寄り道
その日の放課後、駒形さんは歌のレッスンを受けに行くということで途中で別れた。
俺たちは高崎さんの雑誌のインタビューのため2人で雑誌の編集部に向かう。
目的地はもうすぐそこだ。
早めに入るにこしたことはない。だが、それでもかなり時間に余裕がある。
高崎さんもそう思ったのか、先ほどからよく視線が重なった。
「……公園でも行って少し時間つぶそうか?」
「そ、その……公園より、そ、そこに」
彼女が俺の袖をつかみ、遠慮がちに指さしたのは古風な感じの甘味処だった。
入り口のドアには、5月は抹茶が主役のパフェと手書きでの貼り紙がしてある。
高崎さんが人見知りということもあり、取材前に余計な緊張はという想いが一瞬頭を過った。
だが、冷静に考えてみれば最近の彼女は2人きりでなくても以前より話を良くしてくれている。
それもあって、高崎さんからの誘いならと拒む理由が見つからない。
「……」
「ダメ、かな……?」
「いや、そんなことないよ。きょ、今日暑いし少し涼んで行こっか?」
「はいっ!」
夏を思わせるほど今日は外気温も高い。
公園で時間をつぶすよりも涼しい店内で休むのがベストだ。
はっきりとした返事と笑顔にたじろいでしまいそうになる。
グレーのちょっと大きめのカーディガンを着こなしている高崎さんがなんだか眩しく見えた。
「いらっしゃいませ~」
店内があまり混雑していなかったこともあり4人掛けのテーブル席へと案内される。
教室内の隣同士とは違い、向かい合いのこの状況はちょっとだけ恥ずかしい。
「えっ、えっと、なににしようかな?」
「時間もあるしゆっくり選んで大丈夫だよ」
「ううっ……」
だが、メニューを見て視線を彷徨わせる彼女を見てすぐに微笑ましく思ってしまう。
貼り紙通り今はお抹茶フェアを開催しているようで、パフェやらムースやらそれ単体のメニュー欄にやたら目を引かれる。
白玉ぜんざいなども興味をひかれるが、やはり抹茶系のものをセレクトしたい衝動にかられた。
高崎さんも視線を彷徨わせていたが、結局同じパフェを選択したようだ。
テーブルにそれが並ぶと、目を輝かせしばし無言でほお張っていた。
フレーク、抹茶クリーム、抹茶ゼリーに、抹茶のシフォンケーキが重なり、上にはこしあんに抹茶のパウダーとそのソースがかけられていて……陽菜にもあとで見せたくなった。
「あっ……」
「まだ食べてないから、よかったら」
「ありがとう」
笑顔でパシャリと写真を撮っている様子もなんだか絵になる。
そういえば聖地巡礼のときも美味しそうにたい焼きを食べてたな。
あすみも甘いもの好きだし……あっ、そうだ高崎さんもたい焼きが好きになってと言ってた気がする。
もしかして、和菓子的なスイーツに特に目がないのかもしれない。
「……やっぱり高崎さんも、甘い物好きだったりするの?」
「う、うん……あすみを演じるようになってからは特に。なかなか1人だとこういうところ来られないから、そ、それにほんとは富田さんに甘い物控えるように言われてて、こしあんとか見ると食べすぎちゃって、ううっ。で、でも、この前通りかかった時フェアの張り紙がしてあって……その時はちゃんと我慢したんだよ。和パフェすごく気になったけど」
メディアの露出が増えて見た目にも気をつかって欲しい……というよりも、あまりにも和的な甘いものに目がなさすぎるからブレーキを掛けている感じかな。
和スイーツ好きか……いや、何か可愛らしいな。
「そ、そうなんだ。あの人わりとそういうところ厳しそうだからね」
「そうなの。ご飯もよく一緒に食べるんだけど、野菜をたくさん食べるようにとか、デザートは別腹じゃないよ、とか、よく小言をならべられたりしちゃって……お母さんみたい、こ、これ怒られるかも」
「なんか羨ましい様子が浮かぶんだけど……あー、この状況がばれたら俺も怒られそうだな……」
あの人の場合、俺を集中的に怒りそうな気がしてならない。
「ひ、広瀬君とならって思ってて、その、ご、ごめんなさい」
「っ! いや、謝らなくていいよ。富田さんには内緒にしておこう……もしかしてここ最初から来たいと思ってた?」
