公認
先輩たちにおさサイを薦めてから数日が経過したある日。
日を重ねるごとに校内には作品と駒形ことはの話題が広まっていた。
大半の生徒はその話題に好意的な反応を示す一方で、やはり嫌悪感を抱く人もごく僅かにいることを思い知らされる。
「あの子、まじ気に入らない」
「交流サイトに悪口でも書きこんじゃおうよ。学校ではお高くとまってますとか」
「うわっ、それわるっ。プロフィール画像も加工しちゃう?」
「あはは、それやばっ」
静かな教室で高崎さんへのメッセージを書き終え教室へ戻る途中、俺は人気のない階段付近でそんな声を耳にしてしまう。
どうやら、上でひそひそと喋っているようだ。
嫉妬や妬みでも言葉からはより陰湿さが際立っているようにも思える。
(どうするかな……)
考えをまとめる前に階段をすでに上り始めていた。
だけど、
「……ちょっといいかしら」
「「「っ!?」」」
俺よりも先にその行為を注意してくれてる人がいたようで驚く。
だがその声にはどこか聞き覚えがあり、柱の陰からその様子を隠れて窺ってみることに。
女の子たちに声を掛けたのは上級生のようだ。
そのむっとした表情で行為を咎めようとしているのは明らかで 声を掛けられた子たちもその空気を感じて察したのか悪びれたように下を向いている。
(あれ、あの先輩たちはこの前の……)
「あなたたちさ、作品読んだわけ? 駒形ことはの仕事っぷり目のあたりにして言ってるわけ?」
「えっ、あっいえ……」
「見もしないで、読みもしないで嫉妬するとか最低よ。しかもなんか姑息なことしようとしてなかった?」
「……は、はい」
そんな先輩たちの凄みのある声と表情で、女の子たちはますます怯えにも似た反応を示した。
反論せず聞き入れているところを見ると、やろうとしていたことの情けなさに本人たちが気づいた様子だ。
「へえ……なんか面白いことになってるわね?」
「って、駒形さん……」
「しっー」
いつの間にかやって来ていた駒形さんが隙間からひょいと顔を出し状況を見つめる。
ふっと口元を緩め、人差し指を立てる仕草に思わずドキッとさせられてしまう。
「見て、読んでそれでも気に入らなかったら本人に始めて言える権利があると思う。誰かさんの受け売りだけどね」
「……そう、ですよね」
「気持ちはわからなくないわ。そうね……原作本あげるから、騙されたと思って空き時間にでも読んでみなさい。あっ、くれぐれも夜更かし注意よ」
「……いいんですか?」
「ええ」
「あ、ありがとうございます」
まさかの布教活動までしているのは、やはり見覚えのある先輩の人たちだ。
しかも諭すような言葉で嫌がらせをしようとした女の子たちを改心し、トラブルを未然に防ぐことに成功している。
その彼女たちにぺこぺこと頭を下げそそくさと階段を駆け下りていくのは俺たちと同学年だろうか。
その手にはしっかりとおさサイのラノベが握られていた。
「恥ずかしいことするんじゃないわよ……ほんと、人のこと言えないけどね」
先輩たちは去っていくその背中にぼそっと呟いて、肩を竦めると自嘲の笑いを零す。
そのまま階段を降りようとしたところで、俺たちに気がついたたようだ。
「「「っ!」」」
「えっと、おはようございます」
予期せぬところに鉢合わせしてしまったのか、3人とも固まってしまった。
「……お、おはよう。その……悪かったわ」
しばらくすると、耐え切れなくなったようにそんな言葉を告げる。
「いえ、そんな……ありがとうございました」
3人の先輩たちは駒形さんの言葉に顔を赤く染めたかと思ったら、そそくさと去っていく。
「広瀬、あれはどういうことかしら……?」
「先輩たち、ちゃんと原作を読んでアニメを見てくれたってことかな」
「それだけ?」
「その結果として、面白いと判断して、機会があれば布教しようとしたってところじゃないか? その気持ちは俺にはわかるぜ」
「……」
「おい、呆れるような目で見るな……作品は面白いし、アニメの出来も支持されてるからさ。ちゃんと伝わればファンになってくれて、それは自然と広がって行く。評価される作品ってそういうものだろ。正しく宣伝出来たってことかな」
結果としては俺が望んだことだ。
そうなればいいと思っていた。
「あなた、どのくらいまで計算していたのよ?」
「……先輩たちを味方に出来れば今後のいい抑止力になるとは思ってたかな」
嫉妬や妬みを抱く人をゼロにするのはなかなか難しい。
けど、学校内と限定すればそれは不可能なことじゃないと思っている自分がいる。
現に先輩たちはわかってくれたみたいだし、たまたまとはいえそういう人たちに対して苦言を呈してくれた。
この積み重ねが、駒形さんをしいては神崎結奈を守るための力になる。
もちろんいつもこんなにうまくいくとは思ってはいない。
でも、先輩たちのあんな姿を見られてなんだかすごく勇気づけられた。
「自信があったっていうの? だから、私にそのままでいいって」
「作品の面白さと、駒形ことはの魅力については自信を持ってたかな。あのなあ、先輩たちを変えられたのは、おさサイの面白さと声優駒形ことはの力だ。胸を張っていいぜ」
「っ!」
「な、なんだよその目は……俺、変なこと言ったか?」
「別に……広瀬のこと、本気でマネージャーにしたくなっただけ」
「えっ……?」
駒形さんは素の笑顔を向けてくる。
眩しすぎてみることが出来ず、俺はといえば視線を逸らすしかない。
そんなお喋りをしながら俺たちは教室へと戻った。
先ほどの一件は他にも見ていた人がいたのか、なぜか拍手で迎えられる。
その拍手に悠然と手を上げ、進んでいく駒形さんの姿はやはり惹きつけられた。
薄っすらと瞳が潤み、頬には赤みが差していることもあり、その姿は一層魅力的に映る。
「広瀬君は、私公認のファン1号決定です」
彼女は振り返ると、左手の人差し指を1本だけ立てて晴れやかな笑顔を浮かべた。
「お、おお……」
「……やっぱり、ことはさん侮れない……」
その様子をまじまじと見ていた隣の席の高崎さんがぽつりとつぶやくのが聞こえた。




