微妙な変化
放課後になっても駒形さんは人気者でクラスメイトの何人かが取り囲んでいた。
なんだか前以上にその姿はなじんでいるようにみえ、存在感が増したようにも感じる。
そんな彼女の姿を見て高崎さんは頷くと、すぐに席を立つ。
「ひ、広瀬君、はやく行こう」
「うん……」
今日の高崎さん、普段よりなにか気合いが入っているようにみえた。
授業の回答はいつになくスムーズだったし、ぼそりと呟く回数も増えていた気がする。
それに、やたらと駒形さんを見ていたような……。
まだ取材の時間には余裕があるが、早足で教室を後にしようとしている彼女についていく。
「うおっ」
「あっ、ごめんなさい……って潤」
「香織か、どうしたそんなに慌てて?」
だが廊下に出たところで、走って来た彼女と危うくぶつかりそうになり足が止まってしまった。
「……う、うん、えっと、絵画のコンテストの締め切りが近いんだけど、まだ仕上がってなくて、切らしちゃった画材があって、いつも使っているお店が今日しまってるみたいで、別のお店探さなきゃいけないんだけど……」
身振り手ふりを交えなんだか慌ただしく説明される。
落ち着いていないのはその言葉を聞いても明らかだった。
「ああ、わかった。大丈夫だから」
俺はそう言うと共にスマホを出して、あすみアプリを起動する。
『なによ、授業終わったの?』
対して興味がなさそうなのに、表情は明るいというなんともいえないギャップ。
高崎さんを見れば、その自分の声に恥ずかしそうに俯いているのが可愛らしい。
(ごめん、起動するつもりはなかったんだけど……)
帰り道に一言詫びておこう。
それよりいまは……画材屋さんと検索しナビ機能を起動させると近場から表示してくれる。
「……そうだな。ここか、もしくはこの店とかどうだ?」
「えっ、なにその便利なやつ。あれ、何か聞いた事ある声かも」
「あすみたんナビ」
「……あっ、このお店たしか先輩に聞いたことある」
香織は遠慮気味にスマホ画面を覗き込む。
距離が近くて少し意識してしまうのは致し方ないことだ。
「今日はやってるな。えっと、これ場所な、わかるか?」
「う、うん。片道10分くらいかな。そのくらいなら大したロスにならないや。あはは、なかなかスマホって使いこなせなくて、陽菜ちゃんとはやり取りなんとかしてるけど……」
現役女子高生らしからぬ言葉だった。
香織は小さいころから機械音痴なところがあるからな。
「あすみアプリ便利だぞ。あっそっか、そう言っても通じないか。えっと、あすみってりそヒロってラブコメのヒロインでさ、おさサイと同じくらい人気を博してる作品なんだ」
「あっ、それは知ってる。アニメも私見てるよ。部活でも話題になってるから」
「マジか! あっ、そうか美術部だもんな」
「えっ、もしかして潤、原作持ってるの?」
「持ってる、持ってる。読んでないならまた貸すぞ」
「えっ、読みたいな。そういえばおさサイは読み終えたから、あとで返しに」
「気に入ったなら貰ってくれ。なんならそっちも続き貸すし」
そうか、美術部で広まるのはわかる気がする。
むしろりそヒロ見て入りたいと思う人までいそうだ。
やばい、なんか嬉しくてテンションが上がってしまう。
「仲がおよろしいですね……」
「駒形さん……」
「広瀬君、そういうちょっとした感じのでいいので、ぜひ私にももっとアドバイスがほしいです」
「な、なんだよ、アドバイスって……?」
振り向くと溢れんばかりの笑みをまき散らせた駒形さんが立っていた。
ほんとに魅了するような笑顔を作るが上手い。
いや、潤んだ瞳とか頬の赤み具合とか前より威力が上がってないか?
「またまた惚けちゃって。公認のファンなんですから、出来る範囲でですね」
「……アプリのことならちゃんとやってるぞ」
「それはわかってます。そんな広瀬君を見込んで、もう1つスケジュール管理とか、ほら、この前的確に指示してくれたみたいに隙間時間でやってくれたりしませんか?」
「……やらねーぞ!」
「あら、広瀬君にもメリットのある話ですよ。私の見立てでは、その子は今よりも人気がもっと出て忙しくなると思っています。その時を見据えて少しでもそういった数をこなしておけば、オファーされている内容の良し悪いの判断やお仕事の優先順位を見極めるたしかな目を養えるんじゃないですかね」
「……た、たしかに、それは一理あるな」
「でしょう!」
さらに眩しい笑顔を向けられる。
自分の要求をごり押ししているようで、こちらの利益もちゃんと計算に入れているとは。
くっ、さすが駒形さん。なんだかキレが増していると感じるのは錯覚だろうか。
「こ、ことはさん!」
「高崎さん、なにか? 広瀬君が頼りになることに疑いの余地はなくなったので、もっと積極的に行こうかなって思ってます。いけませんか?」
「っ?!」
高崎さんがむうっとした顔で俺の言葉を遮り、駒形さんは余裕の笑みを浮かべて応じる。
「あ、あの!」
俺たちがそんなやり取りをしていたら、不意に香織が声を上げた。
それに反応して俺たちの視線は香織へと向く。
すると、彼女は瞬きしたのち指を絡ませてから絞り出すように言葉を繋げた。
「……そ、その、おさサイ読みました。おもしろかったですアニメも」
そして、2人の顔をぎこちない笑顔を浮かべ交互に見やる。
そのなんとなくぎこちなく見える表情は、小さいころから香織がたまに見せる何かを誤魔化すときの癖だ。
恥ずかしかったのか、全く別のことを言おうとしたのかはわからないけど。
「ありがとうございます。広瀬君にまたも感謝ですね」
「っ! ……あっいけない、私もう行くね。潤、あ、ありがとう」
「お、おう……」
「あ、あのっ……」
遠ざかろうとする香織の袖を今度は高崎さんが咄嗟に掴んだ。
自分自身でもその行動にビックリした様子だったがすぐに気持ちを落ち着かせると、きちんと自己紹介し深々と頭を下げる。
「私、高崎結奈です。よろしくお願いします、桐生香織さん」
「……は、はい。こちらこそ」
礼儀正しいところと少し緊張している様子はなんとも高崎さんらしい。
そして一生懸命な部分があすみを俺に連想させた。




