、ごめん。またあとで話すよ」
目覚ましの後、音量を下げていなかったため、あすみたんの声が教室内に大きく響いてしまった。
高崎さんはそれを聞いてビックリしたのか、俯いてしまう。
それならばと謝罪のメッセージを打とうとしたが、2度の沈黙が相当応えたのか、指が固まってしまったかのように動かない。
そして、あすみたんの声を合図とばかりに、
「広瀬、お前さっきから何高崎さんに……は! まさかお前、ついに三次元に目覚めてしまったのか?!」
「かぁーっ、そうか。ついにあの広瀬も。そうかそうか」
「え? マジなの、広瀬?」
割と仲がいい男子連中に一斉に囲まれた。
どうやら俺が高崎さんにアプローチを試みていたのが、周りには筒抜けだったらしく――
「ち、違うんだ。これは……」
「違う? 照れんな照れんな。大丈夫だって」
「いやだから……」
高崎さんはあすみたんの声優さんなんだ……とはこの場では彼女の性格を考えると口が裂けても言えるわけがなかった。
「だから今日はいつもの布教活動してないのか……」
「わかる、わかるぜ……高崎さん可愛いもんな」
こいつら……
彼らの反応を見て、改めて高崎さんが美少女であり、クラス内でも絶大な人気があることを再確認することはできた。
だがそれは、俺が高崎さんに話しかける機会を失うには十分な理由にもなる。
その多数の目が話しかけようとするだけで、こちらに向いてしまうこともあって、そのあと俺は一度も言葉をかけることなく時間が過ぎていく。
彼女が教室を離れた時もあとを追おうものなら、周りから揶揄されてしまい、どんどん意識して、恥ずかしくなって……
ホームルームを迎えるころには、高崎さんと話そうという意志はすっかりなくなってしまっていた。