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モール内でのイベント

 週末の日曜日。

 都市部から少し離れた郊外にあるショッピングモール内、その中央にあるイベントステージが今日の会場だ。


 下見もかねて数日前も訪れてはいたが、休日ということもあって開店したばかりでもすでにそれ以上に多くの人で賑わっている。

 高崎さんはおさサイ用にあしらわれた『幼馴染は最強で最高です』のタイトルとみゆきのちびキャライラストが縁取られたステージの壁を背にして、少し引きつったような顔をしたが、すぐに両胸の前で握りこぶしを作った。


「よしっ!」


 どうやらそれは彼女が気合を入れるときのポーズらしい。


 そのままモール内の改装中のスペースを横切って、駒形さんたちが使っているという楽屋を訪れる。

 入りの時間よりも早めに来たのはこのためでもあった。

 普段は倉庫として利用しているのか、部屋の外には段ボール箱がいくつか積み重なっている。

 それでも中は掃除が行き届いていて、パイプ椅子と長机が並び、その上に軽食と飲み物が置かれていた。


「失礼します……」


 ノックして中に入ると、その目が一斉にこちらを向いたこともあり、一瞬たじろいでしまう。

 おさサイの他の声優さんを見るのは初めてで緊張する。


「広瀬君、た、じゃなくて神崎さん、桐生さんも来てくれたんですね」

「ことはさん、応援してます。頑張って、ね」

「こういうイベントはじめてで、楽しみです。応援してます」

「ありがとうございます。モール内をこれでもかって温めて、バトンタッチしますからね」

「はいっ……あ、あの、お、お、お疲れ様です、神崎結奈と言います」


 高崎さんはおさサイの声優さんたちに深々と頭を下げながら挨拶して回っている。

 香織は初めて訪れた簡易的な楽屋を目新しい様子で眺めていた。

 俺も一応他の声優さんに挨拶と思ったが、行く手を駒形さんに阻まれ腕を掴まれる。


「広瀬君は何か言うことないんですか? んっ、なにを照れて……あっ、似合ってますか、このTシャツ」


 先ほどまで念入りに見ていた感じだと、表情も強張っていないし、言葉に棘もない。

 他の声優さんも一緒ということもあり、特に目立つような緊張はしていないらしい。

 いつもと違うところといえば、メイクしていて可愛さがより際立っているように映る、くらいか。

 あと、おさサイのメンバーでおそろいのロゴの入ったTシャツを着ていてそれがやはり似合っている。

 態度は猫を被った人当たりが良さそうないい意味で外面モードだし、まあ心配はいらないな。


「誰でも照れるって……おほん、ちゃんとステージ上見てるからさ、駒形ことはの凄さを見せてよ」

「っ!? ま、瞬き一つさせませんからね。それと、こっちのことは頭にないと思ってました。さすが私のマネージャーですね、来てくれてなんか少しだけ、安心しました」

「お、おう……いやいや、マネージャーではないから」

「もうそこはマネージャーと言ってもよくないですかね。あれ、何かお腹周りがふっくらしているような……朝ごはん食べすぎじゃないですか?」

「ほんとだ。そんなに食べてたかな?」

「食べてただろ。は、陽菜のご飯が美味しすぎてな」

「ああ、なるほど。約束を反故にしないため……細工は流々仕上げを御覧じろ、という感じですか?」

「ま、まあ、そんな感じ」


 駒形さんは感づいたように、不敵な笑みを浮かべた。

 ちょうど話がひと段落したと思ったのか、おさサイの他の声優さんたちに俺たちは囲まれる。


「ことは、この子が敏腕マネージャー君?」

「へえ。可愛い子じゃない。ねえ君、お姉さんのマネジメントもお願い出来ない?」

「えっ、あ、いや、俺、神崎さんのマネージャーなので……す、すいません。俺たちもちょっと準備があるので失礼します。ステージ楽しみにしてます」


 挨拶と激励を終えて、楽屋を後にした。

 まだ早いが、高崎さんも自分の楽屋へと入り台本のチェックをし始める。


 少し離れた位置でその様子を見ていたら、富田さんが近づいてきた。


「これ、スタッフ用のTシャツね」

「へえ、あすみが大好きな猫と絵筆をモチーフにしてるんですね。今日の日付も入ってる……もう1枚欲しいんですけど!」

「無事に終わったらね。物販でも買えるけど、色が違うのよね」

「そう、なんですか」

「何か色々思案しているみたいだけど、どう、結奈ちゃんは?」

「イベント慣れはしているとはいいがたいので、多少は緊張してるみたいです。でも台本は読み込んでるし、今の神崎さんなら多少のハプニングも切り抜けられると思います」

「そう。さすがよく見てるね、ほんと君がいると心強いよ。今週も随分と準備してたしね。全力を出せるようにサポートしましょう……これ、インカムね。桐生さんの分も」

「はい……」

「ありがとうございます。潤、もう、なにその顔は……ほんと一生懸命だよね。2階から見て怪しい人いたら伝えるから聞き逃さないでね」

「おう」


 その後、出番が近づいてくるにつれて高崎さんの緊張が目に見えて大きくなった。

 だから少しでも気がまぎれればと、俺から誘ってステージ袖からおさサイのイベントを高崎さんと閲覧する。

 高崎さんと駒形さんはお互いを意識しているみたいだし、おさサイのステージを見ることはプラスに働くと思ってのことだ。


 すでに高崎さんはさきほどのあすみTシャツに着替えていた。

 メインヒロイン役が来ているとなんか違う雰囲気があるな。

 駒形さん同様に似合ってるし。


「……」

「……」


