呼び出し
呼び出されたのは人気のない小さな公園だった。
辺りを見回すも、そこに彼女の姿がない。
そのことに不安を覚えつつ、上がった息を整えベンチへと腰掛けた。
「……広瀬、来てもらって悪いわね」
ほどなくして駒形さんは手を振り現れる。
仕事を終えて間もないのだろう。
月明りと外灯の下に晒された駒形さんの表情は、学校の時とは違い少しメイクされている。
だからかもしれない。少しだけ大人びて見え、俺にはより魅力的に映ってしまう。
「そ、それはいいけど……有名人なんだから夜の公園とかじゃなくて、どっかのカフェとかもうちょっと気を配った方が」
「なによ、私がいないから心配だったの……言っとくけどここは物騒な場所じゃないわよ。ほらそこに交番があるし。ちなみに目の前に見えるのが私の住んでいるマンション」
確かに視界には新築っぽい高層マンションが目に入る。
「……マンション、でかっ」
「お父さん名義だけどね。両親お医者さんでさ、声優になることは反対されたけど、住む場所とかは用意してくれたの」
「そう、なんだ……いやまて、ということは、あそこから俺の姿を確認してから来たのか?」
「そうよ。待ってるよりその方が安全でしょ。それともなに、マンションで2人きりで話すほうが良かった?」
「い、いや、ここでいいです」
「ふっ、あなたなら住んでる場所くらい分かるかなと思ったけど、心配しすぎて周りが見えてなかったのかしらね?」
「……ち、ちげーよ」
彼女は私の勝ちというふうに、口元を緩めた。
いちいち揶揄うような目を向けてきて、一言多い。
瞳が輝いてるみたいに楽しそうで余計に目を合わせられない。
考えてみれば駒形さんだ。ちゃんと身の回りの危険とか考えるし察してるよな。
「それで……電話で言ってた夕方話せなかったことを話してくれるのは良いが、なんであの時いわなかったんだ?」
「……高崎さんがいたから。彼女に弱みはなるべく見せたくないの……いざって時に情けでもかけられたらお互い後悔しちゃうでしょ。神崎結奈を認めてるから対等でありたいというか……だから広瀬と2人きりの方が気兼ねなく話せるかなって……な、なによその今にもため息つきそうな顔は!」
駒形さんは睨むように俺を見て、隣に腰掛けてくる。
「……ちゃんと気づいてたわよ。広瀬が言いたかったのって私に対しての嫉妬や妬み、まあそんな視線のことでしょ?」
「あ、ああ……」
駒形さんも香織と同じくらい冷たい口調と表情だった。
「気づいていてたけど……そんな目で見る前に、あなたたちは自分磨きにどれだけのことをしているのよって思っちゃうのよね……ここまで人並み以上の苦労はしたつもりだし、その辺まで察しろなんて言うつもりはないけどさ、なんかああいう視線には向き合うの苦手というか……」
俺の表情を確認しながら、彼女は時折悔しさを滲ませながら水を得た魚のように、さらに想いを吐き出していく。
髪形も表情も制服に合わせる靴下まで吟味する。
演技は当然勉強に勉強を重ねているが、それとは別に何か一つ武器が欲しい。
そこから、自然な笑顔をいつでも見せたいということで、練習に練習を重ねあれをマスターしたらしい。
そこまでの過程を経て今がある。
それを知らずにただ嫉妬や妬まれるのは許容できないってことらしい。
そんなことまで話すつもりはなかったのかもしれないが、この場の空気を読んで勢いに任せたという感じだった。
「あの作り笑いにそんな理由があったのか」
「なによ、自然な笑顔だとあなただって思ったでしょ」
その顔は気に入らないとでもいいたげに、彼女は口を尖す。
あの時はらしくないと思ったけど、話を聞けばきくほどやはり駒形ことはらしい。
努力家で真っ直ぐで一生懸命。だからこそこっちも応援したくなる。
