推しヒロインの声優さん
週明けの朝。
高崎さんをマンションまで迎えにいく。
今日はなんだか足取りも軽い。
懸念事項はすでに解決したからか、でもそれだけじゃない気もする……。
そうだ。俺自身、朝からりそヒロやあすみたんの話題で盛り上がれるのはやっぱり楽しみなんだ。
その気持ちはずっと変わらない。
だからか、マンションが近づいてくると、何だか小走りになってしまう。
そんな俺の姿を見つけて、高崎さんは軽く手を振り、笑顔を作ってくれた。
「おはよう、広瀬君」
「おはよう、高崎さん。あっ、富田さんも……二日酔いは大丈夫だったみたいですね」
「おかげさまでね。これ、今週の細かなスケジュール。今日からまた改めてよろしくね」
「はいっ」
ほんと、出会った頃とは別人のようにスムーズにやり取りできるようになっている。
変わったよなと思いつつ、富田さんに見送られ、ゆっくりと歩き出した。
「広瀬君のおかげで、昨日のイベントの評判もよかったみたい」
「それ高崎さんが頑張ってたからだよ。あそこにいた小さな子もファンになってくれてたら嬉しいよね」
「う、うんっ! あすみのイラストも小さい子にも人気あるもんね」
「っ?! そ、そうだね」
相変わらずあすみの話題になると途端に饒舌になり、興奮したように頬を染める。
そんな昨日のイベントやりそヒロのこと、今週の仕事について話題にしていると、すぐに校舎が見えてきてしまう。
(んっ?)
「もうちょっときつくネット張った方がいいかな? ね、ねえ、あの子?」
「か、彼女じゃないか。お前、声かけてみろよ」
まだ時間が早いということもあって、登校する生徒の数は少ない。
校庭ではやっと運動部が朝練の準備をしているころだ。
なのに、なんだか今日はやたらとみられている気がしたし、ひそひそ話をしているのも目に付く。
「な、なにかあったの、かな?」
視線が集まっていることになんとなく気づいたのだろう。
高崎さんも小首を傾げる。
これまでも男子生徒が高崎さんを幾度となくチラ見していることはあった。
誰がどう見ても美少女だし、目を引く容姿だからそれは当然でもある。
だが今日は女子もだし、いつもとは明らかに違うな。
まあ、こうなることはある程度予想していた。
というのも、昨日のイベントは今までとは違いオープンイベントだ。
しかもその場所は、少し離れているとはいえお客さんの多い日曜日のショッピングモール。
そして、校内では駒形さんフィーバーはまだ継続中で、俺は何人かは同校の生徒の姿を確認している。
「昨日さ、おさサイのイベントもあったから」
「あっ、そ、そっか……あれ、も、もしかして広瀬君の策ってこれも見越して?」
「イメージダウンは避けたかったから、そういう意味では見越してたかな。たぶん今日が見逃しちゃいけない日。あっ、大丈夫?」
「やっぱりすごいなあ。へ、平気」
どこか不安そうな表情に映るもののふうと息を吐いて彼女は頷く。
高崎さんはいい意味でオンとオフを使い分けているし、そこにギャップがあってより魅力的にも感じる。
富田さんは絶望的なコミュ障と評していたけど、それだって随分改善してきたし、もう以前までの高崎さんとは違う。それは俺が一番肌で感じている。
クラスでも口数も増えた。だからこその彼女の魅力に気づている人も多いはずだ。
だから余計に今のままじゃもったいなくも感じる。
鞄をぎゅっと持つ彼女の指先は少し震えていた。
でもその目はイベント前と同じで決意したように真っ直ぐ前だけを向いている。
そんな様子を横目で気にしながら、まだ誰もいない教室で俺たちは並んで腰かけた。
「よ、よしっ。ひ、広瀬君、あの……」
「大丈夫、何も心配いらないよ。そのままの高崎さんで、感じたことをそのまま言葉にして伝えればいいと思う。何かあったらフォローするからさ」
「っ?! ありがとう」
「いや、そんな大したことは……そうだこれ、2冊目のノート。一応その辺のこと書いておいた」
「い、今のうちに読むね」
パット表情が明るくなり、ノートの1ページを目を開いた。
ノートに書いた方が伝えやすいこともあるし、イラストも添えられるしでアナログだけでこれはこれで悪くない。
「ふ、ふっ……私も広瀬君を応援する」
「っ!? う、うん」
高崎さんはくすりと口元を緩める。
ノートには俺も何か打ち込める物を見つけたいとは記しておいた。
だがそれはマネージャー業を疎かにするつもりは一切ない。
刺激を受ける環境だし、その中で自分が何が出来るのかを……。
そんなことを考えていると、他のクラスメイトが1人、また1人とやってきて、クラスの半分が集まった時には高崎さんは完全に囲まれていた。
廊下から覗き込んでる生徒もいる。
その比率は断然女子率が高い。
今まで話したことがなくて気になっていた子がこの機会にとすかさず声を掛けている。
そんなところかもしれない。
「昨日見たよ、神崎結奈さん。あれ高崎さんなんでしょ?」
「りそヒロ面白いね。知ってれば応援したのに」
「うちらおさサイのステージみてさ、そのまま帰ろうとしたら、あれえ? ってなって。あっ、ごめんね大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ちょっと驚いてしまって……」
グイグイと迫られ、その興味を帯びた瞳に圧倒され気味の高崎さんは引きつったような顔を浮かべる。
「ほらほら、高崎さんが怯えてるでしょ。いきなりはダメだってあれほど言ったのに」
唯一、高崎さんと交流を持っていた女の子が庇うように抱きしめ頭を撫でた。
途端に周りの女子は私もと手を上げる。
なんだか小動物のように可愛がられているな。
彼女も恥ずかしそうに俯くが、その表情はまんざらでもなさそうでなんだか嬉しそうだ。
クラスメイトに恵まれていることは確認済みだし、彼女の反応をみても心配なさそうでほっとする。
高崎さんは黒糖あすみに憧れを持っているのかもしれないな。
自分にないものを、こうなりたいと願って……あすみはもう高崎さんの一部なんだ。
「よお、広瀬。お前昨日あのステージの傍にいたよな?」
高崎さんに近づけない仲良くしているクラスメイトが聞いてきた。
「そういえば広瀬君もすぐ近くにいたよね?」
「えっ……?」
「いた、いた。なんで、なんで?」
「いや、それは……」
突然、話を振られてしまい困惑していると……。
「広瀬君はりそヒロもおさサイのことも詳しいので、お手伝いしてるんですよ。そうですよね?」
「お、おう……」
登校してきた駒形さんが周囲の状況を確認し助け舟を出してくれた。
彼女のことだから廊下にいる人数も確認してきたのかもしれない。
「へえ、そうなんだ。駒形さん、おさサイのイベントもよかったよ……それで、広瀬君、りそヒロの原作持ってるよね? 今更だけど貸してくれないかな?」
「あっ、私も」
「俺にも貸してくれ」
「……もちろん」
推し作品の布教。
それは入学当初から俺が望んでいたことだ。
それが現実になって、教室のあちらこちらでりそヒロの話題が上がる日が来て、なんとも感慨深い。
「し、心配だから、これからも傍にいてあげる」
(なっ!)
そんな俺の感極まりそうな顔を見てか、高崎さんがあすみの台詞をアレンジした。
「すごい!」
「今のがあすみたんだよね」
興奮気味の周囲をよそに高崎さんはこっちを見て恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
改めて思う。
隣の席の美少女は推しヒロインの声優さんかよ、と。
今話もなんとか更新できました。
次話も精いっぱい頑張ります。