「仕事の前に時間があれば、さ、誘ってみようかなって……ほ、ほら、成功したご褒美。事前だけど。ううっ、なんか、恥ずかしい」
その言葉通り、高崎さんは顔を赤く染めて俯き加減だ。
いや可愛い。
そんな様子を魅せられてしまい、俺の鼓動もなぜか増した気がする。
「そうか。じゃあ今度からは何かそういうここぞという時の何かを俺も考えるようにするよ」
「……広瀬君、私に甘いよ」
口を尖らせジト目を向けられる。それはもっと厳しくしてというようにも取れる。
だが、そこで高崎さんは何かを思い出したように少し俯き加減になってしまった。
「どうかした?」
「……そのことはさん……」
「……ああ、今日の駒形さんやたら目立ってたね」
「えっ、うん。ことはさんの気持ち、なんとなくわかるから……私も刺激されちゃって」
だから、今日は学校でもなんか気合いが入っている感じだったのか。
「そっか……あ、あのさ、その時が来たらりそヒロも学校中に広まると思う。そのタイミングを俺は絶対に逃さないようにするからさ。だから高崎さんは高崎さんで変わらずいつも通り頑張っていれば……って、慰めてるとかじゃないんだけど、ご、ごめん」
「うんうん、すごいなあ……広瀬君は言葉に出せない不安もちゃんと察してくれてケアしてくれる」
「……そ、そこはお互い様だよ。俺も高崎さんにすごく、助けられてるし。えっと、その……お節介ついでなんだけど、不安なことや何か言いにくいことがあったしても、伝えてくれれば必ず打開策を考えるからさ。1人で悩んだりしないでね」
言葉にしたことがなんだかこそばゆくて苦笑してしまう。
でも、伝えてこそ意味があることだとも思うから。
「っ! あ、ありがとう。頼りにしています……あーあ、ことはさんが広瀬君を求める理由、たぶん私が一番理解してると思う」
「えっ?」
「あっ、うんうん、こっちの話。気にしないで……よしっ、インタビュー頑張るね。見ててね」
「おう」
少し気持ちが晴れたようなすがすがしい顔で、高崎さんは残り少なくったパフェをスプーンで掬った。
その後――
インタビューは、雑誌の編集部で行われた。
会議室のような部屋で、今回の相手側はインタビュアー1人のみ。
こちらは俺と富田さんが付きそう形。
生配信という形でもなく、ある程度準備してきたこともあるのだろう。
高崎さんは直前こそ少し緊張した様子を魅せてはいたが、いざ本番になれば普段通りの神崎結奈がそこにいて、彼女の受け答えを耳にするだけで俺は高揚しつい聞き入ってしまっているだけだった。
特に問題が起こることはなく、滞りなく順調に進み予定より早く終了となった。
「終わった~。ありがとう、広瀬君……」
「高崎さん、お疲れさま。二期への意気込みとかすごく伝わって来た」
帰りは富田さんの車に同乗させてもらう。
今週の大きなスケジュールをこなしたことで、どこか高崎さんもほっとした表情。
俺もなれないマネージャー業を何とか最初の1週を終えたことで少し気持ちが緩んでいた。
車に乗り込んでからの富田さんは何か様子がいつもと違っていた。
やたらとフロントミラーで後続車を確認していたしわざと道を間違えた様にあたりをドライブする。
それが何か気になった。
「……」
「なんでもないよー」
「むっ」
富田さんと一緒に周りの車を確認、観察していた俺を見て、運転席のお姉さんは意味深な笑みを浮かべる。なんだかからかわれているようですごく憎らしい。
「どこかでお茶でもしていこっか? 結奈ちゃんもたまにはいいでしょ」
「……」
「……」
その申し出に、後部座席の俺たちは思わず顔を見合わせる。
「この前のお店に行こうか? 広瀬君はあそこ気に入ったみたいだし」
「えっ、はい……」
ふと香織の恨めしそうな顔が浮かび、お土産を買い忘れない様にしなければと強く思うのと同時に自分のお財布の中身を心配してしまう。
「こ、この前のお店って……?」
「すごくケーキが美味しいお店よ。結奈ちゃん連れて行ったことなかった?」
「け、ケーキ……ううっ」
高崎さんは恨めしそうに富田さんの顔を見て、自分のお腹をさするのだった。