「まあ私は元から可愛いから、嫉妬や妬みはされるのはある程度仕方ないって思ってるけど……」
「……おい、感心した思いを返せ」
「可愛いのに可愛くないっていう方がよっぽど人が悪いでしょ」
「まあそうだが……なんか悪いな、色々聞きだしちゃったみたいで」
「別に。私が話したいから話しただけだし……その意味くらいは察してほしいけど」
値踏みするような視線だったが、それが徐々に悪戯心を表に出したような揶揄いを帯びたものに変わる。
俺の目を見て話してくるので、にらめっこなんてしたら即根負けしそうだ。
最近はもう三次元の女の子への苦手意識も薄れてきている。
前までならこんなやり取りは出来なかったと思う。高崎さんとの1つ1つのやり取りのおかげだな。
それに、駒形さんは俺に対してフランクなこともあり妙に話しやすく感じる。
「駒形さん、計算が狂うのか、イレギュラーなこと対処するの苦手だもんな」
「あのねえ、そんなの誰だって苦手だから……ちょっとこっち見て話しなさいよ。それとも視線が合うと照れちゃうとか?」
「うるさいな。照れて何が悪い……」
「うわっ、開き直った。あーもう。あなたのせいで話が逸れちゃったでしょ……私、前の学校でも失敗してるからね。ひとりじゃ対処は難しいのは確か」
また悪戯っぽく感じる視線だった。
もしかしたらマネージャーにふさわしいかこの件で試されているまであるかもしれない。
失敗、か。
「だからこの件は広瀬の言うとおりにする。あなたが私にこういうふうに対処しろっていうなら、それにきちんと従うわ」
といいつつも、両手を強く握りしめる姿に悔しさがにじみ出ていた。
おそらく俺の意見に耳を傾けてくれるっていうのは本当だろう。
だからかな、恥ずかしく思いながらも不安そうな顔に抗議する意味でじっと視線を合わせてみる。
「な、なによ、突然……」
「……そんな大事なこと俺に委ねるなよ」
「力量不足とは思ってないわ。たぶん広瀬なら……あの舞台上でもやたら熱い視線を送ってきたし」
「うっ、あのときはそうだけど……」
「だからかな、あなたに任せて、もしそれで失敗しても私は後悔しないと思うわ」
なかなかそこまで口に出来るもんじゃない。
それは俺を信じてるっていうより、彼女の計算であり覚悟にも感じる。
過去の失敗を経ての自分の振り返り、自分一人の考えでは繰り返すだろうという想いからの……ほんとに自分を応援してくれるのか、俺の言葉への試しともとれる。
頼ってくれているのは間違いない、か。
「たくっ、俺が失敗はさせない……」
「ふっ、そう。じゃああなたの考えを聞きましょうか?」
俺は手を組みそれっぽく考えたふりをする。
もう答えは出てるんだ。絶対に譲れないことってあるからな。
「……駒形さんは今のままでいいよ」
「……でもそれじゃあ……」
「いいんだ。俺が応援してる駒形ことははいつだって真っ直ぐで妥協しない声優さんだからな」
「っ!?」
「それに学校生活は悩まず、楽しめばいいと思う。だからまああれだ、イレギュラーなことは俺が引き受けるから」
「そ、そう……」
「あくまでこの件はだからな。マネージャーはまた別の話だから」
「はい、はい」
今日一日でどうしたらいいか、俺だからこそできる方法がなんとなく見えた気がする。
この件をどう対処するか考えていると、酔っぱらいの中年が声を掛けてきて、おっかなびっくりしている駒形さんを横目で確認しながら俺は立ち上がり対処する。
少し威圧的な態度に怖気づいたのか、俺が一緒だと認識したのかはわからないが、途端に酔いがさめた様に駆け足で遠ざかって行く。
「……これも計算に入れてた?」
「う、うるさいわね……」
イレギュラーなことは苦手なんだなと改めて思いながら、俺は必死に解決策を練っていた。




