これからも(第2章完結
「お、お兄ちゃん、急いでいるのはわかるけど、今日はプラじゃなくて燃えないゴミの日」
「お、おう」
今朝は妹のことで安心したからなのか、ちょっとだけ寝坊をしてしまった。
それでもちゃんと陽菜の朝食作りを手伝い、一緒に家を出てだいぶ慣れてきた高崎さんのマンションへと少し駆けながら進んでいく。
幼馴染である桐生香織の家の前に通りかかると、彼女も朝練なのかちょうど玄関から出てきた。
「あっ、おはよう、潤……」
「お、おう……おはよう。急いでるから先に行く」
そう声を掛け、学校とは逆方向に向かう。
一歩一歩進むごとに高崎さんと話したいことが次々と浮かんでくる。
あすみたんの声優が学校の隣の席女の子、高崎結奈であり神崎結奈。
俺はそのことを知らずに、りそヒロのことについて語り合いたいと思い頑張って話しかけたんだよな。
そしたら、いつの間にか彼女を放っておけなくて、今やマネージャー……。
高崎さんと出会って少し変わったな、俺。
今も香織に自分から挨拶できた。少し前なら考えられなかったことだ。
「おはよう広瀬君」
「あっ、おはよう高崎さん……」
マンションに着くと待ち構えるように高崎さんと富田さんが立っていた。
「これ、今週のスケジュール……じゃあ2人とも気を付けて行ってらっしゃい」
「えっ、あっはい……」
目の下に隈を作り、大きなあくびをしながら富田さんは後ろ姿で手を振りマンションの玄関へと入っていく。
ってあれ……富田さんもこのマンションに住んでんるの?!
「い、いこっか……」
「はいっ!」
今日の高崎さんなんだか嬉しそうだ。
いつもよりも表情がより柔らかいような……いや、気のせいかもしれないけど。
「りそヒロ、今週でアニメ一期ついに最終回だね?」
「うん、ちょっと寂しいけど……すぐに2期も始まるし、PR忙しそう、かな」
「そっか、楽しみだけど……俺も一人でも多く作品のファンを増やせるようにがんばろう……あっ、そうだ。高崎さんのおかげで陽菜とちゃんと仲直りできたんだ。ありがとう」
「よかった~。す、少しでも広瀬君の力になれたかな?」
「少しなんてもんじゃないよ」
ほんとにやり取りもスムーズに出来るようになったな。
そして、やっぱり今日の高崎さんいつもより楽しそう?
(よし……)
「高崎さん、何かいいことでもあった?」
「えっ……」
「なんか嬉しそうだからさ」
高崎さんは俺の言葉に一層口元を緩める。
そんな顔をされてしまうと恥ずかしくて視線を逸らしてしまいそうになった。
そして、彼女は次第に悪戯っ子みたいな表情になり、
「マネージャーのこと、何にも言ってくれなかったでしょ」
「うっ、何度か言おうとしたんだけどさ、なかなか言い出せなくて……」
「あ、あんな人前で言われて、ちょっと恥ずかしかった」
「ううっ、ごめん……」
「お、怒ってないし。富田さんから聞いたけど、前からオファー受けてたんだって……私がポンコツだから、手に負えないと思って考えてたんでしょ?」
「そ、それは違うよ。助けたのは対価をもらうためじゃないから。それに俺に務まるか自信がなかったし……あっ、でも今は応援することに変わりはないし、俺に出来ることをやろうと……言い出せなくて、話すことが出来なくてほんとにごめん」
「……怒ってないってば。あ、ありがとう、広瀬君がマネージャーでほんとに心強いです」
高崎さんのその言葉はお世辞とかではなく、本心のようだった。
陽菜も言っていたが、信頼されているみたいで、その信頼には何としても応えなきゃという想いが強い。
「あのさ……不束ものですが、これからも改めてよろしく……」
「こ、こちらこそ、ポンコツですけどよろしくお願いします」
お互い改まって言葉にすると途端に恥ずかしくなってしまう。
まだ早い時間での登校、俺と高崎さんはりそヒロやあすみたんの話題で盛り上がりながら学校へ。
おさサイや駒形ことはについても話題に上がった。
「駒形さん、動画で見た印象と実際はだいぶ違ってたね……」
「う、うん。たしかに侮れない、ことはさん」
「ああ、魅力的だし実力も確かだからね」
「ち、違うよ。そういう意味じゃ……」
大きくため息をつくと共に、高崎さんは足早になり校舎へと入っていく。
あれ、なんか機嫌を損ねてしまうことを言ってしまったのか?
