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見過ごせない

 翌日、俺と高崎さんはいつも通り朝早くに登校した。

 道中では雑誌インタビューでの予行演習などを行いあっという間に着いてしまう。


「……もう一度教室でも、お願いしてもいい、かな?」

「あっ、そうだね。反復しておくのがいいかも」


 そんな話をしながら、上靴に履き替え昇降口に差し掛かった時だった。


「――はこのくらいかしらね?」

「やりすぎだと、最初から即泣きしちゃうもんね」

「態度が改善されなきゃ次かな」


 どこかで聞き覚えのある声に足を止める。

 すぐにそれが駒形さんに嫉妬していた先輩たちの声だと気付いた。

 高崎さんもはっとしたように、俺に不安そうな目を向ける。


 まだ駒形さんは登校してきてはいない。

 先輩たちの話し声がしなくなると、高崎さんと2人急いで教室に行って駒形さんの机を調べてみた。


「……特に悪戯とかはされてないみたいだ」

「うん……」


 考えすぎだったか。


 駒形さん本人はなかなか教室には現れなかった。

 そんな中、ホームルームの時間が近づくにつれ、教室のあちこちでおさサイの話題が上がったいく。

 どうやら興味を持ったクラスメイトが早速作品を読んだり、アニメを鑑賞したようだ。


 それは駒形さんの計算通りとも言える。


「~♪♪」


 その後、自分のキャラソンなのか、鼻歌を口ずさみながら登校してきた彼女。

 俺はすぐに駆け寄り、何事もなかったかを念のため尋ねた。


「あのさ、何か変わったこととか……」

「っ! 別に何にもないわよ。それより」


 彼女は教室の熱気を帯びた様子に一瞬困惑しながらも自然とも思える笑顔を作る。


「ふふふーん」


 俺には輝かしいほどのどや顔にも見え、やたらと上機嫌な様子に映った。

 そして途端にクラスメイトに囲まれ作品や演じているキャラについて質問攻めにあっている。

 いつもと変わらない駒形さんのその様子に、取り越し苦労かと少し安心して自分の席へと戻った。

 

「駒形さん、おさサイみたよ。あの二人甘酸っぱい」

「あそこまで巻き込まれる主人公が面白くて、ヒロインも憎めなくて目が離せなくなっちゃった」


 室内を意識して観察してみたが、駒形さんを見つめる周りからの視線は興味と称賛と見て取れる。

 もちろん会話に参加しないクラスメイトもいた。

 だがそれはみな恥ずかしさを帯びた視線で、距離を縮めたくてもその輪の中に入る勇気が出ないという様子で特に問題ということない。


 まずは自分のクラスで予行演習……と思ったがその必要はないようだ。

 どうやら俺たち、クラスメイトにはすこぶる恵まれているらしい。


 高崎さんと目を合わせると、彼女も同じことを考えていたようで笑顔を向けてくれる。


「おい広瀬、おさサイも詳しいんだろ?」

「そうだ、そうだ。このクラスには広瀬がいるじゃねえか。ちょっとレクチャーしてくれよ」


 なぜか俺の周りにも作品のことを知ろうとクラスメイトが集まって来た。

 その中には一度も言葉を交わしていない女子の姿もあって、少し緊張してしまう。


「こ、こんなときばっか調子いいな。おほん、お、おさサイは駒形さんが演じているヒロイン甘味みゆきが事あるごとに騒動を起こし、主人公を巻き込んでいく学園ラブコメだよ。俺一押しのラブコメ作品だ。その巻き込まれ具合が面白いし、主人公とヒロインのキャラならではの魅力も溢れていて……ほれ、論より証拠だ。これを読めば良さがすぐわかるぞ」

