マネージャーに
イベント終了後、高崎さんと駒形さんは楽屋に着替えに行った。
待っている間、富田さんに連れられてやってきたのは会場の出口付近。
「……神崎さんも駒形さんもすごかったな。あのアクシデントを逆に利用しちゃうなんてさ」
「ああ……即興だったはずなのに、2人の息もピッタリだったしな」
「あのトランペットソロからの演出、鳥肌立ったわ」
「ますますファンになった。身近で見ると2人ともやっぱかわいいし」
お客さんの様子を眺めていると、みな高揚していて出てくる言葉は称賛の嵐。
神崎結奈と駒形ことはへの誉め言葉を聞くと、なんだかこっちまで嬉しくなった。
ちらりと隣の陽菜を見る。
その視線は遠ざかって行くお客さんの笑顔を追っていた。
陽菜はイベント終了後から少し呆けた顔をしていたものの、徐々にその顔には赤みが差してきている。
イベント前とは表情も違い、いつもの調子を段々と取り戻しているように思えた。
「……」
「高崎さん、普段は頼りなく見えるかもしれないけど、いつも一生懸命でだからこっちも応援したくなるんだ」
「うん……神崎さんも駒形さんもすごかった」
「そ、それとなあ……あのお客さんの笑顔を作れたのは陽菜のおかげだぞ」
「はぁっ?!……お兄ちゃん恥ずい」
「うっ!」
陽菜はいつも通りの、いやどこか吹っ切れたような笑顔を浮かべる。
俺はその表情を見て、連れてきてよかったと心の底から思った。
俺たちのそんなやり取りを傍で聞いていた富田さんはふっと笑みを浮かべる。
「どうなることかと思ったけど、また君のおかげで、うんうん君たちのおかげで大成功だったね」
「別に俺がどうこうというわけでは……称賛されるなら舞台に立っていたあの二人と、妹ですかね」
「そのきっかけづくりをしたのは間違いなく君でしょ。相変わらず謙虚だねえ……」
「うっ……」
やはりこの人はなんだか苦手だ。
最後のお客さんを見送り、俺たちは高崎さんの楽屋へと向かう。
「神崎さん、本番だと別人なんですね……」
「い、いえ、そんな……」
ドアをノックしようとしたら室内から話声が聞こえた。
どうやら駒形さんが中にいるらしい。
「どうぞ」
ノックをすると息ぴったりな声が響く。
「高崎さん、駒形さん、お疲れ様」
「……」
「……」
イベント前と違って今は2人とも心底リラックスしている様子だ。
その顔には充実感が漂い表情も柔らかい。
そんな彼女たちを見て、俺は心からの労いの言葉を掛けた。
それを受け取った2人は途端にかあっと顔を赤くする。
「ひ、広瀬君……さっきはありがとう」
「うん。成功してよかった」
「その……お、大見得きったのに、ポンコツでごめんなさい」
「そんなことないよ……神崎結奈のすごいところは存分に見させてもらったから。こっちこそありがとう」
「お礼を言うのは私の方だよ」
俺の言葉を耳にして、高崎さんは安心したようにふっと表情を緩めた。
それは何とも言えないくらい魅力的でつい見惚れてしまう。
「おほん……ありがと。まさか私まで助けてくれるなんて思ってなかったわ」
「えっと……駒形ことはの魅力もらしさも見ていてすごく伝わって来てたから。2人ならあのくらいのアクシデントに負けないって信じてた」
「っ?!」
駒形さんはブラウン色のセミロングのゆるふわの髪を靡かせると、ぱっちりとした瞳で俺を見据えた。
そんな目で見つめられると恥ずかしくて目を逸らしたくなってしまう。
駒形さん、なんだか口調がフランクになっていることに気づく。
それが一層親しみやすく感じた。
イベント前はたしか敬語だったはず。
どうやら取り繕う必要がないと判断されたようだ。
こっちが素の彼女か。
じいっとみられると、目のやり場に困る。
「な、なに……?」
「あなた、いったい何者なの?」
「えっ……俺はほら、りそヒロとあすみたんのファンで……だからここに」
「つまりそのスタッフ証は飾りでフリーなわけね!」
「えっ、あっ、いや……それはその」
まだマネージャーの件の返事をしてないし、かといって嘘をつくのは悪い気がした。
だから富田さんに助けてもらおうと視線を送る。
なのに……彼女は笑みを浮かべながら大げさな溜息をついて首を横に振った。
卑怯な大人だ。
「あなたがフリーならさ、私の専属になりなさいよ」
「はっ……?」
「肩書はマネージャーでも付き人でもなんだっていいけど……おさサイも好きでしょ? じゃなきゃ咄嗟にあんなこと出来ないもんね。イベントとかいつも参加したいでしょ? 先立つものがないとね。だから私が雇ってあげるわ」
まくしたてるようにそんなことを言う駒形さんも魅力的に映り、俺はドキッとしてしまう。
なんか以前に言われたことと誘い文句が同じだ。
いやそれよりも、高崎さんがなんだか顔を青ざめてあわあわしていた。
この場には妹もいる。
高崎さんにもなかなか言い出せなくて、でもここで言わないとダメだろ。
富田さんはフォローしてくれないし、駒形さんはたぶん話を進めようとする。
「ご、ごめん!」
「……何で謝るのよ? 私の専属が嫌なの?」
「そうじゃなくて……お、俺……バイトだけどもう神崎さんのマネージャーになってるから!」
「えっ?」
「……えっ?」
駒形さんはムッとした顔になっており、高崎さんは瞬きをしてじっと俺を見る。
「ふっ……まあそういうことだから、広瀬君を引き抜かれると困るのよね。あはは」
富田さんが吹き出しそうになるのを必死に抑えながらも、今頃フォローに入った。
どうやらどうしても俺の口から言わせたかったようで、ちょっとほっとしているようにも見える。
いい様に動かされたようにも思うけど、嫌な気持ちとかではない。
それどころか宣言したようなもので、なんだか恥ずかしくなってくる。
自分の鼓動がやけに大きく聞こえて、そして……また顔が熱い。
「ひ、広瀬君が私のマネージャー……」
「うちのお兄ちゃんで人気声優さんのマネージャーさんが務まるとは陽菜は思えないんだけど……」
後ろにいた陽菜の否定的な声が耳に届く。
だが、その声はあからさまに悪戯っぽく俺には聞こえた。
だからすぐにそれが本音でないことに気づく。
「そ、そんなことないよ。広瀬君はいつだって、ポンコツな私を助けてくれて……」
「あの状況で咄嗟に動けて、策を練れる人なんてそうはいないわよ。あっ、それと妹ちゃんだよね? さっきはありがとね」
陽菜は2人がどんな反応するのか試したようだ。
高崎さんと駒形さんの必死にも思える擁護に一瞬唖然としてから、大きなため息が漏れる。
そんな3人を見て俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。




