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打ち上げ

 その後、警察に少し事情を聞かれたけど、富田さんは終始不機嫌だった。

 事前に相談していたのに、事が起きてしまったこともあり、親身になって動いてくれなかったことへの不満。

 それを嫌味を込めて遠慮なく吐き出しているのを見て頼もしく思う反面、敵にしたくないと切に思う。


 犯人は高崎さんに好意を持っていたようだけど、ストーカー規制法を適用するような行動は厳密には起こしていないし、嫉妬のヒロインとあの脅迫文から予測を立て、動けるとしたらりそヒロマニアだけだ。

 その段階で警察の人がどうこう出来たかというと今思えば疑問が浮かぶ。


 現に、作中でのそのハンドルネームや美術部であるという似通った点、その作品の再現度合いについて話しては見たものの、時折首を傾げながら話を聞いていた。



 そんな時間を過ごし、日が暮れた頃。

 俺たちは急遽予約した焼肉店にいた。


 通されたのは、足がゆったりと伸ばせる個室のお座敷席。

 テーブルには贅沢盛り合わせという和牛の様々な部位と上タン。

 牛タン・カルビの3点盛。

 和牛カルビに和牛ロース(焼いたお肉をネギに巻いてポン酢で食べるらしい)などが並び、陽菜も合流した打ち上げはすでに始まっている。


 外観は白を基調としたおしゃれな雰囲気で、1人頭予算どのくらいだろうかと少し興味を持ったけど、じゃんじゃん注文する富田さんと駒形さんを見て、考えるのをやめた。


「あっ、そのタン焼けてるよ……それでお兄ちゃん、妙な準備までしてたけどさ、結局役に立ったの?」

「ま、まあな……うまっ」


 お守り代わりに仕込んでおいた声優雑誌やノートに、あ、穴が開いてしまったけどな。


「ほんと陽菜までお呼ばれしてよかったのかな……」

「当然でしょ、妹ちゃんには前回私たちお世話になってるしね」

「なんか駒形さん綺麗になってませんか?」

「そお? まあ、私は可愛いからね」

「……あっ、そうだ。来る途中に見たけどさ、なんかネットで今日のイベントのことすごい勢いで話題になってたよ。もしかしてお兄ちゃんまた何かした?」

「まあ、やるべきことは……」

「してたわ。それに、広瀬は掲示板もさっきちゃーんと目を通してたみたい。私たちにとってイメージって大事だからね。その点も考慮して綿密な策を立てたのよ。まあ、ほんとにその通りにやれる人なんてほとんどいないけど。ほら、こっちも焼けてるわよ、どんどん食べて体力付けないと、マネージャー業の掛け持ちはきついでしょ」

「お、おう……って、まだやるって言ってないからな」


 駒形さんの言う通り、りそヒロの掲示板は気になってすでに覗いていた。


『神崎さんが出演するイベントは全部神』

『今日のイベント、途中客席の子と魂の掛け合いみたいなのあったけど、あの演出良かった』

『その子、りそヒロのわき役で多分出てる。声聞いてピンときた』

『マジか、もっと出番増やしても良くね? 2人のやり取りもっと見たい』

『最後の2期への予告もなんかサプライズ感すごかった』


 本日のイベントのスレはいくつか立っていて、好意的なコメントが並びそれをみてようやく少し肩の荷が下りた気がしたんだ。


「結奈ちゃんも今日は気にせず食べて大丈夫でしょ。ほら、野菜も」

「うん……今日は飲むんですね?」


 富田さんはご飯を頼まず、肉をつまみにして生ビールを飲んでいた。

 高崎さんの件で気が滅入るくらい心配していたのは俺だけではない。

 やり取りからして、ずっと禁酒してたのかもしれないな。

 ほんと考えていないようで、この人侮れないんだよなあ。


「車も置いてきたし、たまにはね……んっ、お姉さんの飲みっぷりに、もしかして見惚れてる?」

「ち、ちがっ……か、香織、ちゃんと食べてるか? ダイエット中じゃないならしっかり食べろよ」


 目が合ってしまい、誤魔化すように香織の方に話を振る。


「潤のうちで美味しいご飯を食べさせていただいたせいで最近ちょっと……じゃなくて、食べ過ぎない様に注意してるの!」

「このポン酢で食べるやつ美味いぞ、ほれ」

「ほんと! ありがとう」

「……だいぶ、お兄ちゃんとかおりんも普通になって来たね」

「「っ?!」」

「あっ、ごめん……そうだ、かおりん、どうだったイベント?」

「うん……陽菜ちゃんの言う通り、おさサイとりそヒロのステージ凄かった。2人が人気があるのわかった、気がする」

「よかった、いい顔してる。完全に吹っ切れたみたいだね……もしかして、それもお兄ちゃんの策だったりしてね」

「……そう、なの?」

「し、知らん」


 なんだか俺に視線が集まっているような気がして、しばらく黙っていようとご飯を食べ始める。


「今度、桐生さんの描いた絵、見せてよ」

「あっ、私も見たい、です」

「ぜひ見てほしいかな。2人とも感想聞かせてね」

「広瀬君、何か飲み物追加注文しますか?」

「じゃあ、ウーロン茶を……」


 終始和やかな雰囲気だった。


 頻繁にご飯を共にしているだろう、高崎さんと富田さんの関係性も垣間見れたし、駒形さんと香織も数日でやけに仲良くなっているのも知ることが出来、途中から高崎さんはやけに積極的に話をしていたようにも思う。