「おお、マジかよ。持ち歩いてるのかよ」


 俺は短時間でわかるよう、ラノベ原作ではなく布教用の漫画版を手渡す。

 それに食いつく様にページを見つめるクラスメイトを見て、感極まりそうになった。

 お勧め作品に目を輝かせこんなにも会話を弾ませる。

 そんな反応を示してくれる日が来るとは思わなかった。

 それはファンとしては至極の喜びなんだ。


 それが自分の出演作品でないからか、高崎さんはむうと一瞬複雑な表情を作った。

 だが、肩をすくめすぐに優しい笑顔を作ったのが印象的に残る。

 ライバル作品だからな。心境は複雑なはずなんだ。

 それでも自分も見て読んで大好きな作品だから、応援したい気持ちが勝る。


 どこまでも高崎さんらしい。


 いずれ、時が来たらりそヒロもこんなふうにクラスメイトに広がってくれればと願わざずにはいられない。

 その為に任された件は俺が何とかしないとな。


 何か起こる前に……そう思い時間を確認する。


「大丈夫かな……」


 ブレザーの両ポケットに用意して物を入れて立ち上がろうとした時、そんな心配そうな声が耳に届いた。


「……えっ?」

「あっ、聞こえちゃった?」

「う、うん……」


 それはすでにおさサイの作品を知り、駒形さんを好意的に見ている女の子の1人が漏らした声だった。


「どうしよう……広瀬君ならいいか……実は……」


 彼女が登校した時、駒形さんが靴を履き替えるところだったらしい。

 でも上靴が見当たらなくて、一緒に探して……。


「結局、近くに放り投げられてたんだけど……駒形さん、毅然とした態度で振舞ってたけど、ちょっと心配になって」

「……そ、そう」


 改めて駒形さんを見つめてみても、やはり周りにはいつも通り振舞っている。

 そんなことくらいで動じるわけないとけろりとしているように見えた。

 

 前の学校でもというのは言っていた……ある程度は元から覚悟しているんだ。駒形ことはを全うするという強い意志と何より前だけ向いてるように俺には映る。

 昨夜言ったことを証明しているともいえるけど。


 そんなふうに駒形さんを見つめていた時だった。


「へえ、なんか騒がしいね。何の騒ぎ?」


 和やかな雰囲気をぶち壊すような、圧とあからさまな敵意の眼差しを向けてきたのは例の先輩たち。一瞬で空気が変わる。

 偶然通りかかったわけではなく、駒形さんの様子を見ていた感じだろう。

 先輩ということがすぐにわかると、クラスメイトの女の子たちの中には途端に声量が下がり慌てた様に口を紡ぐ子もいた。


 もしかしたら、部活の先輩で彼女たちには逆らえないと認識しているのかもしれない。


「……おはようございます。ご迷惑かけたなら謝ります。みんな私の作品について話をしてくれていただけですから」


 それでも駒形さんはそんな声にも動じず、いやむしろ呆れたような顔で先輩たちを見つめていた。


「なにあなた、芸能人?」

「いえ、声優です」

「声優……あはは、いい年した大人たちがもてはやしてる人たちってイメージしかないわ。だいたいその年で出られるなんて大した作品じゃないんでしょ」

「っ!?」

「あたしたち、これでも声優の人いっぱい知ってるよね」

「そ、そうですか。なら先輩たちにも知ってもらえるようにもっと努力しようと思います」


 な、なんてこと言ってくれてんだ!


 バカにしたようなその言葉に初めて駒形さんは悔しさを表に出した。

 両手を握りしめ、俯き加減に……よくその状態で言葉を返したもんだ。

 隣を見れば高崎さんも同じ反応を示している。


「おさサイは良くネット記事にもなってるのにな」

「ああ、コンビニでもコラボしてたしな。まあ、興味ないと知ろうとしないかもな」


 クラスメイトの擁護する声にちょっとだけ救われたが、その目はじっとなにかを期待するような目で俺をみていた。


(……わかってるさ)


 見過ごせない。ここで見過ごしたらダメだ。

 2人の為に黙ってて言い訳がない。

 俺は2人がどれだけキャラと向き合って努力してきたのかを知っている。

 

 何より俺はアニメに、声優さんに救われてるんだ。

 あの出会いが無ければ俺はもしかしたら今も……。


 だからこそ、駒形さんの気丈にふるまっていた姿に悔しそうに反応した態度に、背中を押される。

 応援したい気持ちがさらに強くなる。

 

「広瀬君、わ、私なんとかしたい。でも、私じゃこんな時にどうしたらいいかわからなくて……」

「高崎さん、心配しないで……その悔しい想いも俺が晴らすよ。これもマネージャーの仕事だから」


 やっぱり昨夜思い描いた方法じゃダメだ。

 この件にかたを付けるだけじゃなくて、もっと違った形に……。


 さきほどまでの教室の雰囲気と昨夜の香織の反応が頭に過る。


 俺は勢いよく席を立ち、1人わざわざこっちに出向いてくれた上級生たちに近づいていった。

今話もなんとか更新できました。

50話目みたいです。久しぶりに50話まで到達した気が……


にゃーん(感想お待ちしています♪)

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― 新着の感想 ―
[一言] 50話、お疲れ様です。てもまだまだ中継地点だ。次は100話目指して! /w まあある意味、先輩たちもその程度で済ませたか、という感じはあるのだけれど。ここで彼がどう片を付けるかが、分かれ目な…
[良い点] 成果の是非を問わず努力している人間や、その手助けをしている人間を、何もせずただ足を引っ張る人間が嘲っていいはずがないのです。 [一言] 声優が俳優の仕事をこなせても、逆は難しいんですよね。…
[一言] 嫉妬って何か悲しいね。 本人達はそれで満足してるのかもしれないけど、外から見たら自ら負けを晒しにきてるようなものだとおもうんだよー。悔しい悔しいって そんな事より、マネージャー出番ですよ…
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