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舞台上の2人

 開演が近づき始め、俺たちは一番前の関係者席へと腰掛ける。

 学校の体育館くらいの大きさの劇場は、すでに他の観客席は埋め尽くされ2人の登場を待ちわびている様子。


 俺はというとそんな雰囲気を感じながら、高崎さんが座る目の前の位置に腰を下ろす。

 富田さんに君はここねと座るところまで指示された格好だ。

 俺の隣には陽菜が座っていて、何か言いたそうにしていた。

 高崎さんのこと黙って連れてきたことを良く思っていないのかもしれない。


 富田さん、俺、妹という並びに座り、他の関係者の人とは少し空席があるのは、富田さんが何か起きた時のことを考えて配慮してくれたのだろう。


「……お兄ちゃん、関係者なの?」

「いやその辺は複雑でなあ……これが終わったら話すよ」

「……」


 館内が暗くなりはじめ、舞台にスポットライトが当たると陽菜は視線をさっと目の前に向ける。

 りそヒロを見て、それを演じる神崎結奈を見て少なくとも目を離してはいけないと感じたのだろう。

 なんだかその点がたまらなく嬉しく思う。


 まずはりそヒロのテーマ曲が流れ、神崎結奈が舞台にその姿を現す。

 少し小走りで、客席に何度か頭を下げて俺たちの真ん前へとやって来る。


「りそヒロでメインヒロインである黒糖あすみ役を演じています神崎結奈です。今日はよろしくお願いします」


 続いておさサイのテーマソングと共に駒形ことはが出てくる。

 客席の声援に応えるように手を振り、その足取りもゆっくりで、高崎さんとは対照的とも思えた。


「おさサイでヒロイン役である甘味みゆき役を演じている駒形ことはです。今日は楽しんで行ってください」


 駒形さんは客席に向けてポーズまで決めて見せた。


 2人が出てきただけでざわざわして、声援なども飛び交う。

 改めて両作品と、演じている2人の人気の高さが感じられる。

 関係者席にいるけれど、やはりこういうイベントはワクワクしないと言ったら嘘だ。


 高崎さんのことが心配であると同時に俺がりそヒロが好きであすみたんのファンだというのに変わりはない。


「どっちの作品も幼馴染同士って共通点がありますよね」

「そうですね。おささいは私が演じるみゆきに主人公がこれでもかって振り回されるところが魅力かなって思ってます。みゆきは演じていてもとっても楽しいです。あすみちゃんはほんとそんな状況でも諦めないのって力が入ってみちゃいますね」

「えへへ、りそヒロは、頑張るあすみをぜひ見てほしいです。みゆきちゃんは動じず振り回しているんだけど、それでもちゃんと主人公を理解していてそこがきゅんってきちゃいますよね」

「そうそう、神崎さんほんといいとこ観てる」

「こと、いえ、駒形さんこそ」


 高崎さんも台本通りにスムーズに話を進める。

 本番前はあれほど緊張感を露にしていても、本番になれば積み重ねてきたものを形できるんだ。

 神崎結奈がどうあるべきかを何度もシミュレーションして作り上げ、時に素をさらけだして表情豊かに伝えていく。


 ほんとに魅力的だし引きつけられる。


 一方の駒形さんはほぼ同じことが言える。

 準備万端で臨み、不安や緊張は本番前にはあっただろう。

 でも、神崎結奈に対しても今はとげのある言葉は使わず、作品の人気とキャラの好感度を下げないよう言葉に気を付け、時折作り笑いや多少大げさなリアクションを取るが、それが全然嫌味に感じられない。