「ふーん、お兄ちゃんもこれから大変だね。妹としては楽しみだけど。あっ、陽菜良いこと言ってる」

「はっ……?」


 その様子を興味深げに見ていた陽菜が楽屋の富田さんと同じような顔で呟いたのが印象に残る。



 そんな久しぶりの外での食事だった。

 昼間と同じくらい膨れ上がったお腹を見ると、たくさん食べたんだなと思い知らされる。

 いつの間にか富田さんがカードで支払いを済ませていたことに驚きつつ外に出ると、ひんやりとした風が頬をかすめた。


「ひ、広瀬君、今日は本当にありがとうございました」

「そんな大したことは……ゆっくり休んでね。もう日課になってるし、明日も迎えに行くから」

「っ?! う、うん」

「……ちょっといいですか? あー、おほん。お開き寸前にいうのもどうかと思うけど、陽菜は無事にコンクールメンバーに選ばれました。その色々とお世話になってるので、ご報告だけはしておきたくて……なかなか言い出せなくてすいません」

「そ、そうか。がんばったな」


 陽菜のその言葉を聞いて、兄の俺が一声かけたと同時に、高崎さんたちは喜びを爆発させあっという間に妹を囲む。

 その様子を横目に、俺は富田さんに小声で話しかけた。


「あの、夕食の分バイト代から天引きしておいてください」

「あはは、ほんと真面目くんだなあ。でも残念、何を言われてもここはお姉さんの奢りよ。たまには大人ぶったことしないとね」

「いや、たまにじゃないような、毎回お土産ももらっているような……なら、ええっと、ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

「あっ、お酒強そうですけど、随分飲んでたみたいだから、水分多めに取ってくださいね」

「……ほんと頼もしいね、君は……ほら、桐生さんが何か話があるみたいよ」

「えっ……お、おう。どうかしたのか?」


 高崎さんと駒形さんから質問攻めにされている妹をよそに、香織がそおっと1人近づいてきた。


「陽菜ちゃんも頑張ってるし、私も頑張らないとなあと思ってさ」

「そ、そうか……そういえばちゃんとお礼言ってなかった。今日はほんと助かった、悪意の視線やっぱりわかるんだな」

「それは……あの日も周囲にそういう人が何人もいたから、かな」


 あの日というのは、1年前俺がりそヒロと出会った日のことか……。


 まてよ……香織は嫉妬や妬みの話題を出した時、上手く立ち回れなかったと言ってた。

 いやそれだけじゃない、

 駒形さんに嫌がらせをしようとしていたあの先輩たちを見て、心底怒っていた様子だった。


(あっ!)


 もしかして……。


「なあ、それって……」

「ふっ、やっぱり鋭いんだね。たぶん、潤の思った通りだよ。あの時、いっぱいいっぱいだったのは確か、かな。今更だけどね……それでも、伝わったならなんかちょっと嬉しいかな」

「……」


 なら、あの日のことは香織にとっても苦い思い出のはず。

 だったら俺が今更それをわざわざ言葉にさせることはない、か。


「そ、それよりさ、私も手のけがはもうすっかり治ったし、あのイベントを見て、2人からもすごく刺激を貰った」

「そうか……」


 だって、今の香織の表情は悲哀はなく、どこか少し楽しそうに俺には見えるから。

 月明りに照らされた彼女の顔は、過去よりも、今をその先を見ているようなそんな前向きな様子で、至近距離ということもありちょっと見惚れてしまう。


「ふっ、なんか最近よく目逸らすね。えっと、だから私も自分が描いた絵を見てくれた誰かを応援したり、勇気づけられたりするように、ちょっとでもそう出来るように頑張るね。だ、だからさ、そんな今の私を潤に見てほしいの」

「っ!? お、おう」

「……あ、あのさ、疑っているわけじゃないけど、い、今のうちに約束でもしておこうか? ああ、ずるいかなこれ……? で、でも、幼馴染だしいいよね!」

「よくわからないけど、いいんじゃね」


 遠慮気味に出された小指に自分の指を絡める。

 昔と同じ約束の指切り。

 久しぶりということもあるのか、それだけで鼓動が増したし恥ずかしさからかまた目を逸らしてしう。


「あ、ありがとう」

「お、おう」


 お礼を言う香織は高崎さんや駒形さんにも負けない、虜にしてしまいそうな笑顔だった。


 たぶん精いっぱいの過去の吐き出しで、大事な今をその先をもう香織は見据えているんだ。

 そう思うと、なんだかこっちも気持ちが軽くなる。

 昔の関係に戻れるというよりも、それがあっての今の関係を築いていける。そんな気がした。


「人前で堂々と指切りなんて見せつけてくれるじゃない。広瀬、近々オーディション受けることになったから相談に乗りなさいね」

「お、おう」

「ひ、広瀬君、明日からも私頑張るから」

「う、うん」


 2人に詰め寄られ、まくしたてられるようにそんなことを言われた。


「……ほんと、負けてられないよね」


 その様子を見てぽつりと香織がつぶやいたのが聞こえた。


 駒形さんや高崎さんは人を変えられる力を、一心不乱に打ち込める物がある。

 陽菜や香織もそれは一緒だ。


 俺もマネージャー業をしながら、何か自分が挑戦するものを見つけたいな。

 俺はそんなことを心の中で考えていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 余裕が無かったとしても幼馴染をフって傷付けたにも関わらず主人公を放置していた香織 過去の自分の所業をまるで無かった事にして今の自分を見てと言う香織に呆れちゃいました 困ってたら助けてくれるし…
[一言] 雑誌やノートぐらいで防げて良かったねえ… あ、ちなみに前回のやつ「arsimus Handcrated Chainmail Vシェイプ」で検索していただければ/w ちょっとこれはバレットナイ…
[良い点] マネージャー業に励むのもいいですが、自身のフラグ管理を疎かにすると修羅場まっしぐらですよ。 [一言] まだエンジンすらかかってないヒロインもいますから、次の章で関係が大きく動く可能性はそこ…
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