早すぎる再会
翌日月曜日。
大きなあくびをしながら階段を下りていく。
「おはよう……って久しぶりに見たその顔。徹夜?」
「いや、少しは寝たんだけどな」
「またなんかのめり込んでるの……今日は陽菜がご飯作るから、休んでなよ。それじゃあ一日持たないよ」
「悪い、それじゃあ今日は甘える」
朝食が出来るまでのわずかな時間を使ってDVDを鑑賞する。
りそヒロのアニメオリジナル回。
漫画などが原作の場合、そのストックに追いつかないよう原作にない話を制作サイドが考えるのだ。
りそヒロとおさサイのオリジナル回は少し勝手が違うが……。
「やっぱ、何度見返してもこの回色々心に残る」
りそヒロのファンの中でも話題になることの多いオリジナル回。
それは個人的にも大好きな話。
原作のキャラをそのままにそれまでの放送では明かされていないことを、存分にらしさを出して表現していた。あすみたんの1日を朝起きてから夜就寝するまでを主人公との絡みを交えてわかるようにしていて、彼女のちょっとした内面にも触れている。
このシナリオを担当した人が昨日パーティー会場で会った小山サキさんだった。
「お兄ちゃん、そろそろ出きるよ」
「おう」
今日の朝食はホットケーキだった。
「あの話は陽菜的にも好きだよ」
「やっぱりそうか、あの回があるからその後のあすみのキャラがより掴んでいけるんだよな」
「うんっ、陽菜もそう思う。何してるか知らないけどあんまり根詰めすぎないようにね。ちゃんと睡眠はとって」
「お、おお……」
陽菜にそんな苦言を呈されての食事を終え俺たちは家を出る。
いつも通りスマホで今日のスケジュールを確認する。
今週はイベント等はあまり入っていなくて割とスケジュールに余裕があった。
まあそれでも普段よりはで、忙しい事に変わりはないんだけど。
高崎さんといつものように登校すると、少ししてから駒形さんもやって来た。
「おはよう。小山さんのシナリオが気に入ってるって話だけど、昨日会ったのよね?」
「うん……けど、なんか忙しかったみたいで話は出来なかったんだ」
「……」
「……」
高崎さんと駒形さんは互いに顔を見合わせる。
「小山さんはなんて……?」
「えっと、たしか……機会を改めてまた会いましょう……とか、そんなこと言ってた」
「どういうつもりなの、あの人!?」
「えっ、駒形さんも小山さん知ってるの?」
「まあ、何度か話したことあるし、それにあの人はね……」
高崎さんと目を合わせると、無音で合図を送るようなやり取りが始まった。
なんだそれは……。
この2人の仲では意味が通じているようでお互いに頷きあうと同時に声を開く。
「広瀬君、実は……」
「広瀬、実はね……」
ちょうどクラスメイトも登校してきて教室は賑やかになっていく。
「なあ、誰だったんだよあの人?」
「先輩らしいけど、あんな目立つ人高崎さんと駒形さんの他にもいたんだな」
「「っ!」」
その声を聴いて、高崎さんと駒形さんは目を見開いた気がした。
「お、おい、広瀬。あの先輩が話があるってよ」
直後、クラスメイトが俺の肩を叩いて廊下を指さす。
そこには眼鏡をかけた小柄な美少女が立っていた。
クラスメイトの恨めしそうな声を背に俺は廊下に出ていく。
「ここじゃ何だから、場所を変えるね」
「……はっ、はあ……」
どこかで会ったことがあるようなないような、そんな印象の彼女の後に付いていきながら静かな視聴覚室へとやって来る。
「ここなら静かに話せそうね。で、なんで2人が付いてくるの?」
「あなたが何するかわからないからでしょ!」
駒形さんの言葉に高崎さんも頷く。
「話を聞くだけよ。あとそうね。お礼を言っておきたくて」
彼女は口元に手をやるとやんわりとほほ笑んだ。
「すいません、どこかでお会いしましたか?」
「……そっか、そっか。学校じゃ眼鏡だからね」
笑顔のまま眼鏡を取ると、誰なのか一目瞭然だった。
「小山サキさん……えっ、同じ学校だったのか」
「だからまた会いましょうって言ったでしょ。まあ、あんまり私学校来てなかったけど……それで私に聞きたいことって?」
手短にアニメのシナリオライターに興味があること、小山さんのシナリオに感銘を受けたことを伝える。
「それは光栄ね。シナリオ、今まで書いたことは?」
「いえ、ありません」
「……私は広瀬潤君、あなたに感謝してる。りそヒロとおさサイのコラボイベントのプログラム。あれに少しだけ関わっていたの。会場でも見ていたわ」
「はあ……」
「咄嗟の機転、判断力、作品に対しての知識は大したものね。君、マネージャーに向いてるわ」
小山さんは腕組みをしながら俺を見据える。
「どうも……」
「けど、ライターに向いているかはわからない」
「……ちょっと、やりもしない前から気持ちが落ちること言うもんじゃないわ」
「広瀬君はやってみたいと言ってます」
高崎さんと駒形さんがムッとした顔で抗議のような反応をしてくれた。
「わからないと言ったのよ。2人ともプロでしょ。好きだから出来るってそんな甘い世界じゃないことは承知してるはずだけど……」
「それはそうだけど……」
「それではそうですけど……」
「学校一緒だし、時間がある時なら知っていることは教えてあげられるわ。やりきる覚悟があるならね」
「……」
高崎さんと駒形さんが引きつったような顔をする中、俺は意味深なその言葉に少し臆してしまいそうになりながらも、頷いていた。




