お弁当
「誰もいないわ。ここで食べましょう」
駒形さんに連れられやってきたのは視聴覚室だった。
いつ来ても人気がなく静かな教室で、お弁当を食べるにはもってこいの場所かもしれない。
「……そういえば、なんで教室からこっちに来たんだ?」
「実は……広瀬が購買に行ったあと、廊下に人だかりが出来ちゃって……」
「ああ、駒形さんのことクラスメイトの誰かが話を漏らしてあっという間に広がっちゃったのか」
「たぶんね……だからまあちょっとね」
んっと顎を持ち上げ駒形さんは窓側へと移動する。
彼女は難しい顔をしてお弁当を開く。
そして、当時を思い出すように珍しく言葉を切ったり、考えながら話し始めた。
「その……前の学校でも今日みたいなことがあったわ。私……声優業のこと隠しているわけじゃないし、むしろ積極的に周りに話してたから」
「クラスに有名人がいたら、興味を持ってくれて作品見てくれるかもしれないからな」
「そう。だからそうしようと思ったし、そうしてた。それでファンになってくれた子も実際にいるし……」
「その言い方だと、それ何か問題があるのか?」
駒形さんは箸でつついていた卵焼きをほお張る。
その顔はどこか渋くて、なんだか思いつめているようで、俺は話しやすいように先を促す。
「やっぱり広瀬は鋭いわね……うーん、その辺のこと上手く言えないのよね」
「そうか……」
駒形さんがわざわざそれを話すくらいだから、何か本人が気づいていないことがあるのか。
結果としてどこかしっくり来ていない部分があるんだろう。
それはどこだろう?
話を聞いて考え始めた俺は箸が進まない。
せっかく話してくれたので何か言ってあげたい気持ちになっていた。
「……ねえ、高崎さんが学校内で騒がれていないのはなんでなの? 何か特別な理由があったりするんでしょ? 広瀬がマネージメントしてるから……あんなメッセ送って来たし」
「いや、俺は別に……駒形さんと比べて高崎さんはまだメディアの露出が少ないし、単純に気づいてる人の数が今はまだ少数なだけだと思う。見ず知らずの1人2人が気づいたくらいじゃ本人に話しかけようとはしないだろ。例外があるとすれば、俺のようにりそヒロのファンであすみたん推しなやつだよ」
「……あ、あの!」
「っ?!」
「っ?!」
話を静かに聞いていた高崎さんは意を決したように声を掛けてきた。
その声に反応して、俺たちは高崎さんを見つめてしまう。
「その、みんなでお弁当だから、おかずの交換とかしません、か? りそヒロでもおさサイでもこんなシーンあったし」
「ああ……たしかにそんなシーンあったな。あれは……何度見てもこっちが恥ずかしくなる回。それ、おさサイでも一緒なんじゃ……」
「……そうね。折角の機会だし、どうせなら楽しく食べた方がいいわよね!」
高崎さんの言葉を聞いて、俺も駒形さんも硬かった表情が途端に緩んだ。
瞬時に感情を切り替えられる駒形さんはやはり只者じゃない。
「ということで……広瀬君、私のおかずをどうぞ」
「……う、うん。あ、ありがとう」
高崎さんは遠慮がちに俺の方にお弁当を近づける。
りそヒロ通りにやるのかと思って気が気ではなかった。
りそヒロのお弁当回。あれは2人きりで話をしたいあすみが主人公を人気のない教室に誘って相談する内容なのだが、小さいころのように揶揄おうとしておかずを……そこまで思い浮かべると意識してしまうか。
再現じゃなくてほっとする。けど、ちょっと残念な気持ちが……って何考えてるんだ!
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない……」
高崎さんと駒形さんがなんだか怪訝な顔でこちらを見ている。
切り替えるんだ。
そんなお思いで高崎さんのお弁当の中身を見る。
それは少し小さく、ご飯の部分は海苔で猫が書かれていた。
女の子らしい可愛らしいお弁当で楊枝に刺さったたこさんウインナーを口へと運んだ。
「う、うまい……高崎さんも何か食べてよ」
「じゃあ、そのお肉を……」
「何か広瀬のお弁当見た目から美味しそうね」
「今日のは陽菜的には80点の出来らしいぞ」
「陽菜……あのトランペットの妹ちゃんね……ちょ、こっちみるな。それに比べられたら……きょ、今日は少し手を抜いたのよ」
「手作りか。いや、見栄えもいいし美味そうだなって……」
「それ本心なら摘まんでみなさい。高崎さんも食べてみて」
「いいのか……」
駒形さんはお弁当箱を捧げるように近づけてくる。
おさサイでもあるんだよね。お弁当の回。いや、考えるな。
卵焼きにほうれん草の胡麻和え、ウインナー定番といえば定番で色の見栄えもいい中身だ。
「卵焼きが自信作」
自信作って……さっき渋い顔してなかったか。
職業柄なのか、駒形さんは目を見て話すことが身についているらしい。
毎回見合わせるのは恥ずかしく、その視線から逃れるようにどんな味なのか気になり卵焼きに箸を伸ばした。
「なら……あっ、少し甘いけどそこがうまっ」
「おいしい」
「でしょ!」
俺と高崎さんは同時に味の感想を述べる。
駒形さん本人も最後の卵焼きをほお張り、満足そうな表情を浮かべた。
「私もそのお肉を1枚貰うわ。高崎さんはきんぴら頂戴……はっ、やばい、美味しい……」
「あっ、その肉の味付けしたの俺だ」
「あなた、お料理もするのね」
「最近始めたばっかりだけどな」
和やかなムードで食べていると、さっきの話がふと不思議に感じた。
「駒形さんは騒がれたりするのが、苦手だったりとは思えないけど」
「その通りだけど……そうだ、百聞は一見にしかずって言葉があるでしょ。学校での私の対処に問題ないか、あなたちょっと見てくれない? 神崎結奈が同じように騒がれた時の対処法の練習だと思って……ねっ、いいでしょ? 戻った時とか人だかりが消えているとは思ってないし」
なんだか弱気な姿に映る。
あのイベントで追い込まれている様子となんとなく重なってしまうな。
マネージャーの件はともかく、駒形ことはを応援することに迷いはない。
「わかったよ」
俺は彼女を安心させるように即答する。
何が出来るかはわからないけど、精一杯力になろう。
ちらりと高崎さんの方を見ればその方がいいよと言うように、うんうんと頷いてくれていた。
高崎さんもメディアへの露出は今後ますます増える。
遅かれ早かれ、高崎さんが神崎結奈だと騒ぎになった時の対処法は考えておかないとな。
安心したことで思い出したのかはわからない。
駒形さんははっとした顔になり、それに釣られるように高崎さんもそこに行きついたようだ。
「そういえばおさサイのシーンでさ……あっ、だからさっき広瀬は」
「確かりそヒロでも……」
「しょうがないなあ……ほら広瀬、あーんしなさい」
「っ!? す、するか! そんな恥ずかしいこと出来るわけないだろ」
そうなんだ。
りそヒロでもおさサイでもその場面の動画シーンもあるくらい人気なんだよな。
「なによ。再現するのあなたの十八番じゃない」
「そのシーンはしなくていいっ!」
駒形さんに揶揄われてしまう中、高崎さんは差し出そうとしていたおかずを慌てて引っ込めたような気がした。
そんなお昼の時間を過ごし、チャイムが鳴る直前に教室へと戻ってきたが、
「……これは、すげえな」
駒形さんが言ったように、廊下にはたくさんの生徒たちが集まっていた。




