ちゃんとみてる
『幼馴染は最強で最高です』のメインヒロイン役を演じる彼女が現れたことで場の空気はピリピリしだした。
両作品の相乗効果を願ってのこのイベントも、やはり神崎結奈側陣営としてはこちら側に肩入れしたくなるのは本望。
「敵情視察ってところかしらね?」
「……今日ってコラボイベントですよね?」
俺が駒形さんの方をじっと見ていた時、富田さんが耳打ちしてくる。
「そうね。でもまさか和気あいあいと和やかなムードで終始するとは君も思ってないでしょ? 駒形ことはは神崎結奈とはまた違った魅力があるからね」
「……」
それは動画を見た時から感じていた。
こうやって間近で見る彼女は何かオーラさえ纏っているような錯覚すら起こす。
挨拶をして高崎さんに手を差し出す仕草も自然で余裕すら見て取れる。
高崎さんは一度深呼吸してその手を握り、
「は、はいぃ……こ、こちらこそよろしくお願いしましゅ。こ、ことはさん」
少し噛んでしまったりあたふたしているのも垣間見れてしまったが、それでも駒形さんの顔をみつめるなりぱぁと表情を輝かせた。
そこに敵意のようなものはなく、同じ土俵で競い合う相手として尊敬すらしているようでもある。
名前で呼んだのはそういう意味なんじゃ……と俺は勘ぐりもした。
「いい笑顔……いやそうじゃなくて、もしかして緊張してますか? 聖地巡礼の動画、拝見しました。すっごく可愛くてあれは私じゃ無理だなあって、まさか1か月遅れでの配信で並ばれるとは思ってなかったっていうか……」
「あ、あれは……で……それに……だけじゃ……」
「あの、途切れ途切れで良く聞こえないんですけど……しっかりしてくれないと……」
「は、はいぃ。す、すいません……」
駒形さんの言葉と表情には棘があるようにも聞こえる。
現に陽菜からはその態度を見て不機嫌さを露にし、むぅと唸り声のようなものが漏れてきた。
それにしても駒形さんの少し好戦的過ぎる態度が気にかかった。
彼女を見ていると、何かと重なる。
一方の高崎さんは極度の緊張状態のままで、あわあわしつつもただ真っ正直に答えている。
そこには全く嫌味もとげとげしくもなく彼女らしいなと思う。
だがこのまま放っておいたら本番前に何か支障が出かねない。そんな雰囲気を感じた。
そう思ったのは俺だけでなく富田さんと陽菜もらしい。
特に陽菜は駒形さんに食って掛かりそうなくらい睨みつけている。
先ほどの唸りごえといい、相当腹に耐えかねるものがあるようで、
「……本番前なんだから緊張するのは当たり前じゃん……なのに」
そんなぼそっとしたことまで呟く始末。
(あっ、そうか)
駒形さんの姿はあの時の妹に重なるんだ。
そう、俺に食って掛かって来た時のあのいっぱいいっぱいの陽菜に。
「駒形さん……」
もう見ていられないと、富田さんの方は声を掛け割って入ろうとしていた。
それを俺は咄嗟に手首をつかんで止める。
「あの、俺が……」
「へえ……じゃあ、いってらっしゃい」
「うおっ、押すな!」
勢いよく駒形さんの目の前へとプッシュされる始末。
彼女はブラウン色のセミロングでなおゆるふわの髪を靡かせると、ぱっちりとした瞳で俺を見据えた。
身近で見るとその容姿の良さもさらに目立つな。
「……あっ、あなたは……」
「えっと、はじめまして……本番前なので挨拶はそのくらいで良いんじゃないかなって」
俺なんかが出る幕じゃないことは承知している。
でもなんだか放っておけなくて、妹が口を開けて驚きを表しているのを見ないようにして駒形ことりと対峙する。
ちょっと確かめておきたいこともあった。
「あー、あなた前のイベントでやたら目立っていた人……へえ、そうですか。神崎結奈さんのスタッフなわけですか」
「えっ、いやこのスタッフ証は……えっ、なんで俺のこと?」
「私、お仕事をご一緒する人のことは隅々まで調べ上げて、その上で対策とか練るタイプなんですよね。この前の収録イベントであなたスタッフ席に居ましたよね? それも彼女がピンチな時やたら目立ってたようにみえたので」
「……俺も、君が出てる聖地動画見たよ。お世辞抜きで引きつけられる魅力があった」
「それは光栄ですね。事前におさサイの聖地に出向いて駒形ことはならを作り上げました。といってもそれは確認事項程度ですけどね」
やっぱりこの子。計算高くて努力を惜しまない。
そして頭も切れる。でも不安が見え隠れしているようにも思えるんだ。
俺の考えすぎかもしれない。
でも、本当にそうなら。
「緊張してるの?」
「っ!? 私が……なんでそんなこと? もしそうなら私に何かアドバイスとかしてくれるんですか?」
これまでのやり取りを驚いた顔で見ていた高崎さんと妹がよりビックリした顔を作った。
「……頑張って準備してきたことは決して無駄にはならないと思うよ。少なくとも俺はちゃんと見てるから」
俺は妹の方を向いてそう口にする。
「……意味わかんないんですけど……今日はお手柔らかにお願いします。すいません、お邪魔しました」
「あっ、それと……神崎結奈はたぶん君の想像以上に凄いと思うよ」
どうしても、彼女の背中にもう1つそれだけは忠告しておきたかった。
ちらりと高崎さんを見ると、口元を手で隠し小刻みに体を震わせている。
たぶん、それは緊張ではなく嬉しさからかな。
ぐわぁ、言った途端に少し恥ずかしくなる。
「へえ、それは楽しみです」
彼女が楽屋から去った後はそれまでの空気を取り戻す。
富田さんにはもっとガツンと言ってやらないとと苦言を呈され、それに苦笑いを浮かべてうやり過ごす。
「あの、広瀬君……」
「ほら、神崎結奈にも本番前にアドバイスがあるでしょ?」
「……ちゃんと傍で観てるからね」
「はいっ!」
少し恥ずかしくもなりながら、どもることなく彼女に告げる。
陽菜はといえば、高崎さんと俺を交互に見つめながらぎゅっと両手を握りしめていた。




