力になりたい
通学路の途中にある小さな公園のベンチに俺たちは並んで腰かけていた。
ベンチの幅が狭いこともあり、必然いつもよりもその距離は近くなる。
だからだろうか、なんだか少し体が強張ってしまう。
「あ、あのさ……」
「う、うん……」
カフェなどに立ち寄って話を聞いてもらおうとも思った。
だが、聞いてもらう相手は高崎さんだ。
2人きりでないとまだ会話は途端におぼつかなくなるし、俺も周りを気にしないこの状況の方が話に集中できることもあり自然と人気の少ない公園を探した。
「実は、妹がいるんだけど」
「……あ、妹さんいるんだ。わ、私ひとりっ子だから、羨ましいな」
少しびっくりした顔をした高崎さんは、くすりと笑顔になる。
りそヒロ内の2人と一緒だとふと思ってそれが表情に出たのだろう。
「……」
「あっ……、ご、ごめんね……てっきり富田さんに秘密でも握られて、無理難題でも押し付けられそうになっているのかと。ほ、ほら、今日の朝から広瀬君が変だなと感じていたから……」
「あ、ああ。そう思っちゃうのも無理ないよ」
その考えは全くの的外れではないんだよなと思いつつも、ここでもそのことを告げることは出来なかった。
「あはは……妹さんの話って聞いて、あの二人を思い出しちゃって……」
「やっぱり! 俺もそうなんじゃないかと思ってた」
「ねっ! あっ……ご、ごめんなさい。横道にそれちゃう……全部話して」
「う、うん……」
妹が部活のことで悩んでいるらしいこと、それを聞き出そうとしたら失敗してしまったこと、そして俺はそれでも何とかしてあげたいと思っていることをゆっくりと伝えていく。
高崎さんはさきほどの笑みを浮かべていたのが嘘のように、真剣な表情で耳を傾け、時折詳細に質問したりで、思案顔で聞き言ってくれた。
彼女との2人きりの状況はなんだかどきどきする。
でもなんだか、思い悩んでいたことを1つずつ話すたび、心が軽くなっていくようだった。
これは話を聞いてくれる相手にもよるのかなと思う。
知らない相手に話せることでもない。信用と確かな信頼があるからこそだ。
高崎さんは先ほど自販機で買った紅茶をわずかに口に含み、そのペットボトルを両手で軽く握る。
そして、ふうと吐き出す吐息と共にこちらに顔を向けてさらに真剣な表情になり……。
「……ひ、1人で悩んでるんじゃないわよ、馬鹿ぁ。ここにいるでしょ、ちゃんと一緒に悩んで、考えてくれるひ、人が!」
「そ、それって……」
「うん……あの時のあすみも相談を聞いてそういったけど……台詞に込められた気持ちは今の私と同じだなと思うの……話してくれてありがとう。わ、私もその広瀬君の力になりたい!」
「えっ!」
さらに少し潤んだ高崎さんの瞳。
宣言したはいいが、頬が恥ずかしそうに段々と赤くなってく。
「……ぽ、ポンコツだけど、何でも言ってね」
「でも……」
「き、聞いちゃった以上、放ってなんておけないよ」
「っ! あ、ありがとう高崎さん」
まだ妹の悩みの根源に何があるかわからない。
にもかかわらず、その言葉は、高崎さんの表情は俺には何よりも頼もしく見えた。
その後、高崎さんを自宅である高層マンションまで送って行く。
「せ、聖地巡礼の動画なんだけど……結果的に受けてほんとに良かったと思ってる」
「あれは神崎結奈の魅力が存分に詰まっていて、作品にも興味を持ってくれた人が多いと思う」
「そ、そうだね……」
「な、なに?」
じっと高崎さんは俺の方を見てくる。
「うんうん、ちゃ、ちゃんといつも通りの広瀬君だなと思って」
「ごめん……」
「あ、謝らないで。あの……い、急ぎの用があったら、メ、メッセージしてね」
「えっ……そうか、そうだね。そうすることにするよ」
少し早口であたふたしたように語る高崎さん。
日に日に感情をさらけ出してくれるようになって、会話もスムーズになってきていると思う。
「も、もちろんノートももうちょっとだけ続けたい……よ、欲張りかな?」
「そんなことないよ。俺もノート書くのは楽しいし」
「よ、よかった……ここだよ私が住んでいるマンション。あ、あの……」
「んっ? 明日の朝のことならちゃんと迎えに来るから」
「う、うん……そ、それじゃあまた」
ペコリと頭を下げ、足早に彼女は遠ざかって行く。
うちからも遠い距離ではない。このくらいなら最近は早起きだし、朝立ち寄るのも苦にはならないだろう。
彼女がきちんとマンションの玄関を通るまで見送ってから、暗くなり始めた帰り道を歩き始める。
まだ陽菜のことが心配ではあるものの、やはりだいぶ気持ちが楽になっていた。
それが行動にも表れ、りそヒロのテーマ曲をスマホで流しながら歩む足取りも軽い。
まずは陽菜と対面したら一言謝罪しよう。
その上で何があったかを聞いて、ちゃんと話をしよう。
ナイーブな問題だろう、おそらく俺1人じゃ解決は出来ないかもしれない。
全面的にあてにするとか、頼ろうという気持ちではないけど、
『わ、私もその広瀬君の力になりたい!』
先ほどの高崎さんの言葉には、それだけで俺を奮い立たせるパワーがある。
「やっぱすげえな、高崎結奈であり神崎結奈さんは……」
脱帽しながら玄関のドアに手を掛ける。
今日はちゃんとカギが閉まっていたが、玄関にはすでに陽菜の靴が置かれていた。
それを見てふうと息を吐く。
やることをもう一度頭の中で整理して靴を脱いでいると……聞きなれたテーマソングが聞こえだす。
「こ、これって……?」
その音に吸い寄せられるように駆け足でリビングを覗き込む。
そこには正座して画面を見入っていたのは陽菜でゆっくりとこちらを振り返る。
「お、お前……えええっ!」
「うううっ…………」
妹が食い入るように見つめていたテレビの画面ではりそヒロが流れていて――
昨日と同じように陽菜は大粒の涙を大洪水させていた。