「最後にお知らせがあります。何とおさサイのアプリが現在開発中です。今夏の配信を予定しているようです。みゆき育成ゲームもあるそうです」


 舞台上のモニターに開発中のアプリ画面が映し出され、会場から声援と驚愕の声が聞こえる。

 ステージ付近には椅子が並べられ座っての鑑賞だけど、それよりも遥かに立ち見の人が多い。

 終了時間が迫っているにもかかわらず、足を止める人の数も増えている。2階からもステージ上を見下ろす人で溢れていた。

 駒形さんはその様子に後押しされるように、魅力的な笑顔を振りまく。


 高崎さんはといえば、ステージを見るために集まったたくさんの人を眺め頬に赤みが差していく。

 おさサイのファンとして同じ反応しているようだったが、すぐに体を小刻みに震わせた。

 それは悔しいという感情というよりは、緊張と武者震いのように俺には映る。


 今日のイベントはこれまでとは違う。

 作品のファンではない人も大勢いるし、客層も小さい子から年配の人まで幅広い。

 ステージが始まれば興味を持った人が足を止めるだろう。

 でも、その心に響かなければ容赦なく離れていくだろうし、それを高崎さんは否が応でも眺めることになってしまう。


 そういう意味で今までとは雰囲気が違うし、作品に興味を持ってもらう、新規のファンを開拓するチャンスでもある。だからこそ高崎さんにはいつもとは違った緊張感かもしれない。


「やっぱすげえな……」

「うん、さすがことはさん、有言実行でこっちも触発されちゃう」

「あ、あのさ高崎さん。今日も神崎結奈が凄いってところ、俺に見せてね」

「っ?! ま、任せて」


 高崎さんは俺の言葉をかみしめるように目を閉じて深呼吸した。

 その言葉だけでも以前より少なからず自信を帯びているのがわかる。

 俺はすぐ傍で神崎さんの頑張りを目のあたりにしてきた。今日の日の為に積み重ねてきたことを知っている。

 それを無駄にしないためにも今日も全力でサポートしよう。


 彼女は確認するように、俺を見つめる。


「どうかした、何か聞いておきたいことでも?」

「あ、あの、今日のイベント……」

「えっ……?」

「うんうん、私はただ頑張るだけでいいんだよね?」

「うんっ! あ、あのさ、俺は今日ステージを鑑賞してる人と同じくらいりそヒロの2期も楽しみにしてる。そして、神崎さんを高崎さんを信じてる。だから、その、目の前で何が起きても俺を信じて、黒糖あすみのありったけを見せつけて欲しい」

「っ?! は、はいっ!」


 高崎さんは力強く返事をしてくれた。

 俺の言葉なんかでどれくらい鼓舞できるかなんてわからないけど、ほんの少しでも彼女の背中を押せるなら、それに……たったこれだけのことでも、おそらく十分だ。


 おさサイのイベントは拍手喝采で終了し、りそヒロのイベント時間が迫って来た。

 すでにイベントステージ後ろの壁は、『理想のヒロインの見つけ方』のタイトルに変わり、ちびキャラのあすみの喜怒哀楽な表情が散りばめられそれだけで興味を引く。

 俺は1ファンとしてまじまじとそれを見つめるながらも、集まって来た人たちを念入りに眺め始めていた。

 そんな中、2階に移動した香織から連絡が入る。


『潤、前から2列目の左端の子と7列目の右から3番目に座っている人の利き腕ってわかる? あの人美術部だと思う』

「……左端の方は、ショルダーバックを左肩から掛けてたから左利きだな。7列目の方は右利きだ。利き腕は時計をしてる手なんかでもわかるから。イベント開始したら注意しておいてくれ」

『了解。おさサイのステージ凄かったね。熱気が凄く伝わってきて、駒形さんの魅力がなんとなくわかったし、それに個人的に少し勇気づけられちゃった』

「そっか……りそヒロも負けてないぞ。ステージもちゃんと見てろよ」

『うん……』

『おほん、お褒めいただいて光栄だわ。人だかりから外れた左の紺のワンピ着ている女の人、スマホ見つめながらステージ上を気にしてるわ。左利きだし、こっちで注意しとく。同じく左側ステージから40メートル付近の人も右に同じ』

「……さすが駒形さん、疲れてるところありがとう。ていうか、周りに気づかれてないの?」

『軽く変装してるし、すでに私よりも今か今かと神崎結奈目当て、りそヒロファンの人に熱は入れ替わってるからね。広瀬、無事に終わらせてみんなで焼肉でも食べに行くわよ』

「うん」

『そういうご褒美的なことあったほうがいいでしょ。そろそろ始まるわね。私たちを相手にするとどうなるか、見せつけるわよ』

『『「おうっ!」』』


 りそヒロのメインテーマがステージをそして会場を包み込む。

 高崎さんが俺に大きく頷いて、舞台上に飛び出していく。


「こ、黒糖あすみ役の神崎結奈です。今日はお集まりいただきありがとうございます。短い時間ですが楽しんで行ってください」


 神崎さんの挨拶と共にイベントは始まった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 左利きは右腕に時計をするって統計を取ったのですか? 自分は左利きですが左腕にしています 接客業をしている右利きの友人はトレイを持つのに邪魔だし、見ずらいからと普段でも右腕にしていました…
[一言] さて、どうなりますか。 さすがに、お腹にxx入れて、なんということは無いと思うのですが。
[良い点] 未然に防ぐのが第一、その次に穏便に済ませられるかどうか。騒動が起きてしまえば、少なかれど炎上しますからね。 [一言] 何か起きても、炎上せず収められる手段もあるにはありますけどね。
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