 むしろ印象に強く残る。


「……神崎結奈さん、すごいっ……あの人もさっきとは大違い」


 陽菜は前も向きながら小さな声でボソッとつぶやく。

 その視線は2人に見入っていて、両目は少し潤んで見え、両手は悔しそうにぎゅっと握られていた。


 何かを少し感じてくれたならこの場に連れてきた意味がある。


 トークがひと段落ついたところで――


「ちょっとお互いのキャラを演じてみるってどうですか? それで演技指導とかやってみるのって盛り上がりそう?」


 台本通りのそのテーマに会場からはおおっという声が上がる。


「お、面白そうです……ちょっと、ご本人を目の前にして怖い気もしますが」

「私も恥ずかしいけど、ちょっとあすみ演じてみたいと思ってたんですよね……」

「……わかりました。私も、が、頑張ります」


 駒形さんは不敵な笑みを浮かべ、高崎さんは覚悟を決めた様にふぅと息を吐く。


「じゃあ、私から黒糖あすみを演じてみます。わかりやすく1話の場面がいいかな? お願いします」


 すると、りそヒロの日常風景のサントラが流れだすと共に登校しているシーンのガヤが聞こえだす。


『す、すいません……先日転校してきたばかりで道がわからなくて、この道行けば……って、しゅう?』


 台本なしで噛むこともなくスムーズに演じきった駒形さん。


 相当な準備してきたからこそのあの笑みか。

 普通、本人を目の前にしてあんなノリノリに出来るとは恐れ入る。


 それに、演技が上手い。さすがとしか言いようがない。

 だけど……本家本物のあすみたんとは何か違う。


「神崎さん、どうですかわたしの黒糖あすみ。わりとイケてませんか?」

「す、すごく上手です。で、でもこの時のあすみは、転校初日で不安でいっぱいでそれでも頑張ってしゅう君に声をかけているので、話しかけるときは少し声を震わせるようなイメージで、しゅうって声はそれまでが嘘のようにビックリする感じが……ううっ、すいません」


 さすが高崎さん。あすみたんのこととなると物凄いスイッチが入るな。

 見ているこっちが惹きつけられる。


「じゃあやってみてくださいよ」


『す、すいません……先日転校してきたばかりで道がわからなくて、この道行けば……って、しゅう?』


 しばらく会場はシーンと静まり返っていたが、2人が演技を終えるとそれまでが嘘のように大きな歓声が上がった。

 同じ台詞なのにここまでの違いがでるのか。

これまで演じてきてキャラを作っているというのもあるんだろうな。


「す、すごい……」


 隣の陽菜はその演技に目を輝かせ脱帽したようだ。

 武者震いしているように体が揺れている。

 感動しているに違いない。でもそれだけじゃないはずなんだ。


 しかし、2人ともさすがだな。

 妹が隣にいるのを忘れて思わず声を上げて盛り上がりそうになってしまった。


「では、わ、私もみゆきちゃん役を……」


『……ようやく戻ってきたのね。何よその顔、忘れちゃったの?』


 高崎さんもノリノリで、演じてみせる。

 本番前のあの緊張の中で、よく間違えずに。

 すごくよかったが、やっぱりちょっと違う。


「上手いですね、ほんとにさすが。私が病気になった時は代役をお願いします。でも、ここのみゆきはずっと自信たっぷりでいいと思います。主人公を意識するのは後なので、不安な気持ちは一切ないと……だから、こんな感じに」


『……ようやく戻ってきたのね。何よその顔、忘れちゃったの?』


 うわっ、さすが毎回演じているだけあるな。

 そのキャラを誰よりも理解して気持ちや体調なんかまで考慮して声を吹き込んでいるのがわかる。

 半端のない努力がなんとなく垣間見られた。


 駒形さんにも高崎さんの時と同じくらい会場全体がワアッ! と沸いたように盛り上がる。


「……こっちもすごい……」


 陽菜は2人を交互に見つめ、目を潤ませ一層強く両手を握る。

 俺はというとみているのが楽しくて、自然と笑みがこぼれてしまう。


 そんな舞台上の2人を見たスタッフの一人が何か駒形さんに合図を送った。


「……あー、なんかスタッフさんから歌唱力はどうなのって無茶ぶりが来たんですけど……」

「ふぇえ! か、歌唱力……」


 高崎さんのその驚きようを見て、駒形さん今度はほくそ笑む。

 同世代で人気作品のメインヒロインを演じるもの同士……だからかな、相当意識してるようだ。


「そうですね、じゃありそヒロもおさサイもOPも人気がありますし、ちょっとアカペラでもやってみましょうか?」


 その提案は高崎さんではなく、会場へと向けられ同意という意味で観客からは拍手が沸く。


 ~♪♪♪~


(マジかよ……)


