DVD
カフェの帰りの車中。
結局ケーキまでも食べてしまった高崎さんは後から後悔してしまっているようで、ずっと口をつぐんでいた。
「広瀬君、今日は色々ありがとう。また日曜日に」
「お疲れ様、こっちこそありがとね……あの、ご馳走様でした。お土産まで払っていただいて……」
それでも富田さんの車が自宅付近まで差し掛かると顔を上げ挨拶してくれる。
「気にしなくていいよ。あっそうだ、聞くの忘れてた。1週間マネージャーしてみて何か気づいたことはあった? ほら、結奈ちゃんと一緒にいるとき、例えば君みたいに高崎結奈を神崎結奈だと確信したような視線を向けられたことがあるとか」
「えっ、特にはそんな視線は……」
「そう……」
富田さんは珍しく落胆したように少し肩を下げたような気がした。
そんな様子を見せられてしまうと、車から降りようとしていたが動きがゆっくりになる。
「なにかあるんですか?」
「うんうん……」
富田さんは高崎さんを一瞥する。
高崎さんには俺たちの会話を気にする余裕もないようで、お腹をさすり必死にカロリー消費を考えているような苦労に満ちた表情だった。
「……」
「……はい、これ」
「なんですか?」
富田さんはそんな高崎さんを横目にし、素早く俺の鞄の外ポケットに何か入れた。
その表情はやけに真剣で少し険しかったので、思わず俺も反応して尋ねてしまう。
「宿題、かな?」
「それにしては……」
すでに富田さんはいつものからかいを帯びた笑みを浮かべている。
「しーっ」
「えっ……?」
「私は君を高く評価してるし、そして信頼もしてるよ」
「……それはどうも」
「まっ、今にわかるよ。それじゃあね」
車が遠ざかって行くのを見送り、すぐに鞄に入れたものを確認する。
「……これってDVD?」
ケースに入ったディスクが目に入った。
どうやらさっきの様子だと高崎さんにはあまり話を聞かれたくはないらしい。
あの人いい加減に見えて色々考えているからな。何か理由があるのだろう。
十中八九、神崎結奈にとって関係のあることだと思うけど……今夜にでも目を通しておくか。
そう思いながらおさサイのアプリを起動する。
機能をチェックしながら自宅までの短い距離を進む。
カフェでお土産を買っていくことは陽菜にメッセージしておいた。
香織の連絡先は知らないため、妹から彼女に伝えてくれるようにということも添えてある。
「あっ、潤、おかえり……」
「お、おう」
ちょうど家に入ろうとしていた香織とそこで鉢合わせになる。
「陽菜ちゃんからメッセージ貰って……ほんとに買ってきてくれたんだ」
「約束だからな。って、今帰りか?」
香織は制服姿で俺と同じように鞄を手に持っていた。
「う、うん……なかなか作品が仕上がらなくてさ、ちょっと苦労しちゃってる、かな」
「……何か悩んでるのか?」
「うーん、自分でもよくわからなくて……あっ、でも、そのケーキでまた頑張れるよ」
「そっか」
会話を重ねるごとに僅かずつではあるけど昔を取り戻しつつある、気がした。
この1年ばかりの失礼な態度を簡単に許してもらえてるわけではないと思う。
だが、またこうしてやり取りが出来る関係になりつつあるのは多少なりとも嬉しい気持ちがあった。
「ごちそうさまでした。陽菜ちゃんの料理もケーキもすごく美味しかった」
「えへへ、少しは上達ぶりを魅せられたかな。お兄ちゃんが送って行くから」
「じゃあ行くか?」
「うん……」
3人での夕食の時間は、前よりもリラックス出来た気がしたし、香織も口数が増えたように思う。
やはり、香織と陽菜の間の雰囲気は昔とちっとも変わらない。
それにこっちも引っ張られるのかもしれない。なんだかそれが懐かしくもあり、微笑ましくも思えた。
そんな穏やかな時間が過ぎたその日の夜、富田さんから渡されたDVDを見始める。
その映像は俺が参加してきた神崎結奈のイベントの様子だった。
まだ世に出回っている物ではなく関係者のみ閲覧出きるものみたいだ。
俺もその場に居たこともありその内容をこうやってみるのはなんだか新鮮に感じる。
「……」
通してみると、1つのイベントを超えるごとに、高崎さんの表情がどんどん魅力的になって行くのがはっきりとわかった。
ファンが右肩上がりで増えているという話も改めて納得がいく。
「惚れちゃう人も多そうだよな。だけど……これを見て、俺にどうしろと?」
宿題って言われても、DVDには多少お客さんの反応は映ったりして入るものの、あくまで主は高崎さんに向いている。
おさサイのコラボの様子もおさめられているが、カメラが向いているのはあくまで神崎結奈だ。
映像自体に何かあるのかとも思ったが、何度か見てみてもどこに問題があるのかがわからない。
俺には富田さんの意図が読めなかった。
それでも、俺が大好きなりそヒロという作品で、本人が認めてくれている1番のファンである神崎結奈の映像に何回見てもそのたびに目が釘付けになっていく。
それは夜遅くまで何度も何度も繰り返しても同じで、自分は心の底から高崎さんを神崎結奈を応援していることを再確認させてくれた。