教室でもしばらくは2人きりの時間は続く。
「こ、これ……富田さんに渡してくれって言われて。私のこれまでのスケジュールと今オファー受けてる仕事の内容。それと、富田さんが独自に分析した仕事相手の情報だって」
「ありがとう……こ、これは分厚いな」
高崎さんからレポート用紙のようなものを受け取る。
まさかさっき渡されてたのを含めて、一晩で作ったんじゃないだろうな。
それにしても、知らぬ間に変なことを言ってしまったかと思った。
だがそれは気のせいなのか、やはり今日の彼女はどこか機嫌が良さそうで、教室に他のクラスメイトがやってくるまであすみの新アプリ性能についての話題で盛り上がった。
朝のホームルームが始まると、俺はこの時間を使って富田さんが作ったというレポート用紙に目を通し始める。
りそヒロの収録日は金曜日だったらしい。
ということは、彼女がいつも慌てて帰っていたのはアフレコの日だったからか。
2期の収録もおそらく同じ曜日。
オファーされている今後の仕事はと……雑誌の取材。
2期PRイベント、多数。
またラジオの公開収録も入っているのか。
他にも新作アニメのオーディション関係。
このスケジュールを見ると、改めて神崎結奈が人気声優だと思い知らされる。
仕事相手についてはほとんど知らない名前だったが、1人だけ知っている人物がいた。
駒形ことは。
わりと強引で計算高く、色んな人を罠にはめてきた……なお、情報の信ぴょう性は現時点では低く調査中。
計算高いというのはその通りだと思うけど、誰かを意図的に罠に嵌める子には見えなかったけどな。
今度高崎さんと仕事が一緒になるときは念のため注意しておくか。
その後は、ざわざわしだした教室内で1人腕組みをして、オファーされている仕事を1つ1つ入念に見ていく。
今の高崎さんなら傍についていさえすればどの仕事も可能だろうか。
「ひ、広瀬君……」
「えっ……なに?」
高崎さんに呼ばれた気がして隣を見ると、驚愕の表情をしてただ前を見ていた。
見るとクラスメイト全員が視線を前方に釘付けにしている。
なんだ、そんなに重要な朝のホームルームなんて……そう思って俺も前を向く。
「……はじめまして、駒形ことはです。中途半端な時期での転校で不安ですが、仲良くしてくださると嬉しいです」
「へっ………………ええっ?!」
思わず席を立って、駒形さんを見つめる。
彼女はブラウン色の髪を靡かせて、ふっと笑顔を作る。
あの独特の魅力的に映ってしまう表情。だが、俺にはそれが不敵な笑みを浮かべたように感じた。
「えっと……広瀬君ですか? お知り合いがクラスにいて心強いです。よろしくお願いしますね」
「……」
この間フランクだった口調はクラスメイトの前だからなのか、ちゃんとわきまえているようで丁寧だ。
それは素の彼女を知っている俺からすると、猫を被っているとしかもはや思えない。
「なんだよ広瀬、知り合いかよ!」
「お、お前、高崎さん狙いだろうが!」
あちらこちらから漏れる不満の声。
見た目からして可愛いから、それだけでファンになる人も多いだろうということが、その反応を見て手に取るように分かった。
だけど……ああ、どうしてこうなった?
休み時間になると、駒形さんはすでに周りを虜にしていた。
「校内を案内してほしいんですけど、ダメですか?」
そんな彼女からそのような申し出をされる俺に周りからの厳しい視線が向く。
その途端に男子生徒のブーイングに合いながらも、やれやれと俺は席を立った。
気になるのか、高崎さんも背後からついてくる。
「なんでいきなり転校なんて……?」
「傍に居た方が助けてもらう時都合がいいでしょ」
「えっ、あの、だから俺、神崎結奈さんのマネージャーなんだけど……」
「バイトでしょ。なら時給次第で乗り換えることも可能よね?」
「……はっ?!」
「だ、ダメです。ひ、広瀬君は私公認の一番のファンなんです。だ、だから……」
話を静かに聞いていた高崎さんだったが、たまらずに声を上げた。
「一番のファン! それ、響き良いっ。なら、あなたを私の一番のファンにしてあげるから、雇われなさいよ」
「なんでそうなるんだよ? うっ……」
気持ちのいい笑顔で駒形さんはこっちを見た。
少し興奮しているように頬が赤く、一点の迷いや曇りのない表情。
作り笑いではなさそうな、特別にも感じる表情を魅せられると、これ以上拒絶はと遠慮気味になってしまう。
そんな俺と駒形さんを見て、高崎さんは慌てた様にむぅと声を上げていた。
「ひ、広瀬君これを! こ、ことはさん、校内の案内なら私がしますから」
「……いたっ、ちょ、私は彼に案内をしてもらうから……」
高崎さんはノートを俺に押し付けてくる。
そしてそのまま、駒形さんの手をぎゅうっと握った高崎さんは有無を言わさずに彼女を引っ張って行く。
そんな2人の後ろ姿を見つめながら、俺は受け取ったノートを見開いた。
『これからも神崎結奈の、あすみたんの一番のファンでいてください』
両面に大きく文字が踊り、その下には猫とあすみのキャライラストが添えてあった。