 駒形ことはの歌声は静かで心地よく、音も安定していた。

 客席も手拍子で盛り上げていき、歌い終わるとそれがが拍手に変わる。

 すげえな、あの子ここまで準備していたのか。


「やっぱり緊張しちゃいますね。次、神崎さんですよ」

「は、はいぃ……」


 何かアクションを起こさないとダメかなとも思ったが、高崎さんは手を震わせながらも目も閉じて歌いだす。


 ~♪♪


 それは物凄い上手いというわけではなかった。

 でも、その一生懸命さに会場は固唾を呑んだように静まり返った。


「えっ、いま、間違えたような……」

「いや、間違えたんじゃなくてわざとフレーズを変えたんだ」

「……黒糖あすみ」

「ああ……」


 隣の陽菜の声に返答する。

 ただ歌っているだけじゃない。あすみなら、彼女ならこんなふうに歌うとアレンジしての生歌。


 こちらも歌い終わった後は拍手が鳴りやまない。

 俺ももう我慢が出来ず、関係者席でただ一人大きく手を叩いてしまった。

 こんなやり方で盛り上がげるなんて、高崎さんのは計算じゃない。

 作品愛とキャラ愛をピンチの時でも表に出して……やっぱすげえな。


 ちらりと横をみれば、陽菜は小刻みに体を震わせている。

 俺が拍手したことなど目にも入っていない感じがした。

 ここに連れてきた意味をわからないほど陽菜は馬鹿じゃない。

 俺じゃあ陽菜の心に響かないことを、高崎さんならと思ったんだ。


「そ、それじゃあそろそろ……駒形さん」

「そうですね、ここで私たちがそれぞれ互いの作品で特に大好きな作品を上映しながら熱い想いを語って行き、語ってもらうコーナー。まずは私から」


 これが本日のメインイベントでもある。


 少しすると舞台上も暗くなり、りそヒロのアニメが流れだす。


「ふぁあ、これあすみがリハビリ後、初めて絵を描き上げる回」

「神崎さん、しっ~」

「す、すいません……」


 流れ出した映像を観た途端興奮しだした高崎さんは1ファンとして素を露にして、駒形さんに肩をすくめられる。

 会場には微笑ましい笑いに包まれた。


 それを聞いて恐縮するように高崎さんは小さく体を縮めペコペコ頭を下げる。

 俺も高崎さんも大好きな回だ。

 しかもテレビで見るのとは違い、大勢でこの時間を共有して、しかもそこにメインヒロインを演じる彼女もいる。こんなに嬉しいことはない。

 ノートでのあのやり取りも鮮明に思い出して、こっちもつい興奮して体が前のめりになってしまう。


 会場も静かになり、少しの間その映像に釘付けになる。

 放送後は駒形さんがなぜこの回を選んだのか、神崎さんはこの回をどういう気持ちで演じたかなど事細かに熱心に伝えた。


「やっぱ神回だわ」

「駒形さんのチョイスもさすが」


 それが終わるとあちこちで漏れ聞こえる満足の声、そして大きな歓声。


 それは神崎結奈のファンからではなく会場全体からで、ここでも高崎さんはぺこぺこと頭を下げた。


 高崎さんもミスなどせず俺もほっとし始めていたんだ。

このまま順調に行ってくれさえすれば……だがそう上手くはいかなかった。


「そ、それじゃあ次は私が選んだおさサイの大好きな回の上映です」


 先ほどと同じように、館内は暗くなったが映像がいっこうに流れださない。

 お客さんもざわつきだす。

 スタッフの何人かも慌てだしたように席を立ちだした。

 機材トラブル、そんな声が耳に届いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 妹の前でカッコいいお兄ちゃんをやれるのか? 気になります。
[良い点] ふむふむ。 トラブルの時こそ主人公のフォローの出番! なんでしょうけども・・・ さて、どうなりますか!?
[一言] 駒形さん、何を仕掛けてきたかな?
